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八 如月のこれから

あの夜、起きた事件の真相は……

如月はこれから……

「こんなところにいたか、如月」


「あっ、殿……」


夜光の姿を見て、縁側に座っていた如月は決まり悪そうな顔をした。

いつも夜光の前ではにこにこと笑っていた如月だ。

そんな表情が新鮮なようで、痛ましくて、夜光はひそかに眉をひそめた。


「さっきは、ごめんね……耀映様があの後私が落ち着いたらあの日の事、話してくれてね。殿が私の事助けてくれて、奈津のお墓も作ってくれたんだよね。ありがとう」


静かに話す如月は、最後に少しだけ笑うと、視線を外に戻した。


如月が耀映に聞いたあの日の事件の顛末はこうだった。


誰もが次の日に備えて寝床につく時間。大きな盗賊団が都に入り込んだ。

都に侵入するまでは鮮やかな手並みだった彼らだが、それからどうするかで内輪もめが起きて、あっさり都の警備兵に捕まえられた。

皆が何事もなくて良かったと安心する中、盗賊団が辿ってきたルートを聞いた夜光は嫌な予感がして、一人如月の小屋へと向かった。

そうしたら、やはり、盗賊団の一味が如月の家に上がりこんでいた。夜光は躊躇わず彼らを斬ったらしいが、その時の争いで、如月の家は燃えてしまった。


「……何を見ていた?」


如月の隣に立って、夜光は問うた。


「空」


呟くように、如月は答えた。


「……」

「この時間のね、太陽が傾き始めたぐらいの空には雲がたくさんあってね、私が見える下のところは暗い色してるくせに、上の部分はすごく綺麗な白色なの。だから、私はずっとあの雲の上に行きたいって思ってた。自由にあの上を飛んでみたいって。……奈津が先に、行っちゃったけどね。もともとうさぎは私よりは長生きできないって耀映様は言ってたけど。きっとあの綺麗な世界で奈津は……」

「……」

「私の大事なものだよ。奈津と殿の次に、私の大切なものだったの。だから、今は、奈津もいるこの空と殿が、私の一番大事なもの」

「……そうか」


それからしばらく黙って二人は空を見上げていたが、如月が空を見たままぽつりと語りだした。


「殿……、どうしよう。私、もう帰るところがなくなっちゃった……。奈津がいない森には、住みたくないんだ……。街の人に助けてもらおうかな。どこか私を雇ってくれるような家、殿しらない?」


殿は空から視線を外し、じっと如月を見て、それからぼそりと呟いた。


「ここで、働けばいい」

「え……?」

「……昨日も話しただろう。ここで、働かないか?」


少し考えるように如月は目を細めた。昨日……そう。昨日。殿に会いに来たのも、盗賊が如月の家に入り込んだのも、全て昨日のことなのだ。

昨日のこの時間はまだ、奈津は生きていたのに。


「昨日……。殿のそばで働けるってやつ?」

「あぁ」


如月の目が、空を見つめ続けるその目が、ゆらりと揺らいだ気がした。

少しの間じっと押し黙った如月は、やがてその目を夜光に向けた。


「……ねぇ、殿。知ってると思うけど、私本当に何も出来ないんだよ?読み書きも基本しか知らなくて、殿が教えてくれて、やっと人並みに出来るようにはなったけど……。それに、いきなり私なんかをそんな宮に置いちゃったら、なんていうか、その……殿は大変なんじゃない?」


殿の傍にいたい。


しかし、如月は何となくそれがいけないことのような気がした。


前、殿に同じことを提案されたときは全く実感が湧かず、だからこそとても悩んだけれど、いざ本当に殿の傍で働くとなると不安は押し隠せなかった。


「仕事は少しずつ覚えていけばいい。それにお前はこの宮のなかで顔は知られているから問題ない。兄上もこのことに関しては了解してくださっている」

「でも……」

「お前は、俺の傍で働くのが嫌なのか?」


夜光の問いに如月は激しく首を振った。


「嫌じゃない! 嫌なわけ……ないよ……」

「なら――」

「簡単に言わないでよ!」


とうとう如月は叫んだ。殿の事をキッと睨むように見つめて、その目に一杯の涙を溜めて、唇を震わせて。


「私は何にも知らない。何にも分からない。細かいことは分かんないけど、でも、私、私は……」

「如月……」


如月の心を覆い尽くしていく、今まで感じたことのない感情の奔流。

こらえきれなくなった涙が、頬を伝う。


「私は、今自分がどうしたいのか分かんない。あんなに、あんなに殿の傍にいたいって、そう思ってたのに、どうして、こんなに、迷いばっかり……」


ぽん、と殿の手が――いつもの殿の手が、うつむいた如月の頭の上に置かれた。


「好きにしたらいい。ただ、一つの選択肢として、俺の傍で働くという事も、考えておいてくれたらいい」

「……うん」


殿の大きな温かい手が、如月に安心感を与えた。大丈夫。ちゃんと考えて、決めればいいんだ。そんな風に思えた。









「夜光、如月。ここにいたか。探したぞ」

「兄上」

「耀映様……」


如月の涙も乾いて、また二人、空を見上げていた時、ふとそこに姿を見せた耀映を前に、夜光の顔つきがきゅっと締まるのを見て、如月は少し目を伏せた。


「どうかされましたか。兄上が月ノ宮のこんなところまで直々に。珍しい」

「如月相手に客が訪れてな。なかなか見つからないから私も捜索に参加していたんだ」

「如月に客……ですか?」


ちらりと夜光は如月に目を走らせた。如月も全く心当たりが無いようで首をかしげている。


「私に……?」

「あぁ。如月に、だ。会ってくれるな?」


少し不安ながらに、誰かが自分に会いに来るなどという事が今までなかった如月は好奇心を掻き立てられた。

こくりと如月がうなずくのを見て、耀映は彼女の手を取って立たせた。


「かなり身分の高い方々だが……。訳ありでな」

「偉い人……?」

「あぁ」


陽ノ宮へと向かう耀映の後に続いて歩き出した如月の後に、夜光は続いた。

そして頭一つ分身長の違う如月には聞こえないように、そっと耀映の傍によって囁いた。


「訳ありで、高貴なとおっしゃいましたが、そんな方々が如月に用事なのですか?」


耀映は機嫌よく笑った。


「面白いことになりそうだぞ。……お前も一緒に会ってみるんだな」

「……面白い事?」


独り言のような夜光の反問には何も答えず、耀映は如月の前をさっさと歩いていってしまった。

再び如月に視線を戻し、夜光は微かな不安に駆られた。


何か、今までの日常がいきなり砂漠の陽炎のように不確かになってしまったような、そんな……。



一度事が起こると、ドミノ倒しのように様々な事が起きたりしますよね。

如月の人生の岐路に、さらに何かが起ころうとしています……。


次話もよろしくお願いします。

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