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六 恐怖の夜

森での生活を選び取った如月。

しかしその夜、大きな出来事が……。

「それでね、殿の宮で、殿の傍で働かないかって、殿が言ってくれたんだよ? すっごい嬉しかったんだけど、奈津もいるし、私はこの森が大事だから、断っちゃった。でも殿も、あ、そうそうそれから耀映様も今日は優しくってね? 殿は私の頭をなでてくれたし、耀映様も優しい事言ってくれたよ」


「……」


如月の膝の上で、奈津は気持ちよさそうに目を細めて丸まっている。如月はそんな奈津をなでながら、今日あった出来事を報告していた。


穏やかで、悪いことが起こるなどまったく思いもよらない、いつもと同じ静かな夜。


しかし、そんな優しい静寂が、今夜ばかりは続かなかった。


一日の報告を終えて、奈津を膝に乗せたまま、如月がうとうととまどろみ始めたとき、奈津が突然びくんと体を震わせて、立ち上がったのだ。


「あれ?どうかしたの、奈津……」


寝ぼけながら、如月が最後まで言うか言わないかの内に、粗末な小屋の外で鳥が騒ぎ始めた。


「え? なに……?」


嫌な予感に眠気は飛んで、心臓がきゅうっと縮まる。不安に駆られてそっと奈津を抱き締めた。

そうして少し待ってみたが、鳥が落ち着く気配はない。

とうとう何が起きているのか気になって、そろそろと動いて、窓代わりに小屋に開けている四角い穴に取り付けた木の板をどけた。

しかし間の悪い事に今夜は新月。外は闇に閉ざされていて、何も見えない。

ただしわがれた声でしきりに鳴き、ばたばたと羽を動かす鳥達の音だけがあたりに響いていた。


(何があったんだろう……)


と、ふわりと風が舞い込んできて、小屋の中の蝋燭を吹き消した。奈津が怯えた様な声を出して、するりと如月の腕を抜け出す。


「あ、こら奈津……!」


さっきまで明るかったため、如月の目はまだ闇に慣れない。外では鳥達がいっそう大きな声で騒ぎ始める。


(何が、起きてるの……?)


戸惑う如月の耳に突如、ざくざく草を踏み分ける、乱暴な足音が聞こえてきた。


「なに……何なの……?」


恐怖にかられて、如月は小屋の隅で頭を抱えてうずくまった。


どうしてだろう。こんなことが前にもあった気がした。近づいてくる怖い足音。私はどうしようもなくて……。


(殿……)


ばたんっ


乱暴に扉が開いて、二、三人の足音がどたばたと小屋に踏み込んでくる。

ぎゅっと目を閉じて、如月は自分自身を抱き締めた。


「なんだぁ、この小屋は? 真っ暗じゃねぇか」

「やっぱこんなところに金目のモンなんかねぇって。とっとと城下町まで行こうぜ?」

「折角明かりが見えたと思って、仲間からこっそり外れて、こんなとこまで来たってのによぉ……」


低い男の声。

粗悪な言葉遣い。

荒々しい足音。


間違いない。この人たちは、前に殿が言ってた気をつけないといけない人たちだ……。


恐怖が喉元までせり上がってきて、如月は必死で口元を押さえた。


「まぁ、そう急くなよ。一応は人間が住んでそうな小屋なんだ。探したらなんか出てくるかも……ってうわ!」

「どうした!」

「いや、何かが俺の足下を通ったような……。明かりつけようぜ」


(奈津……。隠れなさい……!)


如月は必死に念じた。このままじゃ……。

火打石の音が何度かした後に、小屋の入り口の方で、明かりが灯った。如月は一層身を縮こまらせる。


「さぁて、よく見えるようになった。さっき通ったのは……なんだ、うさぎじゃねぇか」


男の声を聞いて、如月は思わず顔を上げた。

小さな机の影から、ちらちらと蝋燭に照らされた男の顔がはっきり見えた。

一人はげっそりとやせていて、そのくせ異様に髪が長い、かなり人相の悪い顔。

二人目はもじゃもじゃと髭を生やして、丸々とした顔をしている。

三人目は、話には聞いた事があるけれど、本当にこんな人がいるんだ、と感心してしまいそうなほど、見事に頬に醜い傷跡がある男。


「まったく、びっくりさせやがってよ!」


髭の男が乱暴に何かを蹴り飛ばして、鈍い音がした。どさりと如月の目の前に投げ出されたのは―――――


「奈津……!」


思わず声をあげる。打ち所が悪かったのだろうか、ぴくりとも動かない。


「奈津、奈津……!」


抱き上げても、身じろぎもしない。その手足はぐったりしていて、全く力が感じられない。


「奈津……」


抑えようもなく涙が溢れ出した時、如月はぐいっと左腕を引かれ、無理やり立たされた上に、小屋の壁に押し付けられた。如月の腕から零れ落ちるように奈津が床に投げ出される。


「あっ……」


如月の顔に恐怖が甦る。すっかり忘れてた、この男達……。


「まさか、こんな美人の姉ちゃんがこんな小屋に住んでるなんてなぁ?」


如月を壁に押し付けた顔に傷がある男が下卑た笑みを浮かべて、如月の腕を捻りあげた。


「いっ、痛い……! 痛いって……!」

「そりゃあ、痛くなるようにやってんだから痛くないと意味ねぇだろ」

「へぇ、こいつはホントに美人だなぁ」

「なぁ、順番決めようぜ、順番」

 

男達がよく分からない事で騒ぎ始めた。

戸惑いと恐怖と苦痛を顔に浮かべた如月を見て、如月を拘束している男が、如月の耳元に口を寄せる。


「なぁ、痛いか?」

「痛いってば……! 放してよ!」

「放すかどうかは、お前次第だな」

「私……?」

「そうだ。俺が放したら、俺の言う事ちゃんと聞くか?」

「そんなの……聞けないよ……!」


痛みに目に涙を浮かべながら、如月は必死で反抗した。


「聞けないのか? じゃあ、こうするまでだ」


ぎりぎり、と嫌な音をたてながら、男は如月の腕を更に捻り上げた。


「いやぁぁぁっっ!」


如月の壮絶な悲鳴に男達がたまらないといわんばかりにげらげらと笑う。


「い、痛っ、放してってば!」

「俺の言う事聞くんだな?」

「聞くよ! ちゃんと聞くから放して!」


にやりと笑って男が如月を開放すると、改めて如月の目から涙が溢れ出した。


「あぁー、いいよな。やっぱ美人の泣き顔はそそるよな」

「まぁ、このお嬢さんは言う事なんでも聞くって約束してくれたからな。焦らなくても大丈夫だろ。で、お嬢さん、まず名前を言ってもらおうか?」

「……如月」


涙をぬぐいながら、ぼそりと答える。


「へぇ、随分しゃれた名前してんだねぇ。そんじゃあ如月。俺たちは腹が減ってんだ。なんか美味いもん作れ。そうだな、うさぎ鍋なんてどうだ?」


げらげらと笑い声が響く。如月は頭がくらくらしてきた。何を言われているのかわからない。

戸惑う如月の目の前で、一人の男が奈津を無造作に掴みあげた。


「ほら、材料ならここにあるじゃねぇか」


あまりのことに如月は目を見開いた。


「そんな……! できないよ……。だって奈津は……」


言った途端にそれまで笑っていた男達の目が冷たい刃のように光った。


「できないだぁ? 何でも言う事聞くんじゃなかったのか? さっきより、もっと痛い目にあわせてやってもいいんだぜ?」


がたりと詰め寄る男に、如月は手を合わせた。


「お願い、お願い。奈津だけはやめて。私の家族なの」

「家族? ただのうさぎだろ。しかももう死んでんじゃねぇか。何も生きてるヤツを殺せって言ってるわけじゃねぇんだし」


如月は男の手の中でぶらぶらと力なくゆれる奈津を見つめた。奈津はもう動かない。そのことをかみ締めた途端に、がくりと如月の膝から力が抜けた。


「お願いだから、奈津だけは……」


ぺたりと床に座り込んだまま、次から次から出てくる涙をぬぐいもせずに、如月は懇願した。


「へぇ、じゃあお前がうさぎ鍋の分まで働くんだな」

「奈津が助かるんなら、何でもするよ……!」


その言葉を聞いた瞬間、男の顔には残忍な笑みが浮かんだ。


「じゃあ何が起こっても文句は言うなよ」


そう言うやいなや、男は如月の帯に手をかけた。


「な、何……?」


如月が状況を把握する前に、帯が解かれてばたりとおし倒される。


「な、い、いやだよ……!」


如月の叫びも虚しく、男が如月の腕を抑え付けて着物の衿に手をかけたその時、ばたんと扉が開く音と、男達の怒声、そして真っ赤な血の色を見て、如月は意識を失った。


一気に進んでしまいました。

果たして如月は無事なのでしょうか……。


次話もよろしくお願いします。

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