伍 如月の選択
ふぅ。
ようやく如月にお話は戻ります。
彼女の選択は一体……。
夜光は目の前で悩みに悩んでいる如月を見て、静かに溜息をついた。
できることなら、あまり困らせたくは無い。
それからしばらく頭を抱え込みそうな勢いで考えていた如月だが、ようやく決心したように、顔を上げた。
「……殿、ごめん。私やっぱり森で今まで通り生活する。あそこは私の家だから」
如月の目にははっきりとした意思が宿っていたがしかし、内心ではやはり心配だった。
折角殿が誘ってくれたのに、断ったりして、嫌われないかな……。
「そうか」
しかし、そうやって答えてくれた殿の目はいつもと同じ色をしていて、静かに如月の頭をなでてくれた。
「お前がそうやって言うなら、無理強いはしない。ただ、お前の席は空けてある。気が変わったら、いつでも来い」
目を見開いて、まじまじと夜光の事を見つめてから、如月は飛びっきりの笑顔でうなずいた。
「うん……!」
「如月、もう帰るのか?」
それからいつものように一ヶ月の間にあった楽しいことを話してから夜光と別れ、幸福感に包まれて足取りも軽く宮を出ようとした如月を、優しい声が引きとめた。
「あ、耀映様……」
夜光の兄であり、この明月ノ国を統べる耀映が、如月はあまり好きではなかった。
どこがどうとは言い難いが、如月にとっては一緒にいたいのはあくまで殿であり、耀映様ではないのだ。
「うん。もう帰るところだよ?」
こうして普通にしゃべっていたら、一度宮の人に怒られた事がある。
『敬語』を使いなさいと言われたのだが、如月にとってそれは異国の言葉に等しく、全く理解できないものだった。
如月が敬語を知らない事を知り、ならば耀映様や殿とは金輪際言葉を交わすななどと言われ、如月が焦っていたときに、耀映様は別に構わないと言ってくれたのだ。
(悪い人ではないんだけどなぁ……)
何故耀映様が自分は好きになれないのか、如月は首をかしげた。
「如月、夜光の元で働かないか、と言う話はもう聞いたんだろう?」
「うん。聞いたよ」
「じゃあ、お前はこの宮に住むことになるのか?」
「え? ううん。住まないよ」
あっけらかんとした如月の言葉に、耀映は意外そうに顎に手を当てた。
「……? もしかして、お前、夜光の話を断ったのか?」
「うん」
「……そうなのか。私も如月と一緒に暮らせると思って、期待していたんだがな……」
「ごめんね、耀映様。でも私はやっぱり森が大事だし、奈津もいるから」
「あぁ、そうだな。如月は如月の大事なものがあるもんな。夜光が引き止めなかったんだ、私が引き止めるわけにもいくまい。さぁ、もう帰りなさい。遅くなってしまう」
「うん。ありがとう、耀映様」
今日の耀映様がなんとなく優しい事に、如月は喜びを覚えて、にっこり笑って耀映に背を向けた。
殿には頭をなでてもらったし、耀映様は優しかったし、あんまり幸せだったから、如月はその夜に、とんでもない事が起きるなんて、思っていなかった。
この夜にとんでもないことが起こるそうです。
如月が選択した森での平和な生活は一体どうなるのか……。
次話もよろしくお願いします。