参 出会いⅠ
さて、如月の決断の前に、悩む如月の隣の殿メインにお話がまわります。
これは二人の出会いのお話、その前編。
殿――もとい夜光は、顎に手をあてて考え込んでいる如月の姿を静かに見守っていた。
夜光にとって、出会った当初は少女であった如月が娘へと成長することは、喜びであると同時に、不安なことでもあった。
くるくるとよく動く大きな目、ほっそりとした面立ち、決して身長は高くはないが、森で鍛えられたすらりとした手足。
如月は客観的に見ても美人だと思う。
そんな娘が人気のない森の中、一人で生活をしているのだ。心配にならないはずがない。
しかし、今の如月との関係を壊したくないという思い、そして森に住む如月があまりにも楽しそうであること、さらには宮に如月を縛り付けることの後ろめたさが、如月に宮仕えの提案をすることを妨げていた。
如月は悩むだろう。実際今もこうして難しい顔をして考え込んでいる。
だからこの話を持ちかけるのは嫌だった。
それでも――
如月に出会ったのは五年ほど前、月の半分欠けたある夜だった。
夜光という名前は、現明月ノ国の王である兄の耀映と対でつけられたものだ。
昼の間は耀映がこの国を守り、夜になれば夜光が守る。そんな両親の思いが込められた名前だった。
いつしか国民は耀映の事を"陽の君"、夜光の事を"月の君"と呼ぶようになった。
他人がどう思っているか知らないが、夜光にとって、己の名がさす自分の道は延々と兄の日陰であり、生涯兄を支えていかなければならない宿命を負ったものだった。
――あなたは暗闇でも光る光。もし耀映が道を踏み外して闇に迷ったら、あなたが進むべき道を照らすのですよ。
父王に続いて流行り病に倒れた母が、亡くなる前によく口にしていた言葉だ。
だから、自分の道が日陰であることは気にしないようにしていた。王弟となったからには、しっかりとその責任を果たしていかなければならないという気負いもあった。
ただ、どうしてもやるせない気持ちになることがある。
そんな時、夜光はよく月ノ宮をこっそり抜け出して、森の中の月の泉に出かけた。
静かな湖面。何が起きてもここだけは、いつまでも夜光のことをそっと包み込んでくれる。そんな気持ちになれる、大切な場所だった。
あの日も、そうだった。
陽ノ宮から月ノ宮にわざわざ訪れて、夜光にさんざん机仕事を押し付けた後、兄は隣国の王と楽しそうにどこかに出かけてしまった。
もううんざりだ。
久々に心からそう思った。絶対に兄よりも自分のほうがこなしている仕事量は多い。それなのに、世間で評価されるのは兄ばかり……。
気付くと月の泉に足が向かっていた。
森に足を踏み入れると、精気溢れる木々に包まれ、夜光はすぅ……と胸の中のわだかまりが薄まっていくのを感じていた。
いつもと同じ、静かな森。
しかし、少し歩いて、木々の間からきらきらと月の光を反射して光る泉が見えてきたとき、ごそごそと泉のほとりで動く人影を夜光の目が捕らえた。
さっと身構えて、素早く空に目を向ける。
半月はもう大分傾いていて、人が泉にいるような時間では……決してない。
「そこにいるのは誰か」
腰にある刀に手をかけながら厳しい声を出す。
泉のほとりの人影はびくりと体を震わせてから、恐る恐るといった体で夜光のほうを見た。
ようやく"殿"の名前が出せました笑
夜光さん、個人的には結構気に入っている名前です^^
大切な場所への闖入者、夜光はこれからどうなるでしょう……?
次話もよろしくお願いします。