弐十六 如月一人旅
如月は順調に旅をしておりました。
(うぅ……さすがに腰がまずいかも……)
宿の布団にうつぶせに寝転がりながら、如月は顔をしかめて腰をトントン叩いた。
どんな道でもいいからとにかく早い道を、と願った如月に対して堯郷は初めての長旅に配慮してそれなりの道を選んだと言っていた。
無理なく補給が出来て宿も取れる。野宿もしなければならない時はあるが、それも極力抑えたと。
確かに絶妙な道順だった。それでも気ばかりが急いてしまって若干無理をして毎日進む如月である。慣れない長時間の乗馬が腰にきてもおかしくはなかった。
しかしその若干の無理のおかげで旅を始めて二十日目にして、明月ノ国はもう目前だ。明日にはかつての育ちの家の跡地にまで行けると如月は踏んでいた。
鞄に手を伸ばして地図を取り出すと、足をぱたぱたさせながら自分のたどってきた道をなぞる。
今いるのは、海楼盟ノ国の最も国境寄りの宿。
葉華国は"花鳥風月"の中で最も明月ノ国寄りの国であるため、明月ノ国に行くには間にある海楼盟ノ国を通っていけば良いことになるのだ。
(色んな所ががあったなぁ。この国で見た海はすごかった……あんなに綺麗な色の海があるなんて。あ、それからここの宿はすっごく料理が美味しかった! ここは店主さんがとっても気さくな人でここで確か野宿したはずだ。それでここのところが景色がすごく綺麗だった。んーと、それでここはえー……どんなだったけ……。でもどこの人たちもみんな優しくて楽しかったな)
出会った人々の顔を思い出してくすりと笑うと仰向けに転がって地図を持ち上げた。
ふと懐をごそごそと探って取り出すのは雪姫の髪飾り。
枕元の蝋燭の光に照らされて光るそれは、やはりとても美しかった。
餞別だと言って渡してくれた夜光の声を、顔を、思い出す。
(殿……)
そっと胸に雪姫を押しあてるとそれだけで何だか心が満たされる気がした。
如月の懐にはもう一つ、ただ一言だけ書かれた、夜光の手紙。
帰ってこいと、如月に言ってくれた、その手紙。
ようやく夜光に会えるのだ。ようやく……。
高なる思いに胸をときめかせながら、顔がゆるむのをどうしても止められない。
(殿にたくさん話をしないと。えーっと、葉華国のことでしょ、兄上のことでしょ、それから今回の旅のことも話さないといけないし……楽しみだなぁ)
夜光に会ってその先をどうするか、実のところそれをまだ如月は考えていなかった。
帰りたいと、夜光の側に行きたいと望んだ。堯郷がそれを叶えてくれて、如月に戻ることを許してくれた。しかし、如月は佳代でもある。
何から何まで元に戻るのは無理だということを、如月はよく分かっていた。
(まぁ、いっか。とりあえず殿に会って、それから考えよっと)
今この時は夜光に会えるその喜びを満喫しようと心に決める如月であった。
如月のことですから、どこに行っても明るく元気にやっていけると信じています笑
さて、次回はいよいよ明月ノ国です。
次話もよろしくお願いします