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弐十伍 愛娘佳代

堯郷が如月を送り出したその裏にあったもの……。

「早くにお呼びたてして申し訳ありません、父上、母上」

「それは構わないがいったいどうしたのだ、堯郷」


堯郷による如月と関わりのある宮の人間への根回しが功を奏して彼女の出立が大騒ぎになることはなかったが、しかし朝餉の場に彼女が来なければ両親にはすぐにばれることだ。

ゆえに堯郷は朝餉の前に、鋭空と咲に面会を申し出ていた。

二人そろって何事かと首をかしげる両親に、まずは本題から切り込む。


「今朝、佳代が明月ノ国に発ちました」


単刀直入な堯郷の言葉に咲がはっと息を飲み、口元に手をやる。

鋭空の目つきがかつてないほど鋭くなった。


「……その様子だとお前も加担したようだな。今この時期に佳代が明月ノ国に行くことの危険性を理解していないお前ではないだろう。佳代にもその件については言い含めたと言うのにお前はいったいどうして……」

「父上、私は何も考えずに佳代の望みを叶えてやったわけではありません」

「……聞かせてもらおうか」


堯郷は一つ大きく深呼吸して呼吸を整えた。

そしてはっきりと言葉を紡ぐ。


「端的に申し上げると水深国より提示された水深国独立及び、水深国の援助に基づく葉華国の"花鳥風月"台頭に同意いたしました」

「なんだと!?」


鋭空が大声を上げて身を乗り出す。


「お前……それは私がずっと断り続けてきた話であることを知っているだろう! 確かに良い話ではあるが、我が国には"花鳥風月"の台頭に立って他国を引っ張っていくだけの国力が無い! いくら水深国の力添えがあると言えどそれにも限度があろう。"花鳥風月"の頂点に立とうとも国が疲弊してしまっては意味がないのだぞ!」


"花鳥風月"の名は確かに強いがしかし、いかなる時でも団体としての動きが原則であるため、芋蔓式になることを恐れて関わりを避ける国も多い。

水深国は長い年月をかけて徐々に海を埋め立てることで土地を広げ、国力を上げ、"花鳥風月"に属することのメリットが薄くなるにつれて、"花鳥風月"からの脱退し一つの国家として他国との関係を持つことを望んでいた。

しかし対外的な事に始まりそれぞれの国によって程度は異なるものの、各国に少なからず深い関わりを持つ水深国が突如"花鳥風月"を抜けては"花鳥風月"が受ける打撃は計り知れない。今まで水深国が果たしてきた役割を担う後釜が必要になる。

そこで白羽の矢が立ったのが、葉華国であった。

しかし葉華国も"花鳥風月"内では比較的富んでいるものの、水深国の国力には遠く及ばない。

"花鳥風月"の頂点に立てば"花鳥風月"の残りの国と朝貢関係を持つことになる。国力を上げて上手くやらなければ利益よりも、損害の方がはるかに大きくなり国として立ち行かなくなるのだ。

よって葉華国は後継となることは出来ないと断っていた。

しかし一方で、水深国の後継は大変でもあるが多くの大国と直接交渉に乗り出すことが出来るなど、利点も多い。

出来れば受けたい話ではあるがしかし……というのが水深国から話をもらった葉華国の本音であった


ものすごい剣幕の鋭空に、しかし堯郷は臆さず応じた。


「そのことはわかっております、父上。急いで事を進める必要があったので父上には話すことなく水深国と話を進めたのも申し訳ないとも思っております。しかし私なりの考えがあってやったことです。聞いてはいただけませんか?」


穏やかに、しかしはっきりと言う堯郷を見てぐっと言葉を詰まらせた鋭空は、やがてどさりと腰を落ち着けた。

咲は気が気でない様子で成り行きを見守っている。


「話してみよ」


堯郷は一礼すると、ゆっくりと話し始めた。


「我が国が"花鳥風月"の頂点となれず、それに伴って水深国がいつまでも独立出来ないのは、ひとえに我が国に国力が無いから、ということです。つまりこの状況を打破するには我が国が国力を付ければそれで良い。その方法が無いものかと父上も必死でお探しでしたよね」

「……お前がそれを見つけたと言うのか?」

「はい」


期待半分に問うた鋭空であったが、堯郷の答えに目を輝かせた。


「本当か!? それはいったい……」

「観光業、でございます」

「観光……?」


鋭空ともども咲も首をかしげる。

堯郷は続けた。


「佳代が国内のあちらこちらに訪問していたのはご存じでしょう。そこで興味深い話を佳代は聞いてきておりました。"群風"と"萌"両方で山辺の住人から『最近何だか異様なにおいがする』との話があったそうです。そのことはは父上も報告を受けていらっしゃると思います」

「あぁ。調査はしていたが如何せん、『異様なにおい』だけではなんともな……。どうしても後回しになっていたのが正直なところだ」

「はい。私も相談はされたものの、どうにも手詰まりで、実害も無いようですし放っておりました。しかし最近になって読んだ遠い異国の書物にそれらしいことが書いてあったのです。山付近でする異様なにおい。もしかしたらそのにおいの原因は"温泉"なるものかもしれないと思ったのです」

「"温泉"ですって……?」

「はい、母上。その書物によれば、湯が、地中から湧き出してくるそうですよ。そしてそれには強いにおいが伴うそうです」

「それで、実際に湯は湧いていたのか……?」


恐る恐るといった体でたずねる鋭空に、堯郷は微笑みかけた。


「はい。調べさせてたところ、本当に湯が湧き上がっていたそうです。書物によると、なんでも健康促進に温泉は非常にいいとか。これを我が国の売りとして、観光業を拡大することで国力強化、および"花鳥風月"の頂点に立つことが可能になると考えました。もちろん温泉の本格導入までの準備期間には水深国の援助も取り付けてあります」

「まぁ……」

「このようにして葉華国を持ち上げ、己が国が独立した以上、水深国が葉華国を"花鳥風月"からはじく、という事態はまずなくなります。さらにこれは水深国の王から聞き及んだ話ですが、独立および進出の足掛かりとして鈴風様にはかの大国空臨(くうりん)国との縁談を考えておいでとか。ゆえに私は佳代を送りだした次第です」


話し終えて、堯郷がじっと両親の反応をうかがう。

咲が驚きのあまり呆然としている横で、鋭空は一つため息をついた。


「お前の言い分は分かった、堯郷。それに長年の悲願の達成を目前にしていたとは言え、お前のことを水深国が信用して話を進めたのも誇らしいことではある。しかしその"温泉"を使った観光業が本当に成功するかは分からないだろう。国の行く末を左右する事柄をそのような曖昧なものに賭けたことが、私にはやはりお前の過ちに思えて仕方が……」


鋭空がそこまで口にした時、それまで冷静であった堯郷の目の色がふいに変わり、拳を畳にたたきつけて声を張り上げた。


「父上は……父上は佳代が大切ではないのですかっ!」

「なん、だと……」


堯郷の突然の激昂に鋭空の瞳が揺れる。


「一昨日、私は水深国との話をまとめてから、佳代と話しにいきました。正直私には自信が無かった。これから上手くやっていけるのか。自分の選択は正しかったのか。その時佳代は佳代なりに必死で考えて考えて、自分の本音を押し殺して森閑国に嫁ぐ意志を、固めているところでした。でも夜光殿から手紙を受け取って、あいつは大泣きして俺に『帰りたい』と言ったんです!

父上がおっしゃった通り、この事業が上手くいくかどうかは分かりません。しかし佳代の言葉を聞いたとき、私は心に決めました。何としてでもこの事業を上手く回そうと。何としてでも佳代の想いを叶えてやろうと。かつて佳代を失った時、私は何もしてやれなかった。今なら佳代の一番叶えたいことを、己の努力次第で叶えてやることが出来る。それにこれは葉華国としても良い話です。いつかは大きな決断をしなければ、前に進むことなど出来ませんっ……!」


まくし立てる堯郷を鋭空はじっと見つめる。


「お前に出来るのか? 観光業を上手く興して、国を支えていくことが?」

「私が成し遂げなければならないことです」


きっぱりと言い切る堯郷に、鋭空は束の間目を閉じていたがやがて大きく息を吐くとともに「そうか……」と呟いた。

咲が静かに袖を目元にあてる。

鋭空は目を開くと、いつもの優しい顔に戻って言った。


「分かった、堯郷。観光業に関しては一切をお前に任せる。私も出来る限りの助力をしよう。何としてでも、この事業を成功させようではないか。国のために、佳代のために、な」


堯郷の目が輝く。

畳に手をついて、堯郷は深々と礼をした。


「ありがとうございます、父上……!」


そんな堯郷に鋭空はうなずく。

そこでふと思い出したように堯郷は顔を上げた。


「忘れておりました。今回の件で一つ問題があるとするならば森閑国との縁談のことです。明月ノ国に帰ってからどうするのかは佳代自身もまだ決めていないとは思いますが……どちらにしろこの縁談は断る方が良いと思います。しかし母上にうかがったところ話はもう通してしまったとか。いかがしますか」

「それに関しては気にしなくていいわ、堯郷」

「は……?」


まだ濡れたままの瞳で、申し訳なさそうに咲は微笑む。


「嘘なのよ、話が通っているというのは。さっきあなたが鋭空様に問うたわね、『佳代が大事か』と。決まっているわ、私たちにとってあの子はようやく見つけたかけがえのない宝よ。何よりも大切だわ。だからあの子の意志に沿わないことは出来るだけしたくはない。あの子がどうしても――国が危ういとしてもそれでもやはり夜光殿の側にいたいと言うのなら、それを優先するつもりだったわ。ただ、きちんとあの子にも考えて欲しかった。それで嘘をついたのよ、苦渋の決断ではあったけど……。だから森閑国のことは気にしなくて大丈夫。あなたはあなたのすべきことを、思いっきりなさい」

「そう……でしたか」

「さて、これからが本番だが、これでお膳立ては出来た。さぁ、私たちも遅くなったが朝餉にしようじゃないか。腹が減っては戦も出来ぬ。これからはやるべきことが山積みだからな」


微笑む鋭空に、咲と堯郷も笑い返す。


元気で屈託のない娘に、妹に、幸せになって欲しいという思いが、彼らの中で確かに共有された瞬間だった。

『堯郷の根回しで騒ぎにはならなかった』なら前話の琴音はいったい……? と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。

琴音に関しては如月が直接話をすると堯郷は思っていたので、あえて話をしなかったのです。

次回はまたぐいっと日が経ちます。


次話もよろしくお願いします。

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