壱 純白の花
如月と"殿"なる人物……。
これからどのように発展していくのやら。。。
森の中に用事がある、限られた人間しか通らない静かな森の小道。
着物の裾をたくし上げて、腕にはいっぱいの真っ白な花、称華。
如月は一心不乱に駆けていた。
涼しげな称華の香りに誘われるように、如月の口元に笑みがこぼれる。
(殿、喜んでくれるかなぁ)
一ヶ月に一度の、殿との約束の日。
昨晩はわくわくしすぎてなかなか眠ることが出来なかったけれど、寝坊するようなことはもちろんなかった。
称華の花に顔をうずめるようにして如月はくすくす笑う。
(殿ならきっと、喜んでくれるよね)
心がうきうきして、足は羽が生えたかのようでくるくる動く。
「ほら、奈津。あと少しで街にでるよ、奈津はここで待ってて」
如月の言葉に、隣を走っていた如月の妹は、静かにその場に留まった。
「夜には帰ってくるからね」
そんな妹に微笑みかけて、如月は今度は街の大通りへと、ひた走る――
「あら、如月ちゃんじゃない! そうか、今日は月の君に会いに行く日だね?」
「あ、おばちゃん。こんにちは!」
一軒の店の前、如月に声をかけたのは、彼女と仲の良い織物屋の女将だった。
「まぁまぁ綺麗な称華だこと! どうしたんだい、そんなにいっぱい抱えて」
彼女の扱う糸のように細い指で如月の髪を梳きながら、女将は少し不安げに眉をひそめたが、楽しみの絶頂にある如月はそんなことには気付かずに、頬を上気させて目を輝かせた。
「綺麗でしょう! おばちゃんもそう思う? これね、森に咲いていたの! たまにはいつもと違う道で来ようとしたら、途中で奈津と見つけて、あんまり綺麗だから殿にあげようと思って」
女将は如月の言葉に目を丸くした。
「月の君に、さし上げるのかい?」
「うん、そうだよ、だって綺麗でしょ?」
にこにこ笑って如月が言う。それにつられるて曖昧な笑みを浮かべながら、女将は困ったような顔をした。
「そうかい。そうだね、綺麗だもんね。でもね、如月ちゃん、称華はあんまり縁起のいい花じゃ……」
「あ、そうだ! おばちゃんにも一輪あげる!」
元気いっぱいにさしだされた称華を受け取って、女将はやれやれと笑った。
「まぁ、この笑顔と一緒なら、ね」
「うん? 何か言った? あ、私もう行くね! じゃあね、おばちゃん!」
「はいはい、気をつけて行くんだよ。月の君によろしくね!」
すでに走り出していた如月は上半身を捻って、女将に大きく手を振った。
嵐のように駆け抜けていった如月の、女将の手に残る置き土産を眺めて、女将は笑いながら小さく首を横に振った。
「さて、月の君はなんて言うだろうねぇ……」
称華は一体この明月ノ国ではどのような花なのか。
如月は"月の君"に花を渡して大丈夫なのか……。
次話もよろしくお願いします。