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十参 故郷、葉華国にて

前回でひと段落、今回からは第二幕の始まりです。

「佳代? いるか?」


部屋の外から響いた兄の穏やかな声に、訪問記録をつけていた如月はふと顔をあげた。

城の隅っこ、一方が庭に面していて、小さな机と本棚だけが置かれた質素な如月の部屋。開け放たれた縁側からさらさらと風が吹き込んでくる。


そよ風の気持ちいい季節。如月のいる葉華国では厳しい暑さもようやく和らぎ、爽やかな午後、晴天が高く高く、広がっていた。


一つ大きく伸びをしてから居住まいを正すと、部屋の隅に控えている側近の琴音が音も無く、襖を開けてくれる。そして如月の――佳代の兄、堯郷(たかさと)が如月の部屋へと入ってきた。


「お、訪問記録か。佳代は偉いなぁ」


どしどしと歩いてきて如月の手元を覗き込んで感心する堯郷を見上げて、如月は微笑んだ。


「いえ、このぐらいは。兄上、どうかしましたか?」


まだまだぎこちなさは残るものの、如月もようやく敬語を使えるようになっていた。


「いや。ちょっとお前に聞きたいことがあってな……」


言いながら堯郷はどっかりと如月の隣に腰を下ろした。

堯郷はがっしりとした体格で背も高い、如月より五つ年上の兄だ。夜光が月のような静けさをもっているとするならば、堯郷はさしずめ、春の木漏れ日のような暖かさを持った人だ。

如月は咲に似て、堯郷は父に似ている。

久々に国に戻った如月に自然に接しながら優しくしてくれるこの兄が、如月はすぐに好きになった。


「聞きたいこと? なんでしょう?」

「“緑清紅”に空き家はないか? 結婚を機に新しい家が欲しいという若夫婦がいてな……」


如月は顎に手をあてて首をかしげた。


「“緑清紅”、ですか……少し待っててくださいね。琴音、手伝って」

「もちろん」


そうして如月は立ち上がると、琴音と共に、たくさんの半紙を綺麗に整理してある棚に向かった。






如月が葉華国に来て、二ヶ月が過ぎようとしていた。

如月、もとい佳代の生還は大いに国内でもてはやされ、誰もが行方不明のままでいた姫の帰還を喜び、あちらこちらで祭りが行われた。

ほとんど思い出せないものの、自分の部屋を見た時の懐かしい感覚、兄との対面。

遅ればせながら一国の皇女としての教育を受けつつ、様々なことが目まぐるしく動いていく中で、帰ったばかりの頃は断片的に甦ってくるだけだった記憶も、一ヶ月も国で過ごして様々なものを見るにつけて、ほとんど完璧な形を成すようになっていた。

そうして二ヶ月が経ち、ようやく生活が落ち着いた頃、如月はずっと考え続けていたことを実行することにした。

故郷に来てからも、一時も忘れることのなかった夜光の言葉――






「忘れ物はないか、如月」

「うん、大丈夫。もともと持ち物なんてほとんどないし、小屋と一緒に焼けちゃったから。それより、これ……本当にもらっていいの?」


如月が葉華国へと発つ日。馬車の前で如月が夜光に差し出したのは、昨晩夜光が如月に贈った、青い花をかたどった髪飾りだった。

嬉しそうに、それでも少し後ろめたそうに問う如月に、夜光はいつものように少しだけ口元に笑みを浮かべた。


「あぁ。餞別だ」

「そっか……ありがとう、殿。これ、なんていう花?」

「それは……“雪姫”だ」

「ゆきひめ……?」

「あぁ。雪が降り積もると、その雪の間から一輪だけ、ふと顔を出す花だ。滅多に見られないが、それは美しい花だぞ。……お前に似ていると思ってな」


ぼそりと付け足された夜光の最後の言葉に、如月はにっこりと微笑んだ。


「佳代。そろそろ行きましょう」


咲が馬車の中から美しい声で如月を呼ぶ。


「うん。すぐ行くよ、咲様。じゃあね、殿。元気でね」

「あぁ。お前も。前も言ったが、如月の国では、如月にしか成せないことがあるはずだ。……しっかりな」

「うんっ、頑張るよっ」


元気いっぱいの如月の返事に夜光は一度だけその頭にぽんっと手を乗せると、そっとその背を押した。

そうして如月は、鋭空に手伝ってもらって馬車に乗り込み、名月ノ国を後にした。






――私にしか成せないこと……。まだちゃんとした答えは見つからないけど、出来る事からやってみるよ、殿。

そう心に決めて、如月が始めたのは、国民の訪問だった。


葉華国はそんなに大きな国ではない。

楕円形に近い国土を斜めに四分割にする形で地域が分かれており、その交差点に如月の家でありこの国の城である“桃華ノ宮”が建っている。

北は“寒凪(かんなぎ)”東は“(もえ)”、南は“群風(ぐんぷう)”そして西は“緑清紅(りょくせいこう)”と言い、一年の中で気候と気温の移り変わりがくっきりと出るこの葉華国らしく、地域名に使われているのはそれぞれの時期に咲き誇る花の名だ。

地域に住んでいる国民はどこも大体二百人前後。如月の住む“桃華ノ宮”も、夜光が住んでいた“星ノ宮”と同等か、それよりなお小さいぐらいだ。


このような小国が国として生き抜いてこられたのには、もちろん理由がある。

このあたり一帯には葉華国と似たような規模の国が葉華国も含め六つほどが集まり、六国の中では最大の軍事力を有し、大国ともそれなりのつながりを持つリーダー格の水深国を中心とした“花鳥風月”と呼ばれる横のつながりをもって、互いの国を守っているのだ。



そして葉華国がそんな小国だからこそ、如月の国民訪問は可能になった。

馬の乗り方を習い、琴音だけを連れて、如月は民の一人一人を訪問し始めた。

何か困っていることはないか、最近気になっていることはないか、そんなことを聞いて回った。

国政で忙しい父や兄、そしてあまりに優雅な母には出来ない、野育ちの如月だから成せること。

国民もそんな如月に親しみを感じて、快く話をしてくれる。周囲で起こった事件から、軒先の世間話程度の話しまで。

如月も、人々と触れ合えるそんな時間が大好きだった。

最初のほうはいい顔をしなかった鋭空や咲も、如月の訪問によって浮かび上がってくる数々の国の内情を知る事が出来るのは実際に役に立つことだと気づき、今では如月の事を支えてくれている。



「緑清紅の記録はここかなっと……」


背伸びをして紙束を降ろすと、如月は十日ごとにきれいに冊子にして綴じてある記録をぱらぱらとめくりだした。


「緑清紅はお年寄りが多いから、よく尋ねるんです。えーっと……空き家、空き家……」


如月の隣では琴音も同じように資料を調べる。そんな彼女の手がふと止まった。


「如月様、この山の麓、この一帯は人口の過疎化が進行していたところでございます。これ以上孤立させるのは危険です。ここなどはいかがでしょう」


如月は手にしていた紙束を琴音に預け、代わりに彼女が差し出した資料を受け取って目を走らせる。


「なるほど……確かにそうかも」

「ん? どこだどこだ。見せてくれ」


興味深そうに覗き込む堯郷に、如月はその地区の説明をし始めた。

地形、人口、平均年齢、財政状況……。

堯郷は熱心に聞きながら時々持参の紙に何かを書き付ける。

やがて二人で話し合って、どの辺りに家をあてがうか、また、進行する過疎化への対応策なども軽く話し、空が真っ赤に染まった後、濃紺に包まれるころになって、ようやく堯郷は時間の流れに気づいたように慌てて腰をあげた。


「すまない、如月。ついつい話し込んでしまって……。お前の意見は面白いものが多いからな」

「いえ、兄上。私も役に立たなければ、何のために帰ってきたのか分かりませんから」


微笑んで応えて、兄を見送るために如月も立ち上がる。


「あまり無理をしないで」

「あぁ。お前もな。あ、そういえば……」


思い出したように堯郷は手を打った。如月は首をかしげる。


「?」

「近々水深国の姫君、鈴風殿がお見えになるそうだ……覚えているか?」

「すず……かぜ……?」


大体の事は思い出したはず……だが、鈴風……あまりぴんと来ない名前だ。

眉間に皺を寄せる如月の頭をぐりぐりとなでて、堯郷は笑った。


「覚えてなくても無理はない。お前もたった六歳ぐらいの時にお会いして以来だからな。その時は、お前より三つ上で九歳だった鈴風殿が“花鳥風月”を巡ってらっしゃっていてな、この国にも何日か滞在なさったんだ。お前はまるで姉のように鈴風殿をお慕いしていたし、鈴風殿もお前のことを可愛がってくださっていたんだぞ。鈴風殿がお帰りになられる日にお前は泣いて泣いて……」


懐かしそうに堯郷が話す思い出話に如月は手を胸の前で組みながら、胸が熱くなるのを感じていた。


「そんなことがあったのですか……。それで、その鈴風様が今度来るのですね!」

「あぁ。楽しみにしておけ」

「はいっ」


如月は満面の笑みで応えた。

かつて如月が姉のように慕った人……会うのがとても楽しみだった。


突然の時間経過、すみません笑

ちなみにそれぞれの地域名に使われていた花は私達の世界で言う


寒凪→椿 冬

萌→梅 春

群風→百日紅サルスベリ 夏

緑清紅→紅葉 秋


のようなものです。

ちなみに、雪姫はビオラです。


次回もものすごい勢いで時間経過します。


次話もよろしくお願いします。

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