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十弐 如月の想いと夜光の想い

舞台はいつもの場所へ。

やれやれ……。


夜光はぼんやりと湖を見つめる如月を見て、木に手をついたまま溜息をついた。


如月が部屋を飛び出したその後、宮の人間総出で、如月の行方を捜している。

鋭空殿と咲殿はショックを隠せない様子だったが、とりあえずまた後日話す約束をして用意した部屋で休んでもらっている。

そして夜光は誰にも知らせずこっそりと、この場所に来たのだ。


如月と出会った場所。


もう一つの月が浮かぶ、この静かな湖へ。


「何をしているんだ?」


そっと呼びかけると、湖のほとり、奈津の墓のそばにうずくまっていた如月ははじかれたように夜光のほうを振り返って、とても嬉しそうな顔をした。


「殿っ……」


そのまま如月は立ち上がって夜光のほうへと踏み出しかけたが、ふと顔を歪めるとその場に止まって、くるりと夜光に背を向けた。

如月の爽やかな青色の着物が濃紺の湖に浮かび上がる。


「何しに来たの?」


如月の声には棘があった。しかし、無理をしているのはばればれで、その声は震えていた。

夜光は放っておくと暴走してしまいそうな心をしっかりと持ち直して、静かに口を開いた。


「みんなお前を探しているんだ」

「……ほっといてよ。関係ないでしょ。私の家はこの森だもん。帰ってきてもおかしくないでしょ。誰にも迷惑かけてないよ」

「……」


夜光が何も言わずにじっと如月の背を見つめていると、動かなかった如月の肩が、震えだした。


「……そうだよ。誰にも迷惑かけてないよ? なのにどうしてこの国から出ないといけないの? 私はここが好き。この森が好き。殿が好き。ただそれだけなのに。誰にも、何にも迷惑なんかかけてない。そうでしょ? どうして私が追い出されないといけないの? 私は佳代なんて名前いらない。私は如月だもん。私は……」


まくし立てていた如月は、背後からふわりと温かくて大きい腕に包みこまれて、驚いて口をつぐんだ。

殿の手は温かい。それに大きくて、いつもいつも如月の事を優しく包み込んでくれるそんな手だ。如月は少し抵抗するようにもがいたが、やがて体の力を抜いて、殿にもたれかかった。


「如月」


殿の声が、如月の名前を呼ぶ。佳代ではなく、如月の。如月はそれだけで胸がいっぱいになって、目の前で組まれた殿の手を、ぎゅっと握った。


「如月。さっきは悪かった。俺の言い方が軽率だった。……俺も、焦ってたんだ」

「焦った……? 殿が……?」

「あぁ」


如月は首をかしげた。あんなに殿は落ち着いていたのに。どこが焦っていたのだろう。


「どうして……?」


如月の問いに、夜光は一瞬言葉を詰まらせたが、そっと腕に力をこめた。


「お前が、知らないところに行ってしまうから」

「え……?」

「さっきも言ったとおり、お前は、自分の国に戻るべきだ。ちゃんと戻って、自分のやるべきことをやらなければならない。そういう立場の人間なんだ」

「殿……!」


如月が腕の中で身をよじったが、夜光は腕の力を抜かなかった。


「そうしなければならない。俺は、そう思った。だから無理して、お前との関係を断ち切ろうとした。お前への感情を一切絶とうとした。それで焦って、あんな言いかたをしてしまったんだ」

「で、でも、殿……」

「悪かった、如月」






謝らないで。






如月は心の中で叫んだ。


謝らないでよ、殿……っ。


そうやって謝って、そのあとに“でも、だから、お前は帰れ”だなんて、言わないで……。


「如月」

「き、聞きたくないっ」


如月は夜光の腕の中で必死で首を横に振った。


「聞かないよ。私はこの森に住むの。そうやって決めたの! 私の場所はこの森とっ……この、森と……」


胸がきゅうっとしまるような気がする。言葉が出てこない。


こんなに、こんなに、殿への思いは如月の中で溢れているのに。


如月の頬を涙が伝い、夜光の腕をつかむその細い腕にはさらに力がこもる。

夜光は黙ってそんな彼女を見つめる。

やがて溜息をつくかのようなか細い声で如月は続きを紡いだ。


「この森と……殿の……となりだもんっ……」


夜光はそっと溜息をついた。


「如月……」

「と、殿にとっては迷惑、だと、思うよ。 そんなの分かってるの。でも、わ、私にはそれしか、それだけしかないっ。だから――」

「鋭空殿と咲殿は? お前の事をずっと探して探して、ようやく見つけたお前の両親は? あの方たちはお前の事を確かに大事にしてくれるだろう」

「でも……」


穏やかに笑う鋭空様。華やかな雰囲気をまとった咲様。


私の、お父さんと、お母さん……。


如月のために、心を痛めて。咲様はあんなに取り乱して。こんなにも如月を求めてくれる人は今までにいなかった。


如月の瞳が揺れる。


「帰ってさしあげろ、如月。何も一生俺と会えないわけじゃない」

「で、でもっ」

「お前はまだ広い世界を知らないだろう? 一度この名月ノ国から出て世界を見てみるのもいいものだ。たくさん楽しいこと、面白いことがある。それで……そうして見た心躍るような出来事を、俺に教えてくれ」

「殿、に……」

「あぁ」

「私は……帰ってきてもいいの……?」


殿はゆっくり笑って、腕の中の如月の頭をわしゃわしゃ撫でた。


「何を今更言っているんだ。お前の場所は、ここにはちゃんとあるだろう」

「でも、森の小屋は、もう……」

「この泉が、ある」


夜光の声はいつものように低く、落ち着いていて……。

如月は相変わらず静かなその泉を見つめた。


「……月の、泉……」

「ここは俺とお前が出会った大切な場所だ」


殿と出会った時と同じ、半分欠けた月が揺らめく泉。

如月の心のように波打つこともなく、ただひたすらに静かな泉。

ここが、私の場所……殿との大切な、私の。


「……うん」

「大事な場所は気持ち一つでいつでも自分の場所になる。如月も、ここを自分の場所にしたらいい。そうしたら、ちゃんと帰ってこれるだろう?」

「……うん」

「そんな場所を、鋭空殿達と帰った国でも見つけるんだ。それでお前の場所を増やしたらいい。そうしたらお前はどこにいっても迷子にならない。ちゃんと自分の場所が、あるんだからな」


自分の場所。自分の故郷。


それは一つだけじゃなくてもいいのだ。


いくつもいくつも自分の場所を作って、その一つ一つを大切にしていけばいい。


この国では如月の場所が、故国では、佳代の場所が。それぞれあってかまわない。


きっとどこにあってもそこは、素敵な場所に違いないのだから。


……そして、そこは、帰る場所になるのだから。


「……うん。そうだね、殿……。私は、殿の傍に、帰ってくる場所があるんだね……」

「あぁ」


小さく震える如月の肩を、夜光はさすってやった。


「殿が、私の帰る場所になってくれるんだね……」

「あぁ」

「……本当に?」

「本当に」

「迷惑なんかじゃない……?」


夜光はかすかに笑った。


「くどいぞ、如月。当たり前だろう」

「……うん……うんっ……。ありがとう、殿っ……」


如月は殿の腕をぎゅっと掴んで、またこぼれそうになる涙を必死でこらえていた。

今日はたくさん涙を流しすぎた。嬉しいのだから、泣かない。


笑って、未来に向かって、踏み出そう。


如月のしがみつく大きな夜光の腕はやっぱり頼もしくて。

如月はこうして今いられることに限りない幸せを感じていた。


帰ることにした如月。

葉華国は果たしてどんなところなのか。


次話もよろしくお願いします。

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