十壱 夜光の決断
さて、少し間延びしてしまいましたが、両親が現れた如月の再びの選択の時、そして夜光の決断は……。
如月の告白の後、鋭空は茫然自失としてしまい、咲は糸が切れたように泣き崩れて、その場の収束に時間がかかった。ようやく二人が平生通りに振舞えるようになったところで、耀映が口を開いた。
「では、お二人は、如月と、いえ、佳代と再び国にお戻りなられるのですね?」
その言葉に、夜光は自分では理解しがたいような、複雑なわだかまりが自分の中で生まれるのを感じてそっと眉をひそめた。
ようやく親子が出会えたのだから、一緒に暮らすのは当然だ。まして今や、如月の身分は一国の皇女だ。帰るべきだろう。しかし……。
鋭空と咲が期待をこめて、如月を見る。如月はゆらゆらと視線をさまよわせていたが、ちらりと夜光を見上げて、その袖を握る手に力がこもった。そして、うつむき加減にぼそりと呟く。
「嫌……」
「えっ……?」
鋭空と咲が目に見えてうろたえた。
「佳代……? 私達と一緒に国に帰って、また一緒に暮らしましょう? また幸せな、あの頃みたいに……」
甘やかな咲の言葉にも、如月は首を振った。
「嫌だ」
「……どうして?」
咲が胸に手を当てて、大きく息をしながら必死でこらえて、静かに如月に問うた。
整理できない気持ちを言葉にしようと、如月はぎゅっと眉間に皺を寄せながら言葉を紡ぐ。
「“どうして”……? だって……だって、この場所は、私の大事な場所だもん」
「佳代……!」
「佳代、私達と暮らそう。さっきも話しただろう? お前がいなくなって、私達がどれだけ辛かったか……」
鋭空の言葉にも、如月は必死で首を振っていた。夜光の袖を握るその手には、どんどん力がこもっていく。
如月は、自分と別れたくないのだ。
夜光はその事をはっきりと理解した。
如月から目をはなし静かに視線を滑らせると、部屋にあるのは、どんな言葉が如月を動かすのか必死で探す鋭空様。今にも泣き出してしまいそうな咲様。
そして、全てを分かった上で、まるで面白がるような色を込めて、ちらりとこちらに視線をよこしたのは、兄上。「どうするんだ?」そう問いかける、視線。
だから……。
少しだけ膝を如月の方に向けて。
強引に糸を断ち切ったその心の痛みに気付かないように、王弟の仮面を被る。
「きさら……いや、佳代殿」
如月ははっとして殿を見上げた。
夜光の顔には無表情という表情が張り付いていて、その見たこともない夜光の様子に、如月の胸が締めあがる。
さらに夜光は、如月の聞いたことのないような声で話し始めた。
「佳代殿、自分の立場をわきまえられよ。貴女は、一国の皇女。兄君がいらっしゃるだろうから跡取りではないにしろ、貴女にしか成せない多くの事が、貴女の国にある。貴女は自分が成すべきことを、成さねばならない。このような遠い国で、我儘を言っている場合では、ないのですよ」
物音一つしない沈黙が、その場を覆った。
やがて、とさりと小さな音がして、如月の手が、夜光の袖から滑り落ちた。
「と、の……? ねぇ、何を言ってるの。難しいこと言わないで。殿が何言ってるのか私、全然……」
呆然と、それでも必死で口元に笑みを浮かべようとしながら如月は言葉を紡いだ。
しかし、夜光は表情を崩さなかった。
「現実をしっかりご覧になってください、佳代殿。私は……」
「……! 私は佳代じゃない! 如月だよ!」
大声をあげて、如月は立ち上がった。目にいっぱい涙を溜めて、零れ落ちるそれを拭いもしないで、夜光の事を睨みつけた。
「どうして殿がそんなこと言うの!? どうして殿が私の事を佳代殿って呼ぶの!? どうして、どうして殿が……!!」
夜光は黙って如月を見上げて、何も言わない。表情も変わらない。そんな殿を見て如月は、何がなんだか分からなくなった。
「この国には奈津がいる。殿もいる。私は絶対にこの国を離れないんだから!!」
乱暴に身を翻して、如月は、部屋から駆け出した。
「佳代……!」
後ろから咲の声が聞こえてきたが、如月は振り返らなかった。
どうして。どうしてどうしてどうして!!! 殿なら引き止めてくれると思ったのに。殿はきっと、私のこと分かってくれてると思ってたのに!
殿は敬語でしゃべってたから難しくてちゃんと理解することは出来なかったけど、でも、殿は私の事、“佳代殿”って呼んだ……! 殿が、殿が!! ……信じられない! どうして殿が。何で!?
……こうなったら意地でもこの国に残ってやる。殿に“如月”として扱ってもらうまで、何が何でもここを動かないんだからっ……!
鋭空様と咲様の嬉しそうな顔がちらりと浮かんで如月の良心を苛んだが、如月はすぐにその面影を消した。
最近如月を泣かせてばかりいるような……。
それでも彼女は強い子ですから、乗り越えていってくれるはずです。
次話もよろしくお願いします。