ライオンとヴァンパイア(2)
今日は週一の定例会。
定例会と言っても、部室で、最近こんな事があったとか、あそこのお店のあれがおいしいとか、あのお菓子はおいしいですよとか、先輩、遊園地の話はどうなったんですかとか、自分は映画館とやらに行ってみたいですとか、オカルトちっくな話とは全く関係のない話をする。
言いかえれば、部員同士の交流会みたいなものだ。
新しく部員―と言ってもいいのかわからないが―入ったので、それの歓迎も込めている。
俺に憑いた落ち武者。男と偽って武士の時代を生きた武士娘、雅の歓迎だ。
「さて、雅君。君の願いは恋がしたい、だったかな?」
「ああ、そうだ。自分の願いは恋をする事。恋が出来ればこの世から未練なく去れる」
ちなみに、雅は俺以外には敬語を使わない。
そして、オカルト研究部の人間以外にその姿は見えない。
謎だ。
「ふむ。それは本当かね?」
「……本当と言うと?」
「恋とは素晴らしいものだ。もし誰かに恋をしたら尚更この世から離れられなくなってしまうのではないかな?」
「あー! そうですよ、雅さん! 好きな人がこっちにいるのに向こうに行ける訳ないじゃないですか!」
「む、む……そうか? 恋とはそこまで人を惹き付けるものなのか?」
「ああ。君は恋をした事がないのだろう? 一度燃え上ってしまうと、その人以外の事は考えられなくなるぞ。それこそ成仏したいなんて思えないだろう」
「部長の言う通りですっ」
……交流会のはずなのだが、俺はハブられている。
ガールズトークに男が入っていけると思っているのか、この人達は。
「そうか。恋とはそういうものなのか……あの、ご主人様」
なんて他人事気分で家から持ち込んだ漫画を読んでいると、雅から有り得ない呼ばれ方をされた。
「「ご主人様!?」」
ちなみに驚いたのは俺とロリ子である。
「ちょ、ご主人様って! いきなり何言い出してんだよ!」
「…む? ご主人様が呼んでくれと言ったからですが…」
「一回だけ呼んでくれって言っただけだよ!」
とりあえず、雅にご主人様と呼んでくれと頼んだ事がある。
その時にご主人様と呼ばれてそこはかとなく良い気分になったのだが、どこか踏み込んではいけない領域に踏み込みそうになったので、そこで打ち切った、はずだった。
「……先輩。それはないと思います」
「何だよその目は! 一回だけだよ!」
「先輩ってロリコンのくせにそういう属性も持っているんですね」
「ロリコンでもないし、そういう属性も持ってねえよ!」
「私の体をあんなにも情熱的に抱きしめてくれたのに……遊びだったんですか?」
「人聞きの悪い言い方をするな! つーか、お前自分がロリっ子だって認めたな!」
あの時はそうしないといけないと思ったからそうしたのであって、やましい気持ちなどなかった。
「はいはい。君達二人が仲が良いのはわかったから。雅君の言いかけた事を聞こうじゃないか」
ヒートアップしてロリ子の頭にアイアンクローをかましていると、部長は楽しそうに笑いながら雅の話の続きを促した。
「む、すまない。それで、ご主人様」
「お前の中でそれはもう決定なのか!?」
「ご主人様はご主人様です」
こいつ、俺をいじめたいのか?
「その、折り入って頼みたい事があるのですが」
「え? ああ、いいよ。俺が出来る事なら」
て言うか、よくよく考えればこの状況結構面白いんじゃないか?
現代の学校の制服に包まれた生徒達と鎧を着込んだ落ち武者がソファに座って顔を突き合わせて話している。
そうそう見られるものではない。
「恥ずかしいのですが。その……ご主人様に、恋を教えてもらいたいのです」
「「「―――は?」」」
今度は雅を除いた三人が声を揃えた。
「な、何を言って―――」
「駄目だ/です!!」
雅に事の真相を聞きだそうとしたら、部長とロリ子が物凄い剣幕で怒鳴った。
「何を言っているんだ、君は! 彼に恋を教えてもらおうなんて考えてはいけない! 彼ほどそういう事に向いている人間はいない!」
「部長の言う通りですっ!」
え、俺って本格的にいじめられてるの?
まるで、駄目人間のような言い方されていないか。
「だが、自分はご主人様以外の男性と話せない。ご主人様以外に誰がいるんだ?」
「悪い事は言わない。彼だけはやめておいたほうがいい」
「先輩に恋をすると辛いと思いますよ」
…うーん。何だか泣きたくなってきたぞ。
何でだろうね、あはは。
「ああっ、先輩、違います! そういう意味じゃなくてですね! だからそんなに丸くならないでください!」
「そ、そうだぞ! 君が駄目人間と言っているのではなくてだな! 何と言えばいいのか……」
部長とロリ子が何かを言っているが、俺には聞こえない。
二人とも酷いや。部長なんて駄目人間って言っちゃってるじゃないか。
なんて、いじけてソファの上で丸くなっていると部室のドアが開けられる音がした。
既に全員そろっているので、部室のドアが開くはずない。
不思議に思い、顔を上げてそちらを見てみたら、そこには―俺の勝手なイメージだが―ライオンみたいな女の子。
「―――え、何だよその武士」
久しぶりに来たライオン丸宗谷が驚いた様な顔をして立っていた。
◆
「あのさ、ライオン丸宗谷って言いにくいから呼び方変えてもいい?」
部長とロリ子は如何に俺が駄目な人種であるかを部室の隅で雅に教え込んでいる。
二人の話を聞いていると自殺したくなりそうなので、ライオン丸宗谷と話をすることによって、それをシャットダウンする事にした。
「いいけど……ってお前が付けたんだろ」
「いや、そうだけどさ。何か言いにくいじゃん。ライオン丸宗谷って」
ライオン丸宗谷を初めて見た時に、びびっと来た。
あ、こいつはライオンだなって。
ライオン宗谷も言いにくいので、ライオン丸宗谷に変えたのだが、これも長くていいにくい。
一年ほどたってからそれに気付いた。
「勝手にしろ」
「わかった。……じゃあ、ライオン丸から取ってイオンは?」
「体に良さそうな名前だな……ってライオン丸から取るなよ! 宗谷か紅緒かどっちかから取れよ!」
「あ、いや。お前はイオンってイメージじゃないな……マル?」
「人の話を聞けよ!」
いいな、マル。
部長にはいじめられっ放しだし、ロリ子は部長と一緒にいると俺を攻撃して来る。
雅は雅でこちらが不利になる発言をする。
その点、マルは律儀に反応してくれるし、ツッコミ気質な奴である。
いじりがいがあるぜ。
「ロリ子よりマシなあだ名だと思うけど?」
「あ? まあ、確かにロリ子よかマシだとは思うけどよ。ってかロリ子も普通に呼んでやれよ」
「えー、でもぴったりだと思わねえ? 名前からも取ってるし、ロリ子が定着してるじゃん」
「そうだけどよ……」
ロリ子の名前の由来は、何もそのロリロリしい見た目からだけではない。
あいつの名前を聞いた時、あ、ロリ子だ、と思ったのだ。
「それじゃ、マルで決定な」
「何がそれじゃ、なんだよ…」
今日からライオン丸宗谷改め、マルと呼ばせてもらう事にしよう。
「で、マルは何しに来たの? お前、いつもはここに来ないじゃん」
「マルは決定なのかよ……」
はあ、なんて溜め息をついているマルだが、いつもみたいな気だるげな表情は変わらない。
表情は変わらないが、向かい側のソファから身を乗り出す様にして話を始めた。
「お前、吸血鬼の噂を聞いたか?」
吸血鬼。聞いた事もないな。
「聞くだけ無駄だったな。お前がそういう噂を知ってるわけないし」
失礼な事を言う奴だ。俺だって色々な噂を知っている。
例えば……えー、落ち武者の噂、とか?
「それはそこにいる武士の事だろ。解決した事を言ってんじゃねーよ」
解決はしていないと思うけど。憑かれてるし。
まあ、いい。それより吸血鬼だ。
この日本に吸血鬼。ミスマッチだな。
吸血鬼と言えば……えー、何だったかな? やべえ、何もわかんねえ。
「吸血鬼の噂かい? ライオン丸宗谷君は意外と耳が早いね」
吸血鬼に関する事柄を必死になって思い出そうとしていたが、実の所、何も知らないと思い至り、もう思考を放棄してマルの尖がった風貌を見ていたら、俺が駄目人間であることを雅に余すことなく伝えきったのか、部長が俺の隣に座りながら話に割って入ってきた。
「ん? 君のその顔は吸血鬼の事なんて何も知らないって顔だね。わかった。私が吸血鬼の事を簡単に説明しよう」
部長ったらご明察。こちらの表情を見ただけでわかるなんて。
「吸血鬼、ドラキュラ、ヴァンパイア、ヴァンピール。名称は様々あるが、要するに血を吸う鬼の事だね。元々は東ヨーロッパの民間伝承から起源が発生したとされている。吸血鬼っていうのは、一般的には死者が何らかの理由で生き返った者の事を指すんだ。生前に犯罪を犯した、信仰に背いた行為をした、惨殺された、自殺したとかね。まだまだたくさんあるけど、長くなるから割愛するよ。吸血鬼の姿は生前のままだったり、血の塊だったりと様々あるが、私達のイメージでは美しい女性ってイメージじゃないかな?」
そうなのか?
吸血鬼のイメージ自体が頭にない。
「君に聞くのが間違いだったかな。それで吸血鬼というのは魔力を持ち、その者の眼を見ただけで魅了したり、操ったりする力を持つとされている。この魔眼というのが割と有名だね。他にも不老不死だったり、コウモリや霧に変身する力を持つとされているかな。吸血鬼を退治する方法も様々あるね。有名なのはニンニクをかざしてみたり、銀をかざしてみたり。殺す方法としては木の杭で心臓を突き刺す方法や首を切り落とすなどがある。まあ、それはどうでもいいか。人間が吸血鬼を退治するのはまず不可能だろうしね。吸血鬼を退治する事を生業とする人間もいたが、彼らは吸血鬼との混血で特別な力を持っていたらしいからね。そうだね、私の知っている事といったらこんな所かな。西洋の事はあまり詳しくはないんでね」
苦笑しながらそう言う割には、よく知っていると思う。
「まあ、ウィキった情報だからね」
部長ったら現代人。
「私個人が吸血鬼に対して思う事はもっと生臭いよ。東ヨーロッパの農村部では信じられてきたと言ったけど、それがどういう意味かわかるかい?」
「……えー、お金が―――」
「違うよ。吸血鬼というのは異常者を指していたんじゃないかと思う」
違っていても最期まで聞いてくれよ。
「古代や中世の農村部は近親相姦が当たり前の様に行われていたのさ。血が濃くなれば当然に奇形児や精神に異常を持つ者も現れる。かの徳川家の十二代目、徳川家斉もそうだとされているよ。話がずれたね。まあ、そういった異常者達が家畜を襲ったり、人間を傷付けたりしたんだと思う。人間と言うのは異常を嫌うからね。少しでも自分達と違う形、違う行動をすれば、それはもう人間じゃないのさ」
民俗学的な話だな。お祭りの裏側の話を聞いているみたいだ。
俺の勝手な解釈だが、日本各地に存在する祭りは、人柱を奉るためのものだったんじゃないかと思っている。
どうでもいいか。
「吸血鬼の事は大体わかりました。それで、吸血鬼の噂って何ですか?」
「それはライオン丸宗谷君に話してもらおう。久しぶりに部活動に来てくれたんだしね」
部長は向かいに座るマルに話を振る。
マルは尖がった奴ではあるが、部長に逆らう事はしない、出来ない。
「あ、部長。こいつ今日からマルになりましたから」
「ん? そうなのかい? じゃあマル君、頼むよ」
そう言えば、ロリ子と雅はどうしたのだろう。先程から会話に入ってこない。
不思議に思い、部室を見回してみると、二人は未だに隅で何事かを話し合っていた。
先輩はですね、普段は孫の手より役に立たないんですけど、いざって時はやりますよ、え? いえいえ、頭もそれ程ですし、運動もからっきしです、子供より使い物にならないんですけど―――
これ以上聞いていると本格的に自分の存在意義について疑問に思わざるを得なくなり、その結果が自殺に結び付きそうになるから意識をマルに戻す。
「部長までマルなのかよ……」
ちなみに、マルは部長に敬語を使わない唯一の人間である。
尖がってるって凄いね。