第172話:「トイレットペーパーが消えた日~ホルムズ海峡の封鎖デマと、恐怖が生み出す『第二次オイルショック』の幻影~」
マリコ: (舞台袖から大量のトイレットペーパーを抱えて、息を切らして登場) はあ、はあ...サチコ、手伝って!これ、楽屋に置かれへん!
サチコ: (呆れて) ...何やそれ。あんた、業者か?
マリコ: 違うわ!備蓄や!戦争が始まったんやで!トイレットペーパーがなくなるんや!
サチコ: (冷静に) あのな、マリコ。それ、デマやで。
マリコ: デマ!?嘘やん!だってSNSで「ホルムズ海峡封鎖!オイルショック再来!紙が消える!」ってトレンド入りしてたんやで!ドラッグストア行ったら、おばちゃんらが奪い合いしてたんやで!
サチコ: それがデマの力や。前回(171話)で言うたやろ。「物語の戦争」や。今回はそれが、あんたの生活を直撃したんや。
マリコ: 直撃って...このトイレットペーパー、全部無駄なん?
サチコ: 無駄とは言わんけど、ちょっと冷静になり。今日は2026年3月4日。イラン攻撃から4日目や。確かに情勢は緊迫してるけど、トイレットペーパーの原料はパルプや。大半は輸入やけど、中東から輸入してるわけやない。
マリコ: え、中東ちゃうの?
サチコ: パルプは北米とか南米、アジアからや。ホルムズ海峡が封鎖されても、トイレットペーパーの材料は届く。
マリコ: ほな、なんでみんな並んでるん?
サチコ: 「1973年の記憶」や。
マリコ: 1973年?
サチコ: 第一次オイルショックや。あの日、日本中からトイレットペーパーが消えた。その時のトラウマが、DNAレベルで日本人に刻まれてるんかもしれん。
マリコ: DNAにトイレットペーパーの記憶が...!?
サチコ: せやから比喩や!でもな、マリコ。今回の騒動、笑い事やないねん。これが現代の戦争の「第二波」や。
マリコ: 第二波?
サチコ: 物理的なミサイルの次は、経済と心理へのミサイルが飛んでくる。今日はその話をせなあかん。
マリコ: (トイレットペーパーを置いて) ...分かった。聞くわ。でもこれ、枕にするわ。
サチコ: 勝手にせえ。まず現状を整理するで。2月28日の攻撃の後、イランはどう出たか。
マリコ: 報復したんやろ?ミサイル撃ったって。
サチコ: 撃った。でも、もっと怖いのは「封鎖の脅し」や。イラン革命防衛隊(IRGC)の報道官が「ホルムズ海峡は我々の庭だ。敵が通ることは許さない」って声明を出した。
マリコ: 出た!ホルムズ海峡!世界の石油の2割が通る場所やろ!
サチコ: 日本に入ってくる原油の約8割から9割がここを通る。ここが止まったら、日本経済は窒息する。
マリコ: 窒息...
サチコ: その恐怖心につけ込んで、SNSで大量の偽情報が流された。「イランが機雷を敷設した」「日本のタンカーが沈没した」「来週からガソリンがリッター300円になる」
マリコ: 見た!「ガソリン300円」って見て、私、自転車の空気入れたもん!
サチコ: 自転車の空気は関係あらへんやんけ!でも、そういう心理的パニックを起こすのが目的なんや。これを「認知戦」と言う。
マリコ: 認知戦...
サチコ: 敵をパニックにさせて、買い占めを起こさせて、物流を麻痺させる。ミサイルを一発も撃たなくても、デマ一つで相手国のスーパーマーケットを空っぽにできる。
マリコ: ...私がスーパーでトイレットペーパー奪い合ったんも、戦争の一部やったんか。
サチコ: 悲しいけど、そうや。あんたはイランの、あるいは便乗した愉快犯の「兵士」として動かされたんや。
マリコ: 兵士...トイレットペーパー抱えた兵士て、弱そうすぎるわ!
サチコ: 弱いけど、社会を混乱させる力はある。実際、政府は火消しに躍起になってる。高市早苗首相が昨日の会見で「原油の備蓄は200日分以上ある。冷静な行動を」って呼びかけたやろ。
マリコ: 200日分!そんなにあるん?
サチコ: 国家備蓄と民間備蓄合わせてな。だから、今日明日ガソリンがなくなることはない。でも、「なくなるかも」という恐怖が、市場価格を吊り上げる。
マリコ: 恐怖が値段を決めるんか。
サチコ: そうや。WTI原油先物は一時1バレル130ドルを超えた。恐怖プレミアムが乗っかってるんや。
マリコ: プレミアム...高級な恐怖やな。
サチコ: ちっとも嬉しくない高級品や。で、この状況で日本政府がどう動いてるか、知ってるか?
マリコ: 知らん。パニックになってたから。
サチコ: 高市首相は、この危機を「エネルギー安全保障の転換点」と位置づけた。そして、原発の再稼働プロセスを「超法規的措置」も含めて加速させる検討に入った。
マリコ: 超法規的!?
サチコ: 「有事」やからな。平時のルールでは間に合わん、という論理や。前回の選挙で圧勝した316議席の力が、ここで火を噴く。
マリコ: 162話で言うてた「ブレーキがない」状態か。
サチコ: そうや。「石油が来ないなら、原発を動かすしかないでしょう?」という問いかけに、野党も反対しにくくなってる。
マリコ: 「電気消えてもええんか!」って言われたら、何も言えへんもんな。
サチコ: これが「ショック・ドクトリン」や。
マリコ: ショック・ドクトリン?
サチコ: 危機を利用して、普段なら反対されるような過激な政策を一気に進める手法や。今回のホルムズ海峡危機は、日本にとってのショック・ドクトリンになりつつある。
マリコ: 戦争が、日本の形を変えていくんやな...。
サチコ: そうや。でもな、マリコ。一番大事なのは、私らがどう生きるかや。
マリコ: どう生きるか。
サチコ: トイレットペーパーを買い占めるのは、不安を解消したいからやろ。
マリコ: せや。「何かせな!」って思うけど、何もできへんから、とりあえず買うねん。
サチコ: それは「コントロール感」を取り戻したい心理や。「世界はどうなるか分からんけど、家のトイレットペーパーの在庫だけは私がコントロールできる」って。
マリコ: ...サチコ、あんた心理学者か。その通りや。棚に並んだロールを見たら、なんか安心したんや。
サチコ: でもな、その安心は偽物や。自分だけ助かろうとすれば、社会全体が崩れる。
マリコ: 「二度づけ禁止」の精神やな。
サチコ: ...また串カツか。
マリコ: せや。「ソース(資源)はみんなのモンやから、独り占めしたらあかん」。これが大阪の、いや人類の知恵や!
サチコ: ...まあ、言いたいことは分かる。買い占めは「社会への二度づけ」やな。
マリコ: うまいこと言うた!座布団一枚!
サチコ: いらんわ。でも、マリコ。今回の騒動で一つだけ、希望があるとするなら。
マリコ: 希望?
サチコ: 多くの企業がすぐに「在庫は十分あります」って声明を出したことや。製紙連合会も、物流会社も、SNSで必死に「デマに惑わされないで」って発信した。
マリコ: 企業も戦ってるんやな。
サチコ: そうや。デマと戦うのは政府だけやない。現場の人たちが「日常」を守ろうと必死に戦ってる。トラックの運転手さんも、スーパーの店員さんも。
マリコ: ...私、スーパーの店員さんに「なんでないの!」って文句言うてもうた。
サチコ: それはあかん。謝りに行き。
マリコ: 行くわ。このトイレットペーパー返しに行くついでに謝るわ。
サチコ: 返品は受け付けてくれへんかもしれんけどな。
マリコ: でもサチコ、もしほんまにホルムズ海峡が封鎖されたら、どうなるん?
サチコ: その時は...覚悟を決めなあかん。
マリコ: 覚悟?
サチコ: 省エネや。1973年のように、ネオンを消して、テレビを消して、暖房を弱めて。
マリコ: 寂しいな。
サチコ: 寂しいけど、それが「エネルギーを持たない国」の現実や。私らの生活は、薄氷の上に成り立ってる。中東のバルブ一つで、日本の夜は暗くなる。
マリコ: ...そう思うと、電気がついてるだけでありがたいな。
サチコ: せやな。当たり前が当たり前やないってことを、戦争は教えてくる。
マリコ: サチコ、私な、決めたで。
サチコ: 何を?
マリコ: 今日からトイレはウォシュレットのみにする。
サチコ: 極端やな!紙も使い!
マリコ: いや、これが私の「エネルギー自立」や。お尻から始める改革や。
サチコ: 小さすぎるわ!んでウォシュレットも電気使てるわ!でもまあ、意識を変えるのは大事やな。
マリコ: 皆さんも、デマに流されんといてな。トイレットペーパーはある!ガソリンもある!ないのはうちの貯金だけや!
サチコ: それはあんただけや!
マリコ: でも、心には余裕を持とうな。恐怖は伝染するけど、笑顔も伝染するから。
サチコ: ...最後はええこと言うな。
マリコ: せやろ。トイレットペーパーの芯を覗いたら、向こうに未来が見えるかもしれんしな。
サチコ: 見えへんわ!ただの空洞や!
マリコ: 空洞やからこそ、何でも詰め込めるんや!希望も、笑いも!
サチコ: 詰め込めるかい!うまいことまとめたつもりか!もうええわ!
マリコ・サチコ: ありがとうございましたー!




