第8話
空は鮮やかな茜色に染まり、電柱は長い影を伸ばす。ヒグラシの鳴き声が、夕暮れ時に溶けていく。
花咲小学校――の、近くのたばこ屋。
俺は猫の姿で、窓口の下からニャーと鳴いた。
「なにがニャーだよ、可愛い子ぶっちまって」
そう言いつつ窓口から顔を出したのは、真ん丸メガネをかけた小柄なバアさんである。
「おっ、出たな化け猫ババア」
「ふん、相も変わらず生意気な小僧だねぇ。用があるならさっさと入りな」
憎まれ口をたたきつつ、バアさんは窓を大きく開ける。お言葉に甘えて、俺は窓から中へと飛び込んだ。
タマさんっていうのは、このバアさんのこと。この町に暮らす連中のことで知らないことはないという、凄腕の情報屋だ。
ちなみにタマさん、人間ではない。
昼は人間の姿でたばこ屋の店主なんぞしているが、夜は三毛猫に姿を変えて自由気ままに暮らしている。つまりは俺と同類ってこと。ここだけの話、年は向こうの方が十倍以上も上だけどな。
「で? 今度は何を調べ回っているんだい」
「花咲小学校の生徒で、入院中もしくは自宅療養中の子供はいないか?」
タマさんはちょっと考えると、小さく頷いた。
「三年生の木下シュウって子が、七月から入院してるね」
ん? どっかで聞いた名前だな。
「ほれ、アンタが憑りついてる家族の女の子。あの子と同じクラスの子だよ」
「憑りついてるってなんだよ、人聞きの悪い」
俺はフーとうなってみせたが、タマさんはフンと鼻で笑った。
とにかく、入院しているのは、みゆがあの晩言っていた『シュウくん』のことらしい。
「たしか肺炎って言ってたような」
「そうさね。けど、ごく軽い症状だったはずだよ。こんなに長く入院するはずはないけどねえ」
タマさんも不思議そうな顔で、俺の後頭部をわしゃわしゃ撫でている。
「どんなヤツなんだよ、そのシュウってのは」
「スポーツが得意なんだけど、活発というよりは、おっとりして気の優しい子だね。かわいい顔をしているから、女の子からも人気だよ」
ふーん。
「そういえば、みゆちゃんともよく手をつないで登下校してたねえ」
「は? ちょっと待て! みゆと手をつないでた、だと!」
俺は思わず背中の毛を逆立てて叫んだ。
「うるさいよ、まったく……いいかい赤虎、アンタは妖怪で、あの子たちは人間! 保護者気取りもほどほどにしないと、傷つくのはアンタだよ」
「それとこれとは話が別だっつーの! どこの馬の骨か分からんヤツに、みゆを渡すつもりはない!」
「はぁ、アンタもバカな妖怪だね……で、ほかに聞きたいことは?」
タマさんは片方の眉をきゅっと上げて、俺を見下ろした。
「もうひとり、気になるヤツがいるんだけど――」
そして俺が『ソイツ』の名前を出すと、タマさんは不愉快そうに顔をしかめたのだった。
店の外に出ると、すっかり日は暮れていた。西の空にほのかに残る夕日の赤が、夕闇に淡くにじんでいる。
まだ空気は蒸し暑い。熱の残るアスファルトの上を、俺は猫の姿のままでゆっくりと歩く。
「……保護者気取り、か」
分かっちゃあいるんだけど、なかなか難しいもんだぜ。
ふいに電話が鳴った。
猫に化けてると、コレが面倒なんだよな。
俺は物陰に隠れて人に化け、ポケットから携帯を引っ張り出す。
「はいよー、こちらまひる」
『ワタルだよー。おつかれー』
「なんだお前かよ。まあいいや、今日は何か起こったか?」
『ぜーんぜん! こっちはチョー平和だったよ』
「怪しい奴は来たか?」
『それっぽい人は見てない。でもおれ、あんまり鼻がきかないからなー』
「この役立たず」
『ああっ、ひどーい』
「まあいいや。引き続き、そっちの監視よろしく」
ワタルの『おっけー』という声もそこそこに、俺はプツンと電話を切った。
小学校の周辺で起こる怪異。
それが、木下シュウの願いを叶えた結果だったなら――。
「クロノスケ、いるか?」
俺が暮れた空に向かって声をかけると、向かいの家の屋根からカアと声がした。
「お呼びですか、旦那」
「ああ、ちょっと手ぇ貸してくれねえか?」
「もちろん、喜んで!」
そう言ってニッと笑うクロノスケの目は、今は妖艶な紫色に光っている。
ま、こいつも普通のカラスじゃないってことだよ。
数分後。
俺の指示を聞いたクロノスケが、闇夜の中へと飛び去った。
さて、そろそろ大詰めだな。
俺は人の姿のまま、夜の町へと歩き出した。




