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ナンカヨウカイ  作者: スギヨシ ハチ
「折る」
8/11

第8話

 空は鮮やかな茜色に染まり、電柱は長い影を伸ばす。ヒグラシの鳴き声が、夕暮れ時に溶けていく。

 

 花咲小学校――の、近くのたばこ屋。

 俺は猫の姿で、窓口の下からニャーと鳴いた。


「なにがニャーだよ、可愛い子ぶっちまって」

 そう言いつつ窓口から顔を出したのは、真ん丸メガネをかけた小柄なバアさんである。


「おっ、出たな化け猫ババア」

「ふん、相も変わらず生意気な小僧だねぇ。用があるならさっさと入りな」

 憎まれ口をたたきつつ、バアさんは窓を大きく開ける。お言葉に甘えて、俺は窓から中へと飛び込んだ。


 タマさんっていうのは、このバアさんのこと。この町に暮らす連中のことで知らないことはないという、凄腕の情報屋だ。


 ちなみにタマさん、人間ではない。

 昼は人間の姿でたばこ屋の店主なんぞしているが、夜は三毛猫に姿を変えて自由気ままに暮らしている。つまりは俺と同類ってこと。ここだけの話、年は向こうの方が十倍以上も上だけどな。


「で? 今度は何を調べ回っているんだい」

「花咲小学校の生徒で、入院中もしくは自宅療養中の子供はいないか?」


 タマさんはちょっと考えると、小さく頷いた。


「三年生の木下シュウって子が、七月から入院してるね」

 ん? どっかで聞いた名前だな。

「ほれ、アンタが憑りついてる家族の女の子。あの子と同じクラスの子だよ」

「憑りついてるってなんだよ、人聞きの悪い」

 俺はフーとうなってみせたが、タマさんはフンと鼻で笑った。

 

 とにかく、入院しているのは、みゆがあの晩言っていた『シュウくん』のことらしい。


「たしか肺炎って言ってたような」

「そうさね。けど、ごく軽い症状だったはずだよ。こんなに長く入院するはずはないけどねえ」

 タマさんも不思議そうな顔で、俺の後頭部をわしゃわしゃ撫でている。

「どんなヤツなんだよ、そのシュウってのは」

「スポーツが得意なんだけど、活発というよりは、おっとりして気の優しい子だね。かわいい顔をしているから、女の子からも人気だよ」

 ふーん。


「そういえば、みゆちゃんともよく手をつないで登下校してたねえ」

「は? ちょっと待て! みゆと手をつないでた、だと!」

 俺は思わず背中の毛を逆立てて叫んだ。


「うるさいよ、まったく……いいかい赤虎、アンタは妖怪で、あの子たちは人間! 保護者気取りもほどほどにしないと、傷つくのはアンタだよ」

「それとこれとは話が別だっつーの! どこの馬の骨か分からんヤツに、みゆを渡すつもりはない!」

「はぁ、アンタもバカな妖怪だね……で、ほかに聞きたいことは?」

 タマさんは片方の眉をきゅっと上げて、俺を見下ろした。


「もうひとり、気になるヤツがいるんだけど――」

 そして俺が『ソイツ』の名前を出すと、タマさんは不愉快そうに顔をしかめたのだった。



 

 店の外に出ると、すっかり日は暮れていた。西の空にほのかに残る夕日の赤が、夕闇に淡くにじんでいる。

 まだ空気は蒸し暑い。熱の残るアスファルトの上を、俺は猫の姿のままでゆっくりと歩く。


 「……保護者気取り、か」

 分かっちゃあいるんだけど、なかなか難しいもんだぜ。

 

 ふいに電話が鳴った。

 猫に化けてると、コレが面倒なんだよな。

 俺は物陰に隠れて人に化け、ポケットから携帯を引っ張り出す。


「はいよー、こちらまひる」

『ワタルだよー。おつかれー』

「なんだお前かよ。まあいいや、今日は何か起こったか?」

『ぜーんぜん! こっちはチョー平和だったよ』

「怪しい奴は来たか?」

『それっぽい人は見てない。でもおれ、あんまり鼻がきかないからなー』

「この役立たず」

『ああっ、ひどーい』

「まあいいや。引き続き、そっちの監視よろしく」

 ワタルの『おっけー』という声もそこそこに、俺はプツンと電話を切った。

 

 小学校の周辺で起こる怪異。

 それが、木下シュウの願いを叶えた結果だったなら――。


「クロノスケ、いるか?」

 俺が暮れた空に向かって声をかけると、向かいの家の屋根からカアと声がした。


「お呼びですか、旦那」

「ああ、ちょっと手ぇ貸してくれねえか?」

「もちろん、喜んで!」


 そう言ってニッと笑うクロノスケの目は、今は妖艶な紫色に光っている。

 ま、こいつも普通のカラスじゃないってことだよ。

 



 数分後。

 俺の指示を聞いたクロノスケが、闇夜の中へと飛び去った。


 さて、そろそろ大詰めだな。

 俺は人の姿のまま、夜の町へと歩き出した。

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