第10話
影の中で、俺は力を解き放つ。
人だった「俺」が、ずるりと闇に溶けていく。
「なんだ、おい、奴はどこへ行った?!」
焦りが滲んだ安土の声が、影の中でも聞こえている。ま、焦ったところでもう遅いけどな。
草木も眠る丑三つ時――真夜中は俺たちの世界だ。
よりによってこんな時間に妖怪にケンカを売るなんて、こいつ何も分かってねえよな。
あたり一面は、深い闇。
俺は黒々とした闇の中を泳ぐと、化け鳥の真後ろから飛び出した。
――ギャア!
俺の牙が、化け鳥の首にめり込む。
強く噛みしめると、ゴキリと鈍い音がした。
ソレをそのまま投げ飛ばす。地面に投げ捨てられ、ぐったりと動かなくなった化け鳥の全身が、砂のように崩れはじめる。
「ああっ、そんな……俺の、俺の折り鶴が!」
安土がどんなに嘆こうが、化け鳥の消滅は止まらない。
やがて、ボロボロになった折り鶴が一羽、アスファルトの上にぱさりと落ちた。
呆然と立ち尽くしている安土の背後へと、俺はわざと足音を立て、ゆっくりと歩み寄っていく。
「う、うあ……うああああっ!」
安土は後ずさろうとしたようだが、足が動かなかったらしい。ただ恐怖の表情で俺を見上げ、わけのわからないことを喚いているばかりだ。
まあ、それも仕方ねえか。
『その赤毛は夜の帳を燃やすかのごとく揺らめき、黄色い3つの目玉がびかりびかりと睨んでいる。丸太のような尾が3本、まるで大蛇のように蠢いている』
……なんて、昔誰かが言ってたっけな。今の俺は、まあそんな感じの姿だと思ってくれ。
俺が目の前まで顔を近づけると、奴の喉がヒイッと鳴った。
口をがばりと開けてみせる。のどの奥でチロチロと踊る鬼火が、奴の前髪をジュッと焦がした。
「ああああああああー!」
派手に叫び声を上げて、安土はその場に倒れた。ごん、と硬い音が響く。後頭部を道路にぶつけたらしい。ざまあみろってんだ。
奴が白目を剥いて泡を吐いたのを見届けてから、俺は再び影に身を沈めたのだった。
その後、すぐに駆け付けてきた小鬼たちに安土を引き渡して、この場は終幕となった。
「ずいぶん手際よく、小鬼くんたちが来たものね」
「所長から連絡がいってたんだとさ」
この小鬼どもは……そうだな、警察みたいなモン。
今回みたいに怪異を起こした連中を取り締まるのが仕事だ。
妖怪には司法は存在しないけど、人との関わりに関するルールはある。
妖怪が人間を食らうのは現代では御法度だし、安土みたいに外法に手を染めるのもダメ。
ルールを守れねえようなゲス共は、妖怪だろうが人間だろうが、小鬼どもに捕まっちまうってわけ。
……え、捕まった後どうなるかって?
さあ、知らね。どうせロクなことにはならないだろうな。
「いやー! やっとこれで一件落着だね。プールアイランドの管理人さんも喜ぶよ。給料で何買おっかなー……って、痛い痛い! 何すんのさ姫ちゃん」
「バカね。まだ終わってないわよ」
「へ?」
ワタルは普段と変わらぬアホ面で首をかしげている。姫子は盛大にため息を吐きながら、俺をちらりと見やる。
「まひる、あんたは分かってるでしょうね?」
「まあな」
「ホントかしら」
「おい、河童野郎と一緒にすんな」
ぬるい夜風が、姫子の長い髪を揺らす。
町はもう真夜中。
寝ぼけた街灯の下、俺たちの足音だけが静かに響く。
「ワタル、ラーメン食いたい。おごって」
「えっ、なんで?」
「働いたら腹減ったんだよ。俺、塩ラーメンな」
「あっ、あたしもー」
「なに便乗してんだよ。お前戦ってねーだろ」
「あんただって大して戦ってないじゃない」
「ねえ。それより、何でおれのおごり前提なの?」
朝が来るまで、まだ時間がかかる。
俺たちはいつものようにグダグダ言いながら、屋台のラーメン屋へと向かったのだった。




