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アンドロメダの十二月

作者: みれと えみ

12月、東京、みんなどう過ごしてた?

☆十二月十八日(木)@日本橋健診センター

 毎年の癖なのだが、私は年末ギリギリにしか、会社の健康診断を受診することができない。

 理由はわからない。

「人事部が健康診断を受けてないなんて看過できんよ、早くいってきなさい」

 仕事量を理由に、日程調整を後ろ倒しに逃げているだけ?

「はい、209番さま、身長体重胸囲から測定致しますね」

 四十を超えて体重を測るのが怖くなっている?

「ご自身のペースで、ご自身のペースで、はい、バリウムすべて飲み干してくださいね」

 バリウムを飲んで胃の検査をするのが苦手?

「親指を手の内側に入れてグッと握る、チクッとしますね。今、どこか痺れていますか?」

 血液検査の採血の針を敬遠している?

 全部当てはまっているようで、違う気がした。

考えてみると、私は健康診断がそもそも嫌いなのかもしれない。それは、『健康』への意識が低いとか『健康』をないがしろにしてるとかうるさい好きなものを食べさせろ深夜のラーメンが大好物なんだ、とか、そういうことではなかった。

 うまく説明するのが難しいのだけど、私は『健康』を『診断』されることに抵抗があった。A判定。B判定。去年のデータより良い悪い。数値が、高め、低め、高めだけどまあ許容範囲内。その類のジャッジメントについて、まったく意味がわからなかった。

 今年、二〇二五年度は十二月十七日水曜に健診日が調整された。

 そして、今年を境に、私は健康診断を少し好きになった。

その瞬間は、最終工程のドクターとの健診結果の面談で、突然起こった。

「この白く映っているのが、心臓。周りの、こちら膨らんでいるのが肺ですね」

レントゲン写真を前に、黒縁メガネの上品な口調の女医さんは丁寧な説明をしてくれていたが、私がレントゲン写真で注視していたのは心臓でも肺でもなかった。首、肩、腕、肘、胸の膨らみ、ウェスト、それらの輪郭を見ていた。白黒の明暗だけでシルエットを現した私の上半身のラインに、何故かはわからないけど、ただ、レントゲン写真に釘付けになった。

 肋骨は白く輝いていた。垂れ始めた胸の膨らみを、特徴のない肩の関節を、特にドラマティックにくびれてなんていないウェストラインを、ただ実体として認識した。

 自分の肉体の輪郭の中には、骨や心臓のように明白に白く輝く部位もあれば、心細く線で映ったバストラインが浮かんでいる部位もあった、グラデーションを作りながら弧を描く肋骨群、淡い肺の存在もあった。存在はあれども、濃淡が入り混じっていた。

 今年を境に、私は健康診断を好きになった。来年はまた嫌いになるかもしれませんけど。今年もおつかれさま。


☆十二月二十一日(日)@鶴鳴館

 鶴鳴館の女将には一度でいいから、お目にかかることをお勧めする。

「戦前から、このあたりは日本最大の下宿町だった地域なんですの。土地の歴史から知った方がわかりやすいので、少しだけお付き合いくださいね。当時の航空写真がハイこちら、このパネル。帝大の周りびっしり、この小さな四角く小さく写っているもの、これらすべて下宿でしたの。でも下宿って月に一度の頻度でしか下宿代の収入が望めないでしょう? お家賃だから。 そこで、下宿はどんどん旅館も兼ねるようになってきましたの。そのあと、戦後にね、団体旅行の重要が日本は高まっていきました。何故かと言うと、ねえ、戦後でしょう? 兵隊さんのご遺族の方が、みなさま靖国神社に参拝されましたの。日本全国からですよ。その後、修学旅行を国が推奨、支援を始めまして、あら、今週もいらして下すったの?」

旅館の館内ツアーガイドをする女将鶴乃の襟元からは、白くて長い首が伸びていた。としは還暦間近あたりであろうと推測される薄い皮膚と透けた首の血管が、なんとも艶めいている。女将の半分ほどの若輩である同性の私から見ても、女将は色気のある女性だった。静かで、華やかで、体格は華奢で背も高くないのに、存在が鋭く濃い類の妖気の混ざった色気だった。女将は唇に真っ赤な紅を中央に落とし、合わせたのだろう、帯揚げと帯締めも口紅と同じ赤だった。濃紺の着物の上には、旅館名と鶴の紋が抜かれた海老茶色の半纏法被を羽織っていた。女将が声を掛けた先には、女将に向かって会釈を返す男性が数名いた。週に一回、日曜昼下がりに開催されている有料館内ツアーだが、どうやら毎週足を運んでいる旦那衆がいるらしかった。

 鶴鳴館は、国の重要文化財に登録されており、現在はデイユースのみで、宿泊を受け入れていない。私は今日初めて館内ツアーに参加した。

「まずは一階天井にございます、透かし欄間からご紹介しましょ。こちら、鶴と亀か透かしで彫られているの、お分かりになりますか? ご覧になってください。縁起物ですね、鶴と亀。館内には瓢箪、神楽、扇、鳳凰と桐の花など、縁起をかつぐ象徴が無数に施されております。もちろん、一番多く施されているのは、旅館名からお分かりの、鶴の装飾でございます。商業用でないのなら、お写真はいくらでも撮ってお帰りになってね。あら、今日は初めてのお客様で、随分…、ねえ、そこのお嬢さん」

ツアー群後方で女将を見つめていた私を、女将が捉えて声をかけた。突然女将に目を合わされた私は、体を固めた。

「あなたよ、あなた」

「え」

「ほら、うしろの正面、だあーれ?」

背中がぞくっと冷えた。

何故かはわからない。

冷えたのは私だけではなかったらしく、私の周囲にいる数人の動きが氷の上で凍ったみたいに止まった。固まっていないツアー客には、後ろを振り返る者も数人いたが、私にはまったく理解できなかった。そもそも『後ろの正面』の意味がわからない。北の南はどこ、足元の真上はどこ、新宿駅西口の東口はどこ? 後ろを振り返った男性客のひとりが、何かの合言葉ですか?と女将に尋ねた。

「わからないんですの。実は。しきたりというか、お決まりなんですの。お初にお目にかかったお客様で、一番お若いようにお見受けする女性へ申し上げるように、初代女将から受け継がれていますの」

女将がわからないなら、誰にもわからないぞと、旦那衆の誰かが笑った。



「あの言葉、なんて言ったっけ?」

食卓で手巻き寿司の用意をしている男が、こたつでPCゲームをしている女に尋ねた。

「まったくわからんけど、続けて」

「あの、なんか星座みたいな、星みたいな」

「どっちだよ」

女は目線を男からPCスクリーンに戻した。ゲーム>男との会話、と判断したのかもしれない。ちなみに女の最近のお気に入りは『エルデン・リング』。RPGとしては世界観がやや暗いと評価されているらしかった。女は暗い世界観のゲームを好んだ。暗い世界がもたらす静けさ。ゲームが暗ければ暗いほど、それらは女の脳を身体を、鎮静化してくれた。

「いや、星の話をしたいんじゃないんだよ。星の名前に似た感じの、専門用語を探してるのさ。割と最近の言葉の専門用語の、あの、なんていうの? 出てこないのよ。でも星っぽい名前なのよ」

女は、男の言葉がまだ続く予想が立っていたので、ゲームに集中しつつ片耳だけを男に傾けた。なんなんお前何言いたい、なんて乾いた言葉は決して言わなかった。男とは長い付き合いだ。女にだって、脳内で泳ぐ口元まで出かかっている歌の曲名が出てこないことはあるわけで。鼻歌と部分的にだけ明瞭な歌詞を混ぜ込んで男にきかせて、これなんの曲だっけ?と男に不完全な事例を並べた帰納法的対話を仕掛けたことが、過去にあった。

「もうちょいヒント、早く」

過去の借りを返すが如く、女は男の的をえない言葉探しに参画した。

突き止めてやろうではないか探している専門用語を。

前回は『楓』byスピッツを当ててくれてありがとう。

さようならって曲! さようなら!とばかり言いながら鼻歌にも及第しないメロディ提示だけだったのに。

女は自分の内心を話さなかった。その代わり、ゲームをしながらじっと男の言葉を待った。

「中学校の時の合唱コンクールに出てくる感じっていうの?」

男は申し訳なさと、それでもどうにか近づけている気がする自身の暗中模索の焦燥感を、手元の料理用バサミに込めた。ザクザク、と男は手巻き用の海苔を二人分用意していた。酢飯の準備は既にできていた。セール大特価だったマグロは女がゲームをする前に包丁で叩いてくれた。男は叩かれたマグロに刻んだネギに、ほんの少しごま油を加えてネギトロにした。

「ペガサスか!」空駆ける天馬という合唱曲を女は連想した。

「惜しい、残念!」

残念とはなんだ、の言葉を女は飲み込み、とりあえずゲームを一旦停止した。男の刺身を取り分ける動作が横目に入った。そろそろ食卓の準備に参入した方がいいと判断した。今夜は男と二人で家飲み忘年会だ。今年一年の愚痴を思い切り言い合う、毎年恒例の行事だった。

「アンドロメダ?」

「そう! でも違う!」

「は、違う? どういうことだよ」女が二人分の割り箸を食卓に並べた。

「だから、ここまで、ここまで出かかってる専門用語が、アンドロメダに似てるんだって」

男はここまで、と言いながら顎をチョップしていた。

「専門用語とか、AIに聞けば?」

「生魚を触った手でスマホに触れられますか?」

「手を拭けば?」

「いやです、めんどいです」

女は醤油差しに手頃なサイズの小皿を探していた。男は厚焼き卵を手巻き用に細長く切っていた。手巻き寿司の準備はもう完成間近だった。

「何から飲む?」

女は冷凍庫からジンの瓶を、冷蔵庫からトニックとレモン汁を出してグラスに注ぎ始めた。

「三ツ矢サイダーをロックでお願いしまーす」男は答えた。男は酒は一切飲まないのだけど、飲んでも飲まなくても元来テンションの高い性格だった。

「なんか、男性も女性も持ち合わせてる、みたいな意味の横文字なんだよお」

女はグラスに氷と三ツ矢サイダーを注ぎ、彼女自身のジントニックのグラスといっしょに食卓へ運んだ。食器、酢飯、海苔、卵、魚、ドリンク、探していた横文字の言葉。

すべてが整った。

 気分は爽快だった。

「アンドロジナス?」

そうそれ!それそれ!の男の嬌声と共に、両人は乾杯をした。

今夜は、家飲み忘年会。


☆十二月二四日(水)@マチス教会

 読書会というものに参加するのは初めてだった。

 近所の教会の掲示板に貼られていた読書会のチラシを見た瞬間、行かなければと私は運命を感じた。

 課題図書は、村上春樹著『羊男のクリスマス』。

 私の大好きな本だった。

開催日時は十二月二四日の昼下がり。

信徒以外の地域住民も参加歓迎と書かれていた。

 今日人生で初めて入った教会(観光名所の無人教会でなく、活動している教会)は、きっと寒いんだろうなと想像して厚着をしてきた私を、いい意味で裏切った。暖かかった。暖房に加え、教会の奥では暖炉が燃えていた。想像していた木製の長ベンチ椅子はなく、折り畳みのパイプ椅子が四脚ずつ円を作って配置されていた。円の数は五つ。読書会の参加者は二十人くらいなのだろう。パイプオルガンとかあるのかしらと期待していたが、小ぶりのアップライトピアノが一台、登壇台のそばに置かれていた。

 司会者の指示のもと自己紹介を和やかに終えた私たち参加者は、同じ円を囲んだ初対面の人たちと、『羊男のクリスマス』の感想を言い合うことになった。司会者が合図をしたら、席替えを順次行うということだった。私の円で私以外の3名のメンバーは全員男性だった。自己紹介中もスマホ画面を見つめる信徒の男子大学生、ボーダー柄のセーターを着た村上春樹好きの一児のパパさん、そして今年八十歳になったと自己紹介した信徒の老紳士がいた。

 敬う意味で、年長者の老紳士からどうぞ、と私を含めた三人が促した。

 老紳士は、困っているような照れているような声で、手元で文庫本『羊男のクリスマス』をめくりながら語り始めた。

「実はね、大変お恥ずかしいのですが、私には、まったくひとつもわからなかったんです、この話。私が読む本はノンフィクションばかりなんです。課題図書の、この本は、初めて手に取ったジャンルの本でしてね。挿絵も多くて驚きました。村上春樹の作品を読むのも初めてでした。意味不明で、何を言いたいのか伝えたいのか、まったくわからなかったんですわ」

柔らかく、優しい、ほんの少し掠れた声だった。老紳士の指先(指には白髪の毛が生えていた)は、薄い『羊男のクリスマス』文庫本のページを、前に後ろにランダムにめくり続けていた。弄ぶ、というよりは持て余す所作に見てとれた。そして老紳士はもう一度、まったく、と繰り返すと、口を閉じて黙った。

わからなかった? まったく? 

私はできるだけ自分の反応を顔に出さないよう努めた。私の『羊男のクリスマス』の解釈が正しいか正しくないかはわからないけど、私は『羊男のクリスマス』について私なりの感想を延々と話せるほどの情熱を胸いっぱい詰めて教会の扉を今日そっと叩いたのだった。だけど、私にとってのお気に入りが、誰かにとっての意味不明だということを発見した。私にとってのハナマルが、老紳士には疑問符。私とってのティラミスが、老紳士にとっての乾いたキクラゲ。嬉しい驚きだった。自分とは『まったく』異なる感想を、柔らかく和やかに目の当たりにする機会は少ない。きっと少ない。

「わからなかった、というお言葉。味わい深いです」

春樹大好きのパパさんが、話し始めた。40代半ばくらいだろうか、老紳士の後は彼が感想を言う順番だと判断したのだろう。老紳士の『まったく』以降の沈黙を破ってくれて、内心ほっとした。男子大学生は相変わらずスマホを眺めていた。私は自分の番が来たらどう話そうかと考え始めた。お話について『まったく』わからない読者がいるだなんて想定していなかったから、『たくさん』わかっている(つもり)の私は言葉を選びたいと思った。

「村上春樹の作品でね、『わからない』って言葉が結構出てくるんですよ。わからないものをわからない、と表現すること自体が彼のスタイルなのかもしれません」

老紳士も私も口を開けて、頷いた。老紳士の頷いた意図はわからなかったけど、私の頷きは感心する意味の頷きだった。私は『羊男のクリスマス』以外の村上作品を読んだことがなかった。私は『羊男のクリスマス』が好きなのであって、村上春樹には詳しくなかった。小説家でたまにラジオDJもする人、くらいの認識だった。春樹好きパパさんは続けた。

「僕は、この作品で一つ疑問が浮かんでいて。どなたかのお知恵を借りたいのですが。作品で『呪い』という言葉が出てきますよね、僕にはこの言葉が悪い意味として響かなかったのです。どうしてだかは分かりません。『呪い』という言葉におどろおどろしい感じがしませんでした。見開きごとの、魅力的な挿絵ページのせいかもしれません。ただ僕は、『呪い』と言う言葉を使って『祝福』と言う意味がこのお話には込められているのかもしれないとさえ、思いました。なぜだかはわかりません。ただ、そういう感じがしたのです。 似たような感想の方がもしかしたらいるかもしれないと思って、今日参加したのですが。ただ、僕自身の感想が曖昧で、うまく説明できていないもどかしさもありまして、恐縮です。でもこのお話はとても好きです。あとは、女性キャラの挿絵がどれも可愛かったかな。6歳の娘のお気に入りの挿絵もありまして、ここ、付箋をつけてきたんです。おそらく娘は…」

ここで司会者がハンドベルを鳴らした。

「みなさーん、ここで席替えです。荷物を持って次の円へご移動くださーい」

司会者は、今のグループで話せなかった人は、次の円で必ずお話してみてくださいね、と勧めた。

 私は、ありがとうございましたと三人へお礼を言いながらバッグを肩に掛けて次の円へと移動した。村上春樹好きパパの感想が頭の中で繰り返し、響いていた。同じお話を読んで、私は彼と似たような感想を持たなかった。呪いと祝福だなんてまったく思い付かなかった。ただ、『羊男のクリスマス』と言うお話が好きだということだけは共通していた。



☆十二月二十八日(日)@高円寺氷川神社

 明日月曜から三ヶ日までは、予備校の集中講座で詰まっているし、大晦日の人混みのなか参拝をして風邪を引いたらいけない。受験生として至極平凡な理由みたくこじつけて、少女は想いを寄せる予備校のクラスメイト女子を、早めの初詣に誘った。

 少女二人が予備校を出た時刻は、二一時を過ぎていた。

 マフラーを巻き直す際に、初詣に誘った少女は制作中に結んでいたロングヘアを解き、想いを寄せられている方の少女はバッグからニット帽も取り出してマフラーと被らせて顕になっているショートヘアの首筋を外気から守った。今夜は雪が降りそうに寒かった。

 西新宿の美大予備校から新宿駅へ向かいながら、マスクを二重にして新宿西口ロータリーの人混みを、少女二人は早歩きで抜けた。通う高校は違うけれど、1年間予備校で同じ日本画を専攻して、自宅は同じ高円寺にあった。新宿駅からは少しでも空いている各駅停車の総武線に乗り込んだ。高円寺駅に着くと、帰る途中にある氷川神社へ向かうべく、自転車に乗り込んだ。走行中はスマホに触らないだろうと、二人は絵筆を握る手を守るために、厚手の手袋をはめた。参拝を済ませ、おみくじを引くと、神社に行こうと誘ったロングヘアの少女が悲鳴をあげた。

「凶なんだけど! 凶! おみくじ凶!」

誘われた方のニット帽少女は、凶を引いた少女に掛ける言葉が見つからなかった。幸い、神社の敷地内には少女二人しかおらず、若干の大声は敷地内の木々が吸い込んで赦されそうだとニット帽は周囲を確認した。

「これ、呪われてない? 私、これ今年無理なんじゃない?」

凶少女がとうとうその場で立ち尽くしたまま、手袋の両手で顔を覆い始めた。涙と鼻水と不安で崩れてしまいそうな気配が、覆った先の凶少女の顔から漂っていた。

 凶少女の目の前は暗かった。当然だ。自分自身で顔を覆ってうずめていたから。夜の冷気は巻き直したマフラーの上からも凶少女を襲い、涙は体温を下げた。その上からビュウと風が吹き、神社の社務所がパタンと窓口を閉じた。もう一度、ビュウと大きな風の音がした。でも、凶少女は自分の感じている寒さが和らいだのを感じた。マフラーで守りきれていなかった両耳を、ニット帽少女が、凶少女の両手ごと覆って温めていた。

「呪われてなんかない。無理なんかじゃない」

ニット帽は言いながら、凶少女と額の先を重ねた。

「深呼吸」

ニット帽少女に言われるまま、凶少女は深呼吸した。

フウ…。ハァ…。

「もう一回」

フウ…。ハァ…。

ニット帽少女と凶少女の呼吸が重なっていった。

ニット帽はうん、うん、とただ頷いた。ニット帽少女には凶少女にどんな言葉をかければいいのか、言葉が思い浮かばなかった。言葉で慰められることなのかどうかもわからなかった。ニット帽少女自身も、来月の受験への不安を彼女なりに抱えていた。決して決して小さくない不安だった。

 おみくじを木の枝に結び神社の鳥居をくぐって、自転車に乗り込むまで、少女二人は手袋越しに手を繋いで歩いて行った。

少女は、そのニット帽あったかいね、とニット帽少女に微笑んだ。


(おしまい)

タイトルを、ディセンバー東京にするか迷ったんですが、登場するのは女性主人公ばかりにしたかったので、アンドロメダ(ギリシャ神話の王女様)にしました。

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