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象の上で踊る

作者: 村崎羯諦

「せっかく誰もいない真夜中の校舎にいるんだから、この学校の七不思議を調べてみましょうよ」


 学校の七不思議? 首を傾げる私の意向など無視して、琴代ちゃんは私の手を引き、真っ暗な校舎の廊下を歩いていく。窓からは白々と輝く二つの満月が見えて、その月明かりが廊下の床に四角い模様を作っていた。


「まずは音楽室の不思議からね。誰もいないはずなのに、夜な夜なピアノが勝手に動き、音楽が奏でられるという噂があるの」


 私たちは階段を登り、音楽室へ近づいていく。すると確かに、音楽室の方からかすかにピアノの音が聞こえてくる。私たちは顔を見合わせ、音楽室の中へと入っていく。もちろん音楽室の中には誰もいない。しかし、音楽室の前方に置かれたグランドピアノは蓋が開かれており、確鍵盤が勝手に動き音楽を奏でていた。


「噂は本当だったわ」


 琴代ちゃんが興奮気味にピアノへと駆け寄ってくる。どうしてこんなことが起きてるんだろう。私もピアノに近づきながら琴代ちゃんに尋ねると、彼女はちっちっと指を振りながら返事をする。


「この世の全てにはね、理由があるの。一見不思議な現象でも、きちんと調べていけば納得できる答えが見つかるのよ」


 そういうと琴代ちゃんは問題となっているピアノを調べ始める。私はそんなもの何かと思いながら琴代ちゃんを眺めていると、ふとピアノの側面から赤い血のような液体が滴っていることに気がつく。私は閉じられていたピアノの屋根を開けて、中を確認する。そこには腕が三つ生えた白骨死体が収められていた。死体の骨からは赤い血が滲み出していて、それがピアノの側面を伝って床に滴っている。死体は私の方へと顔を向け、私に何かを伝えるように骨だけの手でピアノ線を弾き、ぽろんと心地よい音を奏でた。


「音楽室の謎はこのピアノの中にいた死体が原因だったのね。すっきりしたわ。次は真夜中になると階段の数が12段から13段になるっていう噂を調べましょう」


 琴代ちゃんと共に私は第二校舎の三階にある一番奥の階段へ向かった。渡り廊下を渡り、階段にたどり着く。周囲は暗く、下を見るとまるでそこだけ深い霧が立ち込めているみたいに何も見えない。私たちはぎゅっと手を繋ぎ、一段ずつ声に出して数えながら降りていく。


「8……9……10……11……」


 そして私たちがゆっくりと足を12段目に足をかけようとしたその時だった。


「12」


 私たちは足を止め、互いに目を合わせる。私たちのどちらでもない声。私と琴代ちゃんは声がした方向へと顔を向ける。階段を登った先、そこには真っ暗な空間でもはっきりと視認できるくらいに鮮やかなピンク色のワンピースを着た女性が立っていた。女性はじっと私たちを見下ろし、ゆっくりとこちらに倒れてくる。


 危ないと声をあげるまもなく女性は階段を転げ落ちていく。女性の身体は転がり落ちる間に人の形から小さな球体へと変わっていき、私たちの足元を通り過ぎる頃にはサッカーボールほどの大きさになっていた。


 さっきまで女の人だったボールには、大きな口だけがついていて、私たちに向けて不敵に笑いかけていた。それから「12……12……」とぶつぶつ呟きながら、コロコロと自分で転がり、真っ暗な廊下へと消えていった。


「夜に13段になる階段の理由はこれね。階段は12段のままだけど、11段目足をかけた時に、あの女の人が12って言うもんだから数を数え間違いちゃうってこと。さあ、切り替えて次にいくわよ」


 私たちはもう一度階段を登り、3階に上がる。3階の女子トイレの3番目の個室。そこを夜にノックすると誰もいないはずの中からノックが返ってくるというよくある噂。


 私たちはトイレに入り、ゆっくりと奥へ進んでいく。他の個室は扉が開かれているにもかかわらず、3番目の個室だけ閉められている。もちろん真夜中の校舎に私たち以外の誰かがいるはずがない。琴代ちゃんが扉の前に立ち、恐る恐るドアをノックする。ノックの音が狭いトイレの中に反響する。


 私たちは耳を澄ませてじっと待ち続けた。しかし、部屋の向こうからノックが返ってくることはない。この噂はガセだったのかと思い始めたその時、細々とした何かの音が個室から聞こえてくる。私は固まったが、琴代ちゃんは違った。琴代ちゃんはトイレの扉の取手をにぎる。扉には鍵がかかっておらず、琴代ちゃんの手によってゆっくりと開かれていく。


 扉の向こうの個室には、便座の上で体育座りをして、両手で顔を覆いながらしくしく泣いている大人の女性がいた。


「しょうが……ちんげんさい……」


 彼女は嗚咽混じりに食べ物の名前を呟いていた。琴音ちゃんは困惑しながらも彼女に話しかける。


「えっと、お姉さんはどうして泣いてるんですか?」

「とうもろこし……いちじく……」

「誰かに酷いことを言われたとか?」

「あさり……はちみつ……」


 琴代ちゃんは話にならないと肩をすくめ、私に向き直る。


「まあでも、これがトイレの真相ね。中に誰かがいて何かを呟いているんだから、それをノックの音と誤解しても不思議じゃないわ。さ、もう出ましょ」


 私たちは彼女を置いてその場を立ち去った。トイレを出る時も彼女が啜り泣く声と彼女の呟きが残響のように聞こえていた。


「えのき……さといも……ささみ……」


 次は真夜中の校庭に突然現れる巨大な足音だと琴代ちゃんが説明する。私たちは校舎を出た。校庭では校舎の影が夜気のなかで濃く沈んでいて、深く息を吸うと砂の匂いを感じる。風に揺れて奥にあるクヌギの葉がざわめき、葉ずれの音が闇に消えていった。


 目をじっと凝らすと、校庭の入り口、コンクリートと砂の境界に被さるように、大きな足跡が校庭の真ん中へと続いていた。私たちは視線でその足音を追う。足跡の先には、一匹の巨大な象がいた。象はじっと座り込み、その灰色で乾いた肌を月夜が照らしていた。私たちはゆっくりと象に近づいていき、琴代ちゃんがそっと象の太い脚に触れた。


「校庭の足音は単なる象の足跡だったのね。まあ、何もないところに足跡なんて生まれるわけないか」


 せっかくだから象に登ってみましょう。琴代ちゃんに促されるがまま、私たちは象の脚から背中へとよじ登っていく。背中に上り切った私たちは互いに手を繋ぎ、微笑み合う。


「次が最後の七不思議。死んだはずの生徒が真夜中の校舎をうろついているっていう噂と学校の中に宇宙人が紛れ込んでいるっていう噂」

「七不思議だからもう一つあるんじゃないの?」

「七つ目の七不思議はね、七不思議なのに不思議が六つしかないことなの」

「そうなんだ」

「そしてこの噂だけは本物。だって、あなたは3年前にこの学校で死んだ生徒の幽霊で、私は遠い惑星から地球にやってきた宇宙人だから」


 ふと上を見上げると明るく輝く月の横に、ひらひらと浮遊する物体が見えた。あれは私のUFOだから気にしないで。琴代ちゃんはそれから私に手を差し出し、私と手を握る。


 せっかくだから踊りましょ。琴代ちゃんの唐突な誘いに私がどうしてと尋ねると、琴代ちゃんは私の手を優しく握りしめながら答えてくれた。


「古びた夜の学校の校庭で、幽霊と宇宙人が象の上で踊るのよ? こんなにロマンチックなこと他になくない?」


 私たちは手を握り合い、踊り始めた。おぼつかないステップと間違いだらけの振り付け。象の背中は踏み込むたびに足が少しだけ沈み込んだけれど、象は決して私たちを振り落とすことなく、まるで一観客かのようにじっと私たちの踊りに身を委ねてくれた。


 琴代ちゃんが住んでいた惑星はどんな惑星だったの。踊りながら私は彼女に尋ねる。産業も資源もない田舎の惑星よ。琴代ちゃんは笑いながら教えてくれた。


「けどね、たった一つだけ他の惑星に自慢できることがあるの。惑星の八割を占める海。その海の色は、覗き込めば惑星に裏側が見えちゃうんじゃないかってくらい透明で、綺麗な青緑色をしている。波はほとんど音を立てずに寄せてきて、砂粒は光を吸い込んだまま静かにきらきらしている。素足を浸せば心地よい冷たさを感じることができて、足を浸した時に浮かび上がる波紋はどこまでも薄く広がって、まるで空気ごと水になったみたいに消えていくの」


 校庭の砂は月夜に照らされて銀色に輝き、象の影はその上に深い井戸のような穴をつくっていた。私たちが回るたびに、その影はゆっくりと形を変え、月の呼吸に合わせるように伸びたり縮んだりした。


 私たちは象の上で手を繋ぎ踊る。そして、その見知らぬ惑星の美しい海に思いを馳せながら、月の光と冷たい夜風の中に私たちは溶けていくのだった。


「もしあなたが成仏して生まれ変わったなら、今度は私の惑星に産まれてね。さっきの海だけじゃなくて、あなたに見せたい景色がたくさんあるから」

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