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第四章−4:理事長


 護送車のドアが再び開いた。

 差し込む街灯の光に浮かび上がったのは、見慣れた学園の理事長だった。

 彼女は穏やかな微笑をたたえ、護送の責任者に短く言葉をかけると、そのまま車内へと乗り込んできた。


 狭い車内に漂う緊張が、一瞬で形を変える。

 まるで教師が教室に入ってきたかのような、安心感にも似た空気。

 ジュリアンは無意識に姿勢を正し、ハルカは息を飲み、ルイは眉をひそめつつも目を逸らせなかった。


 「……心配をかけましたね」

 理事長は柔らかな声でそう告げ、三人の視線を順番に受け止めていった。

 「先ほどの一件は……運が良かった、と言うべきでしょうか。誰も傷つくことなく収束したのは、本当に幸運でした」


 “運が良かった”――その言葉に、三人は胸をなで下ろす。

 だが同時に、その響きの裏に隠されたものを感じ取る。

 まるで、理事長だけが知っている別の力が働いたのではないか、と。


 「あなたたちが無事でよかった。それが何よりです」

 彼女はそう言って、軽く目を伏せる。

 その仕草は温和そのもので、学園で見せる彼女と何ひとつ変わらない。

 けれど、ジュリアンの心には引っかかりが残った。

 完璧に整った“安心”ほど、不自然なものはない――と。


 「……理事長が来てくれたから、私たちは助かったんですね」

 ハルカの言葉は、半ば自分自身を納得させるためのものだった。

 理事長はただ、微笑んで頷く。


 ルイは視線を窓に向けたまま、唇を結んでいた。

 助かった事実に疑いはない。だが、それが本当に“幸運”だけによるものなのか――胸の奥に拭いきれない疑問が燻り続けていた。


 車は静かに走り出す。

 彼らは救われたと思い込み、安堵し、しかし同時に小さな違和感を抱えたまま。

 ――それこそが、理事長の意図した“収束”であることを知らぬまま。


護送車は暗い街道を抜け、静まり返った夜の街を進んでいった。

 だがその背後には、常に影がまとわりついていた。


 アルセーネ。

 彼らは獲物を狙う猛禽のように、距離を取りながらも確実に護送車の軌跡を追っていた。

 ときに上空の監視ドローン、ときに路地裏のオートバイク、あるいは通りすがりを装った人影。

 その全てが、執拗な監視網を形作っていた。


 「……来ていますね」

 運転席から短く告げられた報告に、後部座席の組織員は動揺を抑えた。

 理事長は穏やかな表情のまま、窓の外を見つめている。


 「焦る必要はありません」

 彼女の声はあくまで落ち着いていた。

 「相手が狡猾であればあるほど、こちらは無駄をしなければいい。ただそれだけです」


 組織の車列は、その言葉に従うかのように進路を絶妙に切り替えた。

 幾度となくアルセーネの追尾を誘い込み、わざと虚を突き、そして別のルートからすり抜ける。

 表面上は乱れのない走行。だがその裏では、綿密に張り巡らされた地図と信号操作が、アルセーネの追撃を“無効化”していた。


 ――仕留めさせない。

 組織の意思が、街全体に隠された掌握網を通じて示されていた。


 やがて、アルセーネは痕跡を見失った。

 空へ飛ばした監視装置が捉えたのは、ただ無数の赤信号に遮られ、行き場を見失った自らの車両群の姿だけだった。


 「……逃げられたか」

 暗闇の中で誰かが舌打ちする。

 しかし追撃は強行されなかった。組織の動きの背後に、より大きな力があることを察していたからだ。


 その頃、護送車はゆるやかに減速し、重厚な門扉の前で停車した。

 夜に沈む巨大な邸宅――理事長の私邸。

 門が静かに開き、車はその中へと迎え入れられた。


 車内に漂っていた張り詰めた緊張が、ようやく解けていく。

 理事長は小さく微笑み、三人を振り返った。

 「……さあ、着きましたよ。安心な場所です」


 ジュリアンはその言葉に安堵を覚えながらも、胸の奥で別の声を聞いた。

 “本当に、安心なのか?”


 だが、夜の静けさがその疑問を押し流すように、理事長邸の庭へと車は進み込んでいった。

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