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第四章−3:影と影の交錯


 交差点に差し掛かった瞬間、護送車列の前方に配置された信号機が突如として停止した。

 赤も青も消え失せ、ただ無機質な黒い目玉が街を見下ろす。

 同時に、道路脇に並ぶ街灯のいくつかが不自然に点滅を繰り返した。

 組織のドライバーは咄嗟にブレーキを踏み込む。

 「……異常信号? いや、違う。これは――」


 その直後、無音のまま一台の車両が影から滑り出てきた。

 黒塗りの車体には、武装の気配がまるでない。

 それなのに、ただそこに佇むだけで、護送車列の行き場を封じる力を持っていた。


 「アルセーネ……!」

 組織員のひとりが歯噛みする。

 銃に手を伸ばしかけるが、すぐに上官の制止が飛んだ。

 「やめろ。撃てば終わりだ。三人に弾が流れれば――我々の立場が消える」


 沈黙が、わずか数秒の永遠を作った。

 その間に、アルセーネの影が周囲を包み込む。

 高架の上に、ビルの窓に、誰がどう潜んでいるのか分からない。

 しかし確かに「視られている」という圧力が護送車列を覆っていた。


 ジュリアンは腕を組んだまま、その状況を観察していた。

 ――なるほど。双方が動けない理由は明白だ。

 彼らは僕たちを奪うためにここにいる。

 だが、傷つけることは許されない。

 ならば、これは「誰が最も精緻に舞台を支配できるか」の勝負にすぎない。


 ハルカは背筋を伸ばし、瞳を見開いていた。

 彼女にとってこの場は恐怖ではなく、奇妙なほど透明な現実の断片に映った。

 「……芝居みたい」

 誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた声は車内に沈んだ。

 その声音は、冷静でありながら、わずかに感嘆を含んでいた。


 ルイは逆に苛立ちを隠せなかった。

 「俺たちをモノ扱いして……」

 小さく舌打ちしながらも、無茶な行動を取ることはしない。

 彼は理解していた――下手に動けば、真っ先に犠牲となるのは自分たち三人だということを。

 その認識が、彼の内に火種のような怒りを留め続けた。


 やがて、アルセーネ側から動きがあった。

 黒塗りの車両のドアがゆっくりと開き、細身の影が一歩だけ歩み出る。

 武器も持たず、ただ両手を広げる仕草で敵意のなさを示す。

 「我々は交渉に来ただけだ」

 抑揚のない声が、夜気に染み入る。


 組織の護送責任者は目を細め、周囲の気配を測るように呼吸を止めた。

 「……交渉だと?」

 「ええ。あなた方と同じ目的。だからこそ、血を流す意味はないでしょう」


 互いの背後に潜む無数の兵と技術が、あえて“見せず”に拮抗する。

 引き金に指をかければ全てが崩れる。

 その危うい均衡の中で、護送車列とアルセーネは、言葉なき対話を続けていた。


 その光景を――何も知らない三人はただ冷静に見守っていた。

 自分たちが「選ばれた駒」に過ぎないことを、誰よりも直感していたから。


 静寂を引き裂いたのは、誰のものでもないはずの足音だった。

 コツ、コツと、夜気を刻む乾いた響き。

 車列の影から現れたその人物を見た瞬間、アルセーネ側の影たちがざわめきを立て、わずかに揺らいだ。


 組織の責任者が息を呑む。

 「……なぜ、ここに……」


 月明かりに浮かび上がったその姿は、学園の理事長。

 だが、その佇まいは教育者のそれではなかった。

 無言のまま、一歩、また一歩と前へ進む。

 まるで、この場にいるすべての者の立場や策謀を無意味にするかのように。


 アルセーネの指揮者格と思しき人物が彼女を認めた瞬間、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 そして、その笑みと共にひとことだけ残す。

 「……なるほど。我らが相手取るべきは“そちら”か」


 それ以上、彼は何も言わなかった。

 黒塗りの車両のドアが音もなく閉まり、アルセーネの影は街の闇に溶けていく。

 まるで最初からそこに存在しなかったかのように。


 緊張は唐突に解けた。

 組織員たちは互いに短く合図を交わし、何事もなかったかのようにエンジンを再始動させる。


 ――その場に座らされたままの三人には、何が起きたのか分からなかった。

 衝突が起こる予感はあった。

 だが、それは奇妙なほど円滑に収束した。

 武力の火花が散ることもなく、血が流れることもなく。


 「……解決したの?」

 ハルカの呟きに、ジュリアンは淡々と答える。

 「少なくとも、そう見える。平和的に、ね」


 ルイは視線を窓の外に投げた。

 街の光が流れていく。

 何かが確実に起こったはずなのに、その核心は、彼らには一切触れることができなかった。


 ただひとつ――この奇妙な“平和”だけが、確かな現実として残された。

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