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第四章−2:影を追う影


 アルセーネの本拠地は、都市の喧騒から隔絶された高層ビルの最上階にあった。

 夜景を一望できるガラス窓の前で、漆黒のコートを羽織った指揮官クロヴィスが腕を組む。

 報告を終えた副官の言葉は、冷ややかな空気をさらに冷たくした。


「……つまり、N−4が直接介入し、我々の接触計画を潰したということだな」

「はい。しかし彼女が単独で動いた形跡はなく、背後に組織の意志があると考えられます」


 クロヴィスは低く笑った。

 その笑みには余裕があるように見えたが、実際には思考の奥底で火花が散っている。

 ――あの女め、我々が築いた布石をすべて踏み越えてきた。

 だが、まだ終わりではない。むしろ、ここからが本当の奪い合いだ。


 背後の会議卓では、幹部たちが地図と通信記録を並べ、現在地の推測と移送ルートの特定に奔走していた。

 「対象は三人とも健在。護送ルートは複数あるが、どれも完全な秘匿ではない」

 「つまり、攪乱と突入のタイミング次第では、奪取は不可能ではない」


 彼らの間に、世界政府の影を想起する者は一人もいなかった。

 組織の背後が何であれ、アルセーネの視野には「奪うべき標的」と「奪う手段」しか存在しない。

 その単純さが、時に無謀な勇敢さに化けるのだ。


「いいか、諦めるな」

 クロヴィスは机に片手を叩きつけた。

 「三人は我々が押さえる。あの女にも組織にも、そしてどこの権力にも渡すな。

  次は奇襲だ――奴らが目的地に着く前に、先回りする」


 作戦図が書き換えられ、赤いラインが都市地図を縦横に走る。

 その線は、護送ルートの途中に点在する狭路や立体交差、光の届かない地下回廊を結び、やがて一つの包囲網を形作っていく。


 副官の一人が眉をひそめた。

 「……しかし、奴らの護衛戦力は未知数です。失敗すれば――」

 「失敗すれば、また奪えばいい」

 クロヴィスの返答は短く、そして絶対だった。


 窓の外、都市の灯が冷たく瞬く。

 その光の中に、アルセーネは三人の姿を幻のように思い描き、口元に再び薄い笑みを浮かべた。

 ――次は、必ず。


ーー


防弾仕様の輸送車列は、夜の幹線道路を音もなく進んでいた。

 車体は無骨で、窓は外の景色をほとんど映さない。

 後部座席には、拘束こそされていないものの、無言の緊張を漂わせる三人――ジュリアン、ハルカ、ルイが座っている。

 彼らの正面には二名の組織員が腰を掛け、手元の端末に視線を落としていた。


「このルートなら妨害はないはずだ」

「……アルセーネはN−4に潰された。追跡はない」

 どちらの声にも、確信というより安堵に似た響きが混じっていた。

 それは同時に、見えないほころびの兆しでもあった。


 車内の照明が淡く揺れるたび、ジュリアンは窓ガラスに映る自分の輪郭を見つめる。

 ――妙だ。

 何かが、自分たちを見ている。

 その感覚は、数字や理論では表せない曖昧な直感だったが、理系の彼があえて無視できない種類のものだった。


 一方その頃、数キロ先の暗がりで、アルセーネの作戦班が無線を交わしていた。

 「護送ルート確定。予定通り、第三交差区で封鎖を開始する」

 「ドローン展開まで三分。遮蔽は市街灯の死角に合わせる」

 無線の声は冷静で、緻密な連携の手応えを帯びていた。


 先導車両の運転席で、組織員の一人が煙草を咥えかけ、すぐにやめた。

 護送中の規律は厳しい。だが、この夜の空気は妙に軽く、規則を破っても構わない気さえしてくる。

 「もう少しだ。目的地に着けば、俺たちの任務は終わりだ」

 その言葉に、後部座席のルイはわずかに眉をひそめた。

 ――終わり、だと? まだ始まってもいないはずなのに。


 アルセーネの工作班は、地下道の非常扉をこじ開け、狭い通路を疾走していた。

 地上の交通監視網を回避するため、廃棄されたインフラの迷路を抜けるのだ。

 クロヴィスの声が無線越しに響く。

 「目標はあくまで三人。無駄な交戦は避けろ。だが、組織の連中を生かす理由もない」

 短く、重い指示だった。


 護送車列は次の交差点へと差し掛かる。

 そこは昼間ならば交通量の多い場所だが、今はほとんど無人。

 ――まるで、誰かが舞台を整えたかのように。

 ジュリアンの胸の奥に、不穏な予感がゆっくりと膨らんでいく。

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