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第四章:知られざる繋がり


 金属の扉が静かに閉じ、密室に近い会議室の空気が重く沈んだ。

 壁一面に貼られたモニターには、先ほどの奪取作戦の映像が断片的に再生されている。

 そこに立つのは、まだ若いが目の奥に職務への硬直した忠誠心を宿す男――組織の回収班員のひとり、コーレン。

 椅子に腰掛けたN−4は、わずかに足を組み替えながら、その視線を正面から受け止めていた。


「……あなた、偶然あの場にいたのか?」

 コーレンの声は疑念を含んでいる。

 末端の視点から見れば、N−4の登場は計画にないはずの偶発事象であり、状況の収束に寄与したとも邪魔したとも判じ難い。


 N−4は微笑を浮かべたまま、緩やかに首を傾げた。

「偶然……といえば、そうかもしれませんね。あなた方の“行動予定”は知らされていませんでしたから」

 その口ぶりは柔らかいが、言葉の選び方はきわめて慎重だ。

 彼女の声は、相手の神経を逆撫ですることなく、しかし核心を避ける。


「だが、俺たちが動く直前に、あの三人と接触してたじゃないか」

 コーレンは椅子の背に片肘をつき、身を乗り出す。

 疑いはまだ解けていない。

 組織の内部では、末端同士の不信感が任務を蝕むことは珍しくないが、今回はそれ以上に彼の中でN−4の存在が不透明だった。


「ええ。たまたま目に留まったので。あなたたちの目的が彼らなら、引き渡すつもりでしたよ」

 そう言って、N−4はわずかに肩をすくめた。

 その仕草は軽いが、瞳の奥には一瞬、冷たい計算が光る――しかしコーレンには読み取れない。

 彼はその瞬間をただ「自信のある女の余裕」としか認識しなかった。


 室内の空気がふっと緩む。

 コーレンは胸ポケットから端末を取り出し、上層への報告内容を打ち込み始めた。

 だが、その報告が彼女の真の繋がりに触れることはない。

 彼は知らない――この場で何を話しても、すでに彼の上司のさらに上、組織の中枢部にはリアルタイムで情報が届き、N−4自身もそのチャンネルに直接アクセスできることを。


「まあいい。お前の行動は今後も監視させてもらう。俺は任務の継続が優先だからな」

「監視はご自由に。……でも、私の視界の外からお願いしますね」

 N−4は小さく笑った。

 それは冗談のようにも、警告のようにも聞こえる。


 コーレンは一瞬眉をひそめたが、すぐに何もなかったように端末に視線を戻す。

 その間、N−4の脳裏では、上層部から受けた暗号化通信の断片が再生されていた。

 ――「計画は予定通り進行。組織とアルセーネ、どちらも泳がせよ」


 彼女は答えを口にはせず、ただ静かに会議室の空気に溶け込み、任務を続行するために席を立った。



 金属質の足音が、会議室の奥から近づいてきた。

 ドアが二度軽く叩かれ、開いた瞬間、室内の空気がさらに張り詰める。

 入ってきたのは、無駄のない動作で歩みを進める一人の男――スーツの縫製からネクタイの結び方に至るまで、庶民的な要素を徹底的に排したその姿は、政治の中枢に身を置く人間のそれだった。

 彼の顔を直接テレビで見た者は少ない。しかし、政界の水面下でこの男の名を知らぬ者はいない。


「ご苦労だった、N−4」

 男は立ち止まり、労いの言葉をはっきりと口にした。

 その声音は低く、しかし場の誰もが逆らえない種類の権威を帯びている。


 N−4は微笑を返すだけで、余計な言葉を足さない。

 目の奥には、淡い満足感と、次の展開を見据える冷たい光が混じっていた。


 傍らでその光景を見ていたコーレンは、瞬時に悟った。

 ――この女は、俺たちが思っていた以上に上層と近い。

 下手に探りを入れることは、己の身を危険に晒すことと同義だ。

 その理解が脊髄を走り抜けた瞬間、彼の姿勢は自然と直立に変わり、言葉を待つ兵士のように静止する。


「この後の引き渡しは予定通りだ。あとは私が直接、上層に報告する」

 要人はそう告げると、わずかに顎を引いてN−4と視線を交わす。

 それだけで、彼女がこれから進むべき段取りは明確に共有された。


 ***


 場面は変わり、揺れる車両の内部。

 黒く塗り潰された窓の向こうには都市の夜景が広がっているはずだが、車内の三人――ハルカ、ジュリアン、ルイ――には何も見えない。

 外界との断絶が、状況の異様さを際立たせていた。


 ハルカは背もたれに身を預け、足先でリズムを刻みながら思考を巡らせていた。

 ――偶然にしては出来すぎている。出会いの順序も、合流のタイミングも。

 頭の中でパズルのピースが組み上がりかけているが、その中心に何が描かれるのかが見えない。

 彼女の論理は常に現実的だが、今回ばかりは現実そのものが歪んでいる。


 対面に座るジュリアンは、腕を組んだまま視線を床に落としている。

 彼の脳裏には、数値の整合性に関する悩みと、今の状況が同じ性質を持っているのではないかという予感が交錯していた。

 「外見は整っているのに、内部のバランスは崩れている」――そう感じさせるこの移送は、まるで彼が日々解析している奇妙なデータの縮図のようだった。


 ルイは窓の黒をじっと見つめていた。

 ――何かが違う。

 彼の直感は、出会って間もない二人と行動を共にすること自体には抵抗を覚えないが、その経緯には確かな人工的意図を感じ取っていた。

 しかも、それは彼ら三人を単に「集めただけ」ではない。

 もっと先――まだ見ぬ場所へと連れて行くための布石だと、皮膚感覚で察していた。


 車両は音もなく加速し、行き先を告げる者は誰もいない。

 ただ、三人それぞれの胸中には共通して一つの疑問が渦を巻いていた。

 ――なぜ、私たちなのか。

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