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第三章−6:交差点を仕立てる


 会議室を出た瞬間、空気が変わった。

 壁越しに響く人間たちの声は、もう彼女の耳には届かない。

 残っているのは、機械仕掛けの自己診断のような、淡々とした思考だけ――のはずだった。


 (アルセーネ――彼らは利用できる)


 歩きながら、頭の中で情報が静かに並び替えられていく。

 組織の作戦計画、アルセーネの目的、そして“三人”の存在。

 それらは決して独立した点ではなく、細い糸で結ばれた網のように、互いの重みを伝え合っている。


 (ジュリアン。彼の研究は、両陣営にとって鍵になる。ルイ・カマウ――未知数。だが、あの男は…)

 思考が一瞬だけ止まった。

 (ハルカ――)


 彼女の脳裏に浮かんだのは、データには記録されない一瞬の表情だった。

 驚きと、恐れと、何かを信じようとする眼差し。

 それはN-4が本来、任務に必要としない記憶――抹消すべき感覚。


 (違う。それは不要だ)

 自分に言い聞かせる。

 感情は、精度を落とすノイズでしかない。


 だが、意識の奥底で、別の声が囁く。

 (もしこの計画が全て終わった時…どちらの側にも属さない者が生き残ったなら――)


 足音が止まる。

 廊下の先、半開きの扉から微かな光が漏れている。

 N-4は振り返らず、そのまま歩き出す。


 ――二重の任務。

 どちらのためでもなく、しかし両方を欺くために。

 その理由を、彼女自身もまだ明確には言語化できていなかった。


ーー


 アルセーネの会議室には、外部から隔絶された静寂が満ちていた。

 壁面に浮かび上がるホログラムは、都市全域の移動ログと監視網の抜け道を重ねた複雑な地図。


 「――ジュリアンの研究室までのルートは複数ある。だが、直接接触は避けるべきだ」

 幹部の一人が低い声で言う。

 「彼は疑念を抱くと一気に距離を取る。こちらから近づくなら、あくまで“偶然”に見せなければならない」


 その言葉の後、会議室の空気が一瞬、微かに張り詰めた。

 N-4が口を開いたからだ。


 「偶然の設計は可能です。彼が外部データにアクセスする習慣と時間帯は既に特定済み。

  ――そこに、ルイ・カマウを介在させます」


 「ルイを?」

 驚きと懐疑が同時に走る。


 「はい。彼はジュリアンにとって“中立的な第三者”として受け入れられやすい。

  ただし直接会わせるのではなく、情報断片をルイ経由で渡し、その過程でハルカを巻き込む」


 「なぜハルカを?」

 別の構成員が問う。


 N-4は淡々と答える。

 「三人が同じ地点に集う必然性を作るためです。

  ジュリアンは科学的動機で動き、ルイは人道的関心で動く。

  そこへハルカを“目撃者”として置けば、彼らの接触は自然に見える」


 彼女の声には感情が混じらない。だが、計画図をホログラムに反映させるその指先は、迷いなく次の工程を描き出していた。

 光の線が、都市の地下回廊から研究施設、そして郊外の一角へと繋がっていく。


 「重要なのは、彼らが“自分たちの意思”で動いたと錯覚することです。

  我々は影として動き、姿を見せない」


 沈黙が落ちた。

 誰も反論はしなかった。

 この瞬間、アルセーネの作戦は、N-4の設計図を基盤に動き出した。

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