第三章−5:交錯する策謀
暗号化された回線の奥で、無音の会議が進行していた。
壁一面に並ぶホログラムパネルは、光を放ちながらも何かを隠すかのように揺らめき、そこに映る数式や座標は、解読者の目を惑わせるために二重三重に改ざんされている。
「――確かにログの断片は回収した。だが完全ではない」
低い声が、暗闇に溶ける。
アルセーネの情報部がジュリアンの研究端末に侵入したのは、偶然ではない。
あの男が扱うデータは、学園都市の中枢でもごく一部しか触れられない禁制の領域――
そして、今、その数値群が示す先が**“カウンターアース”**から微かに逸れ、別の安定点、そして「月」という、ありえないはずの存在へと傾きつつあるのを彼らは感知していた。
「動くべき時は近い。組織もすでに察している」
「やつらより先に確保する――例の三人を」
「逆に遅れれば、我々が後手に回る。次の窓は限られている」
会議の空気が緊張を増す中、扉が音もなく開いた。
足音は軽く、しかし迷いがない。
――N-4。
漆黒の装備に包まれたその姿は、部屋の温度を数度下げるような無言の圧を放っていた。
彼女の到来に、複数の視線が即座に注がれる。
アルセーネの幹部たちは、表情こそ崩さないが、内心で警戒と計算を巡らせていた。
「任務は終了。新たな指令は?」
感情の起伏を欠いた声が、まるで機械の出力のように響く。
「歓迎する、N-4。君の持ち帰った“組織”内部の情報は貴重だ」
幹部の一人が口を開く。
「ただし――我々が必要としているのは、君が属していた組織そのものではない。次に狙うのは、例の三人だ。ジュリアン、ルイ・カマウ、そしてハルカ」
N-4は頷きもせず、ただ一瞬だけ視線を伏せる。その仕草は、情報を精査し、可能性を切り分ける無感情な演算の動きに似ていた。
アルセーネとしては、彼女が持つ組織の作戦行動の情報こそが欲しい。
だが、それ以上に――彼女の忠誠の矛先が本当にどこを向いているのか、誰もまだ確信してはいなかった。
会議室の中、沈黙が長く続いた。
光の揺らぎが、まるで互いの腹の内を探り合う影のように、壁を不規則に漂っていた。




