第二章−6:仮面たちは夜に語る
地下施設だった。
いや、正確には「地下のように見せかけられた空間」と言うべきか。
壁はむき出しのコンクリート、天井からは裸電球のような照明がぶら下がり、
空調音に交じってわずかに水の滴る音が響く。
だがその無骨な演出は、
あまりにも整いすぎていた。
冷徹な設計。人工的な埃。意図的な古さ。
それらすべてが、「この場所が捨てられている」と誰かに思わせるための装置でしかなかった。
数名の人物が、無言で円形の机を囲んでいた。
黒いコートのような服に身を包み、
顔には薄いフィルム状のマスクを着けている。
男女の区別も、年齢も、表情もわからない。
ただその動きと呼吸の調子から、
全員が訓練された者であることが伝わってくる。
「標的の確認は済んだか?」
声が響いたのは、
会議室のような一角にある、やや高台の壇上からだった。
そこに立つ人物の姿は、
他の誰よりも静かで、異様に沈着だった。
だが——
その背後にある円柱型の透過パネルの向こうに揺れる“人影”の存在が、
彼の背後にいる“本当の指令元”を匂わせていた。
壇上の男は言葉を継いだ。
「三名……全員、都市中央の教育区画にいる。うち一名は定期的に単独行動を取る傾向が強い。
一名は研究施設に閉じこもるが……予想どおりだ。興味を持ち始めている。
そしてもう一人は……まだ動かない。だが、視線はすでに向けられているようだ」
円卓の一人が、僅かに頷いた。
「早い段階で“干渉”に踏み切るか?」
「いいや。まだ“兆候”が弱い。焦る必要はない。
だが、向こう側の連中もおそらく同じ情報を掴んでいる。
となれば、あとはどちらが先に“確保”できるかだ」
「接触対象の選定は?」
「第一候補は女。次にラボの少年。
第三の個体は……まだ少し、観察が必要だ。あれは“整いすぎている”」
その一言に、円卓の何人かがざわめくように小さく息を吸った。
「発見される可能性は?」
「この都市は完璧に制御されているようでいて、意図的な抜け穴が多すぎる。
誰かが“外部の通路”を提供しているのは明らかだ。
我々はただ、それを利用しているだけにすぎない」
「例の要人か?」
「名はまだ明かされていない。だが、“上”の情報が流れてくる経路はひとつに限られている」
それきり、しばらく沈黙が流れた。
照明が静かに揺れ、壁のディスプレイに赤いラインが走る。
何らかの指令が、新たに書き換えられたようだった。
その瞬間、壇上の男の耳元にだけ、静かに音が届いた。
【収集フェーズ、間もなく移行。準備せよ】
その声は合成音声でありながら、
どこか人間離れした意志の強さを帯びていた。
男はわずかに頷くと、背後のパネルを振り返った。
そこには、霧のような影の中に浮かぶ、巨大な“歯車”の意匠が淡く点滅していた。
それは組織の紋章であり、同時に**“歯車の外側にいる者たち”**を意味する記号だった。
彼らはまだ正体を明かさない。
けれど——確実に動き出している。