第一章−9:境界に揺れるもの
その一団が都市内に入ったのは、三日前の夜だった。
入域ログに不審な点はなかった。
彼らは正規のビザを所持し、必要最低限の生体登録も済ませていた。
身分情報も精査されており、公式には“学術見学団”という肩書が与えられていた。
それだけ見れば、彼らはこの都市において「何の問題もない滞在者」だった。
だが——
監視システムの深層AIは、彼らの動きにわずかな“ゆらぎ”を検出していた。
動作パターン、会話の間、視線の流れ、歩行リズム、都市内の構造物への距離感。
すべてが、あまりにも「外」だった。
正規のフレームに当てはめれば、彼らは“正常”である。
だが、どこかが、常に都市と噛み合っていなかった。
まるで、別の重力下に生きてきたかのように。
まるで、別の星で“訓練された”かのように。
その夜、彼らは図書館棟の近くにある、旧式の多目的ホールに集合していた。
現在では使われることのないこの建物は、学生たちには半ば忘れられた存在であり、
定期的な保守点検以外では誰も立ち寄らない。
外見は崩れていないが、わずかに空調の音が滞っていた。
照明も常夜灯に切り替わっており、薄明かりのなか、
彼らは無言で座り、無言で佇んでいた。
言葉は交わさない。
いや、交わす必要がなかったのかもしれない。
彼らの所作は、いずれも共通のコードによって事前に統制されているようだった。
一人が手を上げると、他の者が応答のように身じろぎする。
机の上に並べられた端末には、情報が表示されていない。
それでも彼らは、そこに“何か”を読んでいた。
都市のシステムは彼らの存在を検出していたが、
“検出できる程度”で存在するように最適化されていた。
それは偶然ではない。
彼らがこの都市に入る前に、綿密に設計された侵入計画が存在していた。
ただの不正アクセスではない。
正規の制度の裏側にある、“国家間の外交的忖度”や“非公開の枠組み”に忍び込む形で、
彼らは「制度そのものに居場所を埋め込んだ」のだ。
それゆえ、違法ではないが、誰も歓迎はしていない存在となる。
彼らの中央に立っていたひとりが、ゆっくりと首を回した。
その動作はまるで、空気の密度を測るかのようだった。
目は細く、動きは滑らかで、視線がどこにも留まらないのが印象的だった。
そして彼の視線が、一瞬だけ天井の方向に止まった——
そこには何もない。
だが、その場の誰もが、何かを“受信”したかのように一斉に立ち上がった。
やがて、彼らは部屋を離れる。
移動は速やかで、整然としていた。
足音すら残さず、都市の闇に静かに紛れていく。
その背中を記録するカメラの映像は、0.2秒だけ乱れ、すぐに復旧した。
AIはそれをログとして保存したが、上位プロトコルによって自動的に“優先度低”と分類された。
——それすらも、彼らの行動の一部だった。
誰も気づかない。
この都市に、今まさに**「外」の時間が入り込んでいることに。
それは異物のようであり、また、どこか懐かしい歪みでもあった。
まるで、長い眠りについた何かが、静かに目を覚まそうとしているかのように。