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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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五話 催眠魔法の信頼度《前》


 ワズンとレオナの二人は町の路地裏を歩いていた。

 二階建ての建屋と建屋の間の道は、建屋の陰で昼でも薄暗い。

 

 子ども二人であれば横に並べるが、大人二人であれば互いに半身にならなければ少し苦しい広さの道幅。


 先を歩くレオナの後ろを、町の地図を広げながら歩くワズン。

 レオナは魔法装束こそ来ていないものの、二人はデートというわけではない。

 

「このあたりね」

「あぁ、そうだ。だが、驚いたな」


 なにが? と言わんばかりに、レオナはキョトンとした顔を浮かべた。


 地図から顔を上げたワズンは、

「こういう普通の依頼も魔法少女がこなすなんてさ」

「あーね。ほかの子はあんまりしないかも」


 二人は魔法協会の依頼の消化のために訪れていたのだ。

 魔法少女は魔法協会では中級冒険者と同じ扱いを受けており、依頼の受諾も可能である。


「そりゃあ、魔法少女はイビルの襲撃に備えて、担当日は協会に缶詰だからな。休みの日は休みたいんだろう」


 ただ違うのは、魔法少女は当直制であるということ。

 原則、一組ないしは二組の魔法少女が魔法協会の建屋で襲撃に備えて待機。

 当直でない魔法少女たちは、魔法協会から直接的に依頼を受け取り、それを消化する。


 その扱い、働き方をして『自由のない冒険者』とも揶揄されていた。

 休みの日までもこうして魔法協会の依頼を進んで消化するレオナは、魔法少女の中でも珍しい存在であった。


 魔法少女にも魔法少女ではない時間があるのだ。


 彼女たちの多くは学生であり、学業に依頼にイビルとの戦い。

 華やかな印象をもたれがちであるが、その実はとても忙しい。


 ワズンもレオナの相棒となって一か月。

 その裏側を知り、さらに魔法少女への推し度が高まっていた。

 

「魔法少女同士って交流があるのか?」

「なに? もう浮気? ほかの子の相棒になりたいの?」


 レオナは探るようにその宝石のような碧眼を細めた。

 

「そ、そんなんじゃないさ」

「ふーん、どうだか……って魔法少女同士の交流よね? あるわよ。みんなじゃないけど。あたしはエータとはよくお茶するわ。彼女がよく誘ってくれるの。エータは魔法少女の中でも顔が広いわ。あの子、大人しいんだけど人といるのが好きみたいだし……。そうそう、この前なんかはエリダと友達になった、って喜んでたわ」


 エータは中長距離魔法を得意とする魔法少女。

 レオナが近中距離魔法を得意とすることもあって、ワズンが相棒となる前はよく共闘していたのを推し活を通して知っていた。


 ワズンはそんな彼女に内気な印象を抱いていたのが、やはり年頃の少女といったところか。

 よそ向きの顔と、うち向きの顔は違うようだ。


 しかし、それよりも気になったのが――。

 

「え……? あの? あのエリダ?」

「あんたの言っているのがアノエリダかドノエリダか知らないけど、エリダはエリダよ。あたしも随分と前に彼女と一回だけ話したことがあるわ。友達、ってわけじゃないけど、顔見知りぐらいね」

「おぉ……!」


 魔法少女を箱推しするワズンが名前しか知らない魔法少女エリダ。

 どうやら彼女は都市伝説ではなく実在するようだ。ワズンは小さな感動を覚えた。


 二人が話に花を咲かせていると、二人の進行方向に小さな影が現れた。


 気配を感じ取ったレオナが素早く進行方向へと向き直る。

「――って、いたッ!」


 それは猫又であった。

 二つに分かれた尻尾をくねくねとさせながら立ち止まると、道の真ん中で大きくあくびをしながら、伸びをした。

 

 二人は、猫又の捜索依頼の消化中であった。

 

 ワズンは懐へと地図を仕舞いこみ、今度は依頼書を取り出す。

 そこには魔法で写実的に描かれた猫又の絵と、特徴が事細かに書かれていた。

 

「間違いなさそうだな。驚かせないように」


 §


「お疲れ様でした。お二人が未消化の依頼を手伝っていただき、本当に私たちも助かっています」


 カウンター越しに頭を下げる受付の職員に対し、

「困ったときはお互い様よ」

「レオナを支えるのが俺の仕事だから」


 職員はそんな二人を見て、

「相棒の中でもお二人は特に仲がよろしいですね」


 レオナはその反応に興味深そうな表情を浮かべると、

「他のとこは違うの?」

「そう、ですね。なんと申しましょうか。仲はよろしいのですが、仕事仲間と言った雰囲気でして、お二人のような気やすい相棒は今のところは見たことがないかもしれません。それが最近の相棒ランクの上昇の秘訣なのかもしれませんね?」


 からかうような物言いにレオナはその頬を赤らめる。

「そ、そんなじゃないんだから! そんなんじゃ……。あんたもなんか言いなさいよ!」

「俺としては光栄な限りだ。否定する理由がない」

「もうッ。否定してよ!」


「ふふ、本当に仲がよろしいですね」

 

 女職員の生暖かい笑みにレオナは顔をますます赤く染めると、ワンの手を取り、逃げるように魔法協会を後にした。


 魔法協会を出ると、レオナは掴んでいたワンの手を放し、振り返った。

「このあと、エータとお茶する約束があるんだけどあんたも来る?」

「え゛ッ? ん、んんッ。すまん」


 ワズンの喉から思わず変な声が出た。


 本人もそれに気がついたが、目の前のレオナもそれに気がついた。


 レオナは吹きだした。

「なにッ、そのッ、声ッ……!」

 

 左手でおなかを抑え、右手で口元をかくし、体を折り曲げて大笑い。

 左右のツーサイドアップの髪が細かく揺れ動く。

 

 これにはワズンが顔を赤く染めあげる番であった。

 ひぃひぃ、笑うレオナの前で、ワズンは顔に火がともったような熱さを感じていた。

 

 ひとしきり笑ったレオナは目じりの涙をぬぐうと、

「はぁはぁ、笑った……」


 笑いすぎてレオナは息を切らしていた。

 

 ワズンは仏頂面で、

「……笑いすぎだ」

 そういい返すのがやっとであった。


「それで来る、わよね?」

 わかっているわよ、と言わんばかりのその表情。

 

 ワズンの男としての威厳が損なわれようとしていた。


 ワズンの中の漢が心の片隅で声を上げる。

 男としてガツンと言い返せ。男なら硬派であれ、と。

 

「……俺でよければ」


 それでも心に嘘はつけなかった。


 レオナは相好を崩すと、

「じゃあ決まりね、このまま待ち合わせ場所へ向かいましょう」

 

 二人は他愛もない話を楽しみながらその足を前へと進める。

 

 好きな食べ物や、嫌いな食べ物、趣味や休日の過ごし方など、二人の会話は弾む。

 

 時間を忘れて会話を楽しむ二人は、気がついたら目的の公園へとたどり着いた。


 緑豊かな公園であった。

 管理者がいるのだろう。園内の歩道は整備されており、歩道の脇の芝も整えられているのがわかる。

 

 公園の敷地は、ワズンの立つ入り口から終わりが見えないくらいに広い。

 その敷地内では家族や、友人、伴侶たちが思い思いの時間を楽しんでいるのが見えた。


 先導するレオナは敷地内には足を踏み入れず、公園の入口で周囲をキョロキョロと見渡していた。

 

「このあたりのはずなんだけど……」

「こんなところに公園なんてあったんだな」


 ワズンは、学園を卒業後はイビルの秘密基地での引きこもり生活を送っていた。

 在学時にも、毎日学園から秘密基地への直帰の日々であり、その学園生活には道草の『み』の字もなかった。


 レオナはひどく驚いた様子で、

「えッ!? 知らなかったの? あたしたちを応援してくれるのは嬉しいけど、たまには家を出ないと」

 

 挑発するようなその物言いに、

「だから、こうしてレオナの横にいるだろう」

 

 ワズンの反応に、レオナは目をパチクリと丸くさせた。

 

「……言うじゃない。ワンのくせに。生意気だぞ」

 じゃれるようにワズンの肩を軽く握った拳で叩く。


 にししと笑みを見せるレオナに、ワズンも肩をすくめて笑みをこぼした。

 

 そのときだった。

 大きな羽虫がワズンの耳に聞こえてきたのは。


 レオナもそれに気がついたのか、

「きゃっ……!?」

 悲鳴をあげてその場から素早く動くが、その足がもつれてしまう。

 

 すぐ隣にいたワズンが運よくそれに反応できた。

 後ろに倒れかけたレオナの腰に素早く手を回し、彼女を支えるために差し出した片膝を軽く折り曲げ、衝撃を和らげながら彼女を抱き留める。

 

「あっ……」


 そう声を漏らしたのはワズンかレオナか。

 はたまた二人共々だったのかもしれない。


 ワズンの腕の中で固まるレオナと、レオナ(おし)が腕の中にいる事実に固まるワズン。


 二人の世界が凍り付いたように止まった。

 

 止まった世界を切り裂く少女の声。

「レオナちゃんッ!!」


 特大の魔法光がワズンを滅せんと襲い掛かってきたのは。


 それは突然の出来事であった。

 ここが白昼の公園であったこと。レオナを前に興奮していたこと。そして、平和ボケしていたこと。


 この三つの油断はワズンの体に硬直をもたらした。

 

 ――は? 死?


 命を断ち切る鉞が突然であれば、救いの手も突然であった。


「あぶないッ!」

 柔らかい衝撃に正面から押し倒され、ワズンの視界の先を魔法光が駆け抜けた。


 重なり合って倒れこんだ二人。

 若い男女が折り合って重なることになったが、そこに思い至る余裕はなかった。

 

 二人の元へ誰かの駆け寄ってくる足音が聞こえる。

「なんで庇うの? レオナちゃん」

 

 今になって心臓がバクバクと早鐘を打ったように暴れだす。

 間違いなく死んでいた。レオナが動かなければワズンの命は終わっていた。


 いち早く身を起こしたレオナが駆け寄ってきた人物を怒鳴りつける。

「エータこそなんのつもりッ!? ワンを撃つなんて! 彼はあたしの相棒よ!」


 ワズンも遅れてレオナの肩越しに、自分を殺し損ねた人物に視線を送る。


 そこにいたのはレオナと同じ年頃の一人の褐色の肌をもつ美少女。

 濃紺の髪をまとめたギブソンタックに空色の瞳。

 おしとやかな外見に反して、過激な行動を見せた彼女の名前はエータ・ルエティンカ。

 

 彼女もまた魔法少女(おし)の一人であった。


 レオナの怒声に、

「相棒? そうだったの……。ごめんなさいなの……。私はてっきりレオナちゃんが襲われているのかと思ったの……」

 エータはしおしおと見るからに元気を失う。


 ワズンはエータのことをこれまで気弱な魔法少女と認識していたが、それを改める必要性を感じていた。

 思い込みで、なんの警告もなしに高威力魔法をぶっぱである。控えめに言っても暴力的すぎる。

 

「い、いや、いいんだ。レオナのおかげで俺は無事だから……」

「ありがとうございますなの。あなたいい人なの。私はエータなの」


 ワズンにとって、エータと直接の面識をもつのはこれが初めてであった。

 新たな魔法少女(おし)との遭遇、つい今しがた命を失う危機との遭遇。


 どちらが原因で心臓の音が暴れているのか、ワズンは我がことながら理解できないでいた。

 ただ一つ言えることは、その精神はひどい興奮状態にあった。

 

 彼女のその独特な調子に面食らいながらも、

「俺はワ――ン。ワンだ。よろしく」

 

 興奮のあまり危うく、ワズン、と言いかけて、それを取り繕うために空気を飲み込んだ。

 幸いにも、目の前の魔法少女二人はそれを気に留めた様子はなかった。


●娯楽に関するこぼれ話

庶民の娯楽は基本的に酒か性交しかない。あとは、せいぜい魔法放送局を視聴するぐらい。

日中の空き時間では公園でのお散歩やお昼寝をすることが一般的。


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