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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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三話 催眠魔法の就職活動《後》

 

 解雇(リストラ)の危機は突然に。


 魔法協会の二階の一室にある魔法少女たちの控室。

 複数人が同時に待機することも考えられてか室内は広く、調度品は値打ちものばかりである。


 いまワズンが腰かける長椅子も、沈み込んでしまいそうな柔らかさ。

 視界の隅に映る家具たちも、門外漢であるワズンにもそれと伝わる気品と格を感じさせた。

 部屋の温度も暑すぎず、寒すぎずといった温度に調整されており、そこには魔法少女に対する配慮があった。

 

 相棒となるための試験を突破したワズンは、机を挟んで魔法少女レオナと対面していた。

 

「あたしに相棒なんていらないからッ!」

 

 そこでレオナの口から飛び出したのは、相棒拒否発言であった。


 レオナのその発言で、気まずい沈黙が三人の間に流れる。

 つい今まで快適に感じていた室内の空気が、ズっと下がったように感じられた。


 採用と同時に、解雇の危機にワズンは瀕していた。

 

 いち早く復帰したのはワズンであった。

「……えーっと」


 事態が飲み込めず、所在なさげにその頬をポリポリとかくと、レオナの隣に座る女職員へ助けを求めるような視線を送る。


 その視線の先の女職員はレオナの発言にぎょっとした様子で固まっていたが、ワズンのその視線に気が付くと、

「れ、レオナさん……! これは以前からお話ししていたように本部の意向でして――」

「なら、あたしも前から言っているけど、相棒なんていらない! いらないったらいらないんだから!」

 

 目の前で言い争いを始める二人。

 途中からはもうワズンのことなど忘れたかのように熱くなっていた。

 

 ワズンはものすごく居心地が悪かった。


「――本部の意向なんです。もし、相棒候補者が合わないようでしたらそこは配慮いたしますので」

「だからそういう問題じゃないの!」


 二人の話を聞いていたワズンは、徐々に話を掴みつつあった。

 

 ――つまり、こういうことか。


 相棒制度を導入したい女職員――ひいては魔法協会という組織――と、導入したくないレオナ。

 

 大陸をまたにかける魔法協会と言えど、組織は組織。

 本部が存在し、支部が存在する。支部ごとには独自色があるが、本部の意向には逆らえない。

 今回の相棒制度の導入も、支部ではなく本部の意向ということ。


 それゆえに、女職員の主張は、相棒は受け入れ欲しい。ただし、その相棒となる人物については配慮する、というもの。


 対してレオナは、戦力の増強自体には賛成である。だが、能力があっても訓練されていない民間人を戦力に加えるべきではない、というもの。

 相棒制度では、あくまで魔法少女の補佐役の募集。魔法協会が採用された彼らを訓練することはない。


 そして、その衝突がどこからもたされているのか。

 その正体もワズンは薄々気がつき始めていた。

 

「みんなわかってない! それがどんなに危ないことなのか!」

「安心してください。そこは自己責任ですので、レオナさんが気に病む必要はありません」


 それは若さであった。


 心の若さ。


 ”若さ”とは身体だけを指すものではない。

 ”老い”とは経験だけを指すものではない。


 受け流せないのだ。目の前の足元にある小石を。

 無邪気な子どもはいちいちかがんでは、後続のためにそれを道の隅に寄せようとする。


 ――誰かが躓いてしまうかもしれない。転んでしまうかもしれない。


 それを数回、数十回と繰り返すうちに人は次第に関心を失っていく。

 やがては、それが意味の薄い行為だと悟り、若者は気にも留めなくなる。


 ――こんな小石で躓くはずがない。たとえ転ぶ人がいたとしてもそれは自己責任だ。


 周囲の大人がそれを見て、一斉に頷きを返す。

 かつては小石を片付けていた子供も、やがては輪に入り、その中心にいる若者へと頷きを返すのだ。


 そうして築き上げられてきたものこそが社会。


 それでも、魔法少女(レオナ)は叫ぶのだ。叫んでいるのだ。

 そうじゃない! と。そうあってはいけない! と。


『自己責任』の一言で、人を死地へと追いやるべきではない。追いやってはいけない、と。


 大人にはわからないのだろう。

 なぜ子どもがそこまで興奮するのかを。


 子どもにはわからないのだろう。

 なぜ大人がそこまで冷静でいられるのかを。

 

 ワズンにはそれが眩しかった。

 やはり目の前のレオナは、ワズンがあこがれた魔法少女なのだ。


 ワズンは意を決して目の前で繰り広げられている会話へと口をはさむ。

「発言、よろしいですか?」

 

 女職員はハッとした様子で、

「す、すみません。ワンさん。大変お見苦しいところを……」

「いや。二人の気持ちは理解できる」


 レオナは不機嫌そうに鼻を皺を寄せると、

「はっ。今日初めて会ったあんたにあたしの何が――」

「れ、レオナさん失礼ですよ……!」


 ――はじめてじゃないんだなこれが。

 

 そう言いたい気持ちをぐっとこらえ、


「レオナ、お前は優しいんだな」


 その発言にレオナはぽかんと口を開けると、

「は。おめでたい頭ね。何? あたしの機嫌でも取ろうって――」

「ありがとう」


 魔法少女でいてくれて。

 魔法少女がいてくれて。

 

 突然のワズンの感謝の言葉に、レオナは毒気を抜かれた様子で固まっていた。

 その隣に座る女職員も同様で、何を言っているのかわかっていない様子である。

 

 感謝の意味をわかってもらう必要はなかった。

 ワズンの中ではそれを言わずにはいられなかった。ただそれだけの話。

 

 ワズンは言葉を続ける。

「レオナにとっては、俺たちも守るべき対象なんだろう」


 なぜなら魔法少女(レオナ)は強いから。


「え? そうだったんですか?」

「そ、そんなんじゃないし……」


 女職員の温かい眼差しに、レオナはもじもじと視線を背ける。


「この相棒制度に実力者はこない。これまで積み重ねてきた実績と自尊心のある中級冒険者たちが、わざわざ魔法少女の補助役へ応募するとは考えづらい。加えて、魔法少女の相棒になる、ということは、これまでのパーティ活動の継続を実質的に不可能とさせる。仲間(パーティ)を切ってまで魔法少女の下につきたいと思うのはなかなかいないだろう」

 

 上級冒険者たちについては言わずもがなである。

 彼らには、稼ぎ、名声、自由度、そのすべての面で選考に応募する理由がない。


「そうなると、必然的に応募してくるのは下級冒険者相当の者たちだ。ところが彼らには肝心の実力が足りない。戦場で実力が足りないものの行きつく先は――」

「死、ですか……」


 ワズンは大きく頷きを返す。

 

 女職員は顎に指を当てて会話の内容を吟味すると、

「だから、レオナさんは相棒を受け入れない。受け入れられない、と……。正直に申し上げますと、たしかに相棒制度は人海戦術に近いものがあります。次々と下級冒険者を投入して形になれば儲けもの、と」

「その考えは理解できる。もちろん申し込んだ俺たちもその覚悟だ。だけど彼女たちは、レオナは違うんだ」


 ワズンの言葉に、女職員は黙り込んで考え込む。


「すみません、レオナさん。私たちは少しあなたを誤解していたかもしれません。てっきり魔法少女の権力に味を占めた高飛車で我儘な小娘かとばかり……」

「え? ひどくない? それひどくない? ねぇ、あたしってそんな風に見られていたの?」

 

 目を丸くして驚くレオナに対して、女職員は、

「冗談ですよ。私たち職員にとってレオナさんは小娘ではなく、かわいいおてんば娘のようなものですよ」

「訂正してほしいところはそこじゃないんだけど……。権力に溺れた高ピーの部分が丸々残ってない?」


 はいはい、とレオナのジト目の抗議をおざなりに受け流す女職員。

 こうしてみると、職員と魔法少女の関係は外野が思っているよりもずっと親しい関係なのかもしれない。

 

「すみません。ワンさん。そういうわけですので、この制度の在り方について上奏してみます。つきましては今回はご縁がなかったということで――」

「ちょっと待った」


 レオナと女職員は、何やらすっきりとした表情を浮かべているが、ワズンは違う。

 ご縁がなかった? それで、はいそうですか、と帰るわけにはいかない。

 

 ワズンは大きく息を吸い込むと、

「俺は魔法少女のファンだ」

 

「いったい何を――?」

 女職員の言葉を遮って言葉を続ける。

「それと同時に俺は優れた支援魔法の使い手でもある」


 ワズンはレオナの碧眼をまっすぐに見つめる。


「レオナ。力が欲しくないか?」

「え?」


 ワズンは言ったが最後、自分でも悪魔のようなことを言っているなと、頭の片隅で自嘲する。

 だが、いま言葉を止めるわけにはいかない。

 

「守るために。自分を、守りたいものを、その信念を」


 ワズンの言葉に、レオナの目が大きく見開く。

 あるのだろう、守りたいものが。思い出しているのだろう、その価値を。


 そうでなければ、才能があると言えど十代半ばの少女が、命を賭して戦うわけがない。

 自己承認を満たすには、魔法少女は危険が高すぎる。

 

「さっきも言ったが、俺の力は他人の支援にこそ向いている」


 ワズンは彼女たちを推している。その身が相反する存在だとしても。

 推しているからこそ、その身を危険にさらしてでも彼女たちの力になりたかった。

 

 ワズンの言葉に、レオナは視線を落として何かを考え込む。

 その視線が何度も右下と左下にせわしなく動くいているのが見えた。

 

 ワズンはさらに言葉を添える。

「どうだろうか? 試験運用というのは? ひと月、いや、一週間でいい。俺とレオナを組ませてほしい。俺の力を知った上でレオナに決めてほしい。それでも一人で戦うか。俺が隣に立つのを許してくれるかどうかを」


 一見妥協にも見える提案。

 まがりなりにも就職活動を突破したものが、みずから仮採用に甘んじるという。

 裏を返せば、その言葉はそれだけ自分の力に自信があるという証左でもあった。

 

 レオナはやや呆れた様子で、

「……いちファンが大した自信ね」

「いちファンを大切にしてくれよ」


 ――その心は硝子だぜ?


 数秒間黙って見つめ合う二人。

 女職員は、そんなワズンとレオナに心配そうに交互に視線を送っていた。

 

 沈黙を先に破ったのはレオナであった。


 キッとワズンを勇ましく睨みつけ、人差し指でワズンをビシッと勢いよく指差すと、

「……いいわ、一週間。一週間だけ相棒を組んであげる。でも、あんた如きの支援魔法なんて、絶対に必要ないんだからッ!」


 これで話がまとまった。

 

 さぁ、催眠魔法(おしかつ)のお時間だ――。

 


●冒険者に関するこぼれ話

実績に応じて下級、中級、上級の分けられています。

実力はその階級でピンキリですが、階級間での実力差は大きいです。

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