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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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二話 催眠魔法の活かし方《後》


 ワズンの自室の壁一面を覆うモニターに映るのは、魔法放送局から大衆向けに放映されている通信映像。

 中でも魔法少女の動向を中心に放映する局番。これを日がな見るのがワズンの趣味であり、日課であった。


 この日も魔法放送局の放送を垂れ流して見ていたワズンは、映像の中で流れるとある広告で目が留まった。

 

 

『あなたも魔法少女と一緒に世界を守りませんか?』

 

 

 映像に映しだされたのは、魔法装束に身を包んだレオナであった。

 目を瞑り、祈るように手を合わせ、視聴者へと訴えかけていた。


 ワズンは魔法少女(おし)の登場に、食い入るように画面を見つめる。

 

 それは魔法少女の母体組織である魔法協会が、魔法少女の協力者を呼びかける広告であった。

 以前にもそういった呼びかけはあった。そうやって魔法少女は後援者スポンサーを集めてきたのだ。


 だが、今回はいつもの魔法少女の広告とは違った。

 

 映像の中、閉ざされていたレオナの碧眼が開かれた。

『魔法少女の相棒となって、一緒に世界を守りませんか――』

 

 §


 「家出をしよう」


 レオナが主演を務めた広告を見終えたとき、ワズンは立ち上がりそう宣言した。

 

 それを傍で見ていたミュウの反応はというと、辛辣なものだった。

「典型的なコミュ障の会話ですね。いえ、会話にもなっていませんね」

「ぐっ……」

 

 ワズンもその自覚があったのか、メイドからの辛辣な物言いに胸を押さえつける。

 

「よく会話は言葉のキャッチボールと言われますが、ご主人様の場合は壁当てがいいところですね」

「ぐはぁ……ッ」


 容赦のないメイドからダメ出しに、ワズンは腰を折る。

 

「その結論に至った経緯をお尋ねしても?」

「あ、あぁ……」


 こほん、と小さく咳払いしたワズンは、

「このままじゃ魔法少女は俺たち(イビル)に勝てないだろう」


 悪の秘密結社イビルと魔法少女の歴史は、昨日今日に始まった話ではない。

 

 魔法協会とは、大陸をまたにかける一大組織。

 元は大陸中の魔法に関する知識の収集を目的とした知識人たちの同好会であったが、あれよあれよと大きくなり、今では国すら動かすほどの影響力があった。

 魔法協会は大陸中の魔法に関する知識を収集しているほか、その応用、発展に日夜心血を注いでいる。

 それ以外にも、各国の要請を受けて、魔法犯罪者を捕まえているほか、魔法生物の研究にもその活動の幅を広げていた。

 その結果、今日ではおよそ魔法にかかわることすべてで、魔法協会は深く関係しているほどであった。


 魔法少女もその一つ。

 イビルという国際的な魔法犯罪組織の台頭を機に、その抑止力として魔法協会が魔法少女を設立した背景があった。


「これまでの俺のやり方では、魔法少女への支援では足りない」

「情報漏洩に、戦力分散。加えて戦闘員への弱体化(デバフ)。すでに十分では?」


 ミュウの発言にワズンは俯いて、首を横に振った。


「これは戦争だ――」


 次にワズンが表をあげたとき、そこには感情の色も温かさもなかった。

 ただ有無を言わせぬ威圧感がそこにはあった。


 言葉を短く区切ったワズンの光のない黒の瞳がミュウを射抜く。


 

「――勝たなきゃ意味ないんだよ」


 

 それまでと打って変わったワズンの様子に、ミュウは背筋を震わせる。


 ワズンの物心がつくころには、すでにイビルと魔法少女は敵対関係にあった。

 裏を返せばそれだけの月日、イビルは魔法少女としのぎを削っているのであった。


「これまでは必要に応じて、魔法協会所属の冒険者たちが魔法少女たちへ助力していたが、即席の関係に連携が期待できるわけもなく、その場しのぎがせいぜいだ。これに危機感を覚えた魔法協会が、魔法少女に専門的に協力する実力者を雇用する、というのが今回の動きだろう」


 だてに毎日魔法少女の動向を追いかけているわけではない。


 魔法少女と冒険者。彼らはともに魔法協会の影響下にある。

 直接的な関係があるわけではないが、魔法協会の要請に応じて冒険者は魔法少女へと協力する。ワズンの両親率いるイビルとの戦争でも冒険者たちのおかげで数に劣る魔法少女が対等以上に渡り合えていた。しかし、それでは不十分なのだ。


 ワズンは一つ息を吐くと、

「魔法協会の犬になるのは癪だがな」

「犬……ご主人様にお似合いですね」

「お前の中で”主人”の定義はどうなっているんだ」


 ジト目でミュウ睨めつける。

 そのまま数秒睨めつけ続けても、彼女の鉄仮面は微塵も揺るがない。

 ハイライトの消えたその死んだ魚の目は、何も教えてなどくれない。

 

 ワズンは諦めたように小さく息を吐くと、

「まぁいい。それで魔法少女たちに近づけるというのであれば」

「はい。そちらは問題ないと存じます。加えて幸い、ご主人様の顔はほとんど知られておりません。髪型や身だしなみを整えれば、魔法協会で気づくものはいないでしょう」


 お任せください、とミュウは無表情で胸を張る。

 変装を特技の一つとする彼女。ワズンの身だしなみを整えるのも仕事の一環である。


「しかし、魔法協会の相棒制度とやらを利用するためには手続きが必要だろう。身元不明の者を雇うとは到底思えん。そのあたりが鬼門だな。ノックス家は名乗れない。催眠魔法では、手続きで使う魔法具は誤魔化せないだろう。何か案はないか?」


 ノックスなど名乗ろうものなら、厳しい身辺調査の末に魔法監獄へとぶち込まれること請負いだ。

 なにせノックス家は悪の血脈ー―親兄弟姉妹、祖父母に甥姪。伯母に叔母、従兄弟に従姉妹、大叔母大叔父に伯祖父伯祖母、従叔父叔母に従叔父叔母、はては曾祖父母に高祖父とその血を引く者すべてが犯罪者。逆に犯罪とは縁がないものを探す方が難しいほどだ。


 なかでもワズンはその本家の血脈。

 各国と協力して治安維持に貢献している魔法協会。そんな国際的な組織へ直接的に喧嘩を売っている現当主夫妻、戦争犯罪者として大陸中で恐れられた祖父母、初めて個人で国家転覆罪が適用された革命家の高祖父。


 各国でノックスの名は敏感になっていた。

 その結果、ノックスの名前に莫大な懸賞金が掛けられており、その名前自体がある種の悪の代名詞ともなっていた。

 

「はい、仰る通りです。しかし、魔法具は誤魔化せなくても、それを扱う人は誤魔化せます。こちらを――」


 そういうと、ミュウは懐から、手のひらに収まる大きさの薄手の鉄製の板を差し出した。


 銀色に輝く板を受け取ったワズンは、

「これは?」

「魔法協会で、身元照会を終えた冒険者に支給される認識票と呼ばれる身分証でございます。これを保持していることが魔法協会所属の冒険者の証となります」


 聞けば万が一に備えて以前から備えていたという。


 その妙技が如く手際のいいミュウに、ワズンは内心で舌を巻く。

 と、同時にこうも思わざるを得ない。

 

 ――いつもこうだったらなぁ、と。

 

 やるときはやる女。それがミュウ。

 それがゆえに、普段の主人であるワズンに対しての軽薄な態度も咎めることができなかった。


 受け取った認識票をしげしげと眺めつつ、ワズンは問う。

「仕事が早いな。それで名前は?」

「お名前は元の響きを残しつつ、ワン。姓はマーネでございます」


 ワン・マーネ。

 それがワズンの世を忍ぶ仮の名前。

 

「ワン・マーネ、か……」


 その名前をかみしめるように舌の上で転がす。


「首尾よく相棒になられたあかつきには、具体的にはどうなされるのですか?」

「魔法少女へ強化(バフ)をかけようと思う」


 秘密結社イビルを弱体化させるだけでは不十分。ならば、今度は魔法少女そのものを強化しようというのだ。

 

 催眠魔法を使って潜在能力を開花させるという。

 ふだん人は本来の力の二割から三割程度しか力を発揮できないという。それ以外にも、周囲の環境にとらわれ、本来の実力が発揮できないという状況が往々にして起こりうる。


 催眠魔法とは人の潜在意識へと働きかける魔法。

 その抑制された能力、才能を刺激しようというのだ。


 しかし、そのためには対象に近づく必要がある。そのための家出。


「おおよそ狂人の発想ですね。生家の敵を身の危険をさらしてまで助けるなんて」


 ワズンの顔は一部にしか割れていないとはいえ、俯瞰的に見れば、敵を助けるために安全地帯を抜けて、敵の懐で生活しようというのだ。

 

「よろしいのですか」


 しかし、ワズンは決めたのだ。

 

「あぁ、今日から俺は――英雄ヒーローへの第一歩だ」

 

 それがワズンの出した答えだった。






「ちなみに相棒となる魔法少女にはご希望がおありですか?」


 ――なにを馬鹿なことを。

 

 ワズンは箱推しである。魔法少女という箱を推しているのだ。

 選り好みなどあろうはずがなかった。


「いや、誰でも相棒を喜んで務めるが、どうせならこの機会にエリダを見られたら言うことはないな」

「幻の魔法少女エリダですか。名前は知られているのに、その実像は魔法協会の手によって厳しく秘匿されているという」


 魔法少女は魔法協会の大衆向けの看板であるが、すべての看板が表に並べられているわけではない。

 魔法少女の中には、特殊な技能をもつ者、要人警護を主に主戦場とする者がおり、その者たちについては情報統制が敷かれていた。

 エリダもそういった魔法少女たちの一人である。


「エリダについては他の魔法少女たちでさえも詳しく知らされていないそうだ。さすがに彼女の相棒になれるとは思っていないが、魔法少女の相棒になれば、彼女と会う機会も巡ってくるかも知れないな」


 あの手この手で魔法少女たちと(一方的に)接触を図ってきたワズンであっても、魔法少女という箱の中身をすべて知っているわけではなかった。

 箱の中身を知るには、魔法協会が不定期的に開く交流会に参加するより、相棒として魔法少女という箱に入るのが箱の中身を知るのに効率がいい。

 降ってわいたようなこの機会。ワズンにとって逃す手はなかった。

 

「ご主人様は本当に魔法少女が好きですね」

「好き、という言葉じゃ収まらない。彼女たちは俺にとっての希望なんだ」


 ワズンは目を閉じると大きく深呼吸した。

 

 物心ついたときには、血によって悪であることを宿命づけられた存在。

 そんなワズンからしたら、己の心意気だけで強大な悪に立ち向かう彼女たちという存在はひどく眩しく、尊い存在であった。


 その輝きがイビルという巨悪によって押しつぶされようとしている。

 血を裏切ってでもワズンは彼女たちを助けたい、と。


 それがワズンの目指す英雄(ヒーロー)のなすべきことではないかと。

 

 ワズンは大きく息を吸い込むと、閉じていた瞳を開き、座っていた椅子から立ち上がる。

「さて、まずは――魔法協会の連中に俺の力を見せつけてやるとするか」



●魔法少女に関するこぼれ話

魔法少女の握手会は不定期開催されている。物販もあり、こちらは彼女たちの貴重な活動収入源。

ワズンのイビルの秘密基地に引きこもり時代、ワズンに割り当てられたイビルの活動資金は、基本的に物販を通じてすべて魔法少女へと流れていた。

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