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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
23/24

十二話 正しい催眠魔法の使い方《前》

本日は二話投稿します。


 ガンマの活動拠点へと侵入したワズンとレオナ。


 幹部格の二人を倒したレオナは、ここにきた目的であるガンマと向かい合っていた。

 

 薄暗い拠点の通路。自然体で佇むレオナと、半身になって腰を落とすガンマ。

 視線が互いの足や肩、手に素早く映るのを見るに互いに動向を探り合っていた。


 事実上の大将戦。

 

 それを壁際で腕を組んで見守るワズン。

 ガンマの部下たちも囲いを作って二人を囲むだけで手を出すようなことはしない。


 レオナを雑魚と言って憚らないガンマであったが、口ほどにレオナを軽視していないようだ。

 もしくは、レオナと対峙して、今のレオナが前回とは一味も二味も違うことに気がついたのか。


「いくぞッ!」


 そう吠えると、ガンマの姿がその場から掻き消えた。

 否、消えたと誤認するほどの速さで動いたのだ。

 

 虚をつくその初動は、ガンマを見ていたはずのワズンが一瞬その姿を見失うほどであった。

 

 人が加速するときに見られる”力み”というものがガンマにはなかった。それに加えて、身体強化の魔法。


 ガンマの戦闘手段はいたって単純。

 鍛え上げられた古代戦闘術。そして、その効果を後押しする強化魔法。ただそれだけである。


 単純ゆえに対処が難しい。


 ガンマは魔法少女たちとはある意味で対局な存在。

 豊富な魔力を背景に魔法を武器に戦う魔法少女と、己の肉体を武器に戦う。

 加えて、魔力無力化装置などで魔法少女の長所を封じる狡猾さ。


 それゆえに、少なくない数の魔法少女に土をつけてきた戦士。

 

 再びワズンがガンマを視線に収めたとき、ガンマはすでに距離を詰めその拳をレオナへと振るっていた。


 それを間一髪で防ぐレオナへ、

「少しはやるじゃん――じゃあ、これは?」


 顔面へと向けられた抜き手。

 それを止めるレオナであったが、そのときには腹部を反対の手による抜き手が貫こうとしていた。


 急所への反射の裏をかいた強襲。

 それをレオナは膝を使って防ぐ。

 

 そのまま抜き手を防いだ足でガンマを蹴り飛ばすと、ガンマをその勢いへ逆らわずに後退した。

 

「これも防ぐか。やるじゃん」

 ぺろりと舌なめずりするガンマに対し、

「いつまでも大物ぶってないで早くきたら?」


 レオナは左手をガンマへと突き出し、手首を立ててクイクイと挑発する。


 ガンマはその立場、その強さゆえにいつだって挑発する側であった。

 その彼がいま、かつて下した魔法少女に煽られていた。『かかってこいよ』と。

 

 ガンマの顔からそれまで浮かべていた余裕が消えた。

 額に青筋を立てて、忌々しそうに歯を食いしばっていた。


「泣かせてやる……!」

「もうあんたには無理よ」


 ふっと見下すようにレオナが笑みをこぼしたのが合図であった。

 

 ガンマの姿がワズンの視界から再び消える。

 

 そう思った次の瞬間には、ガンマの手刀がすでにレオナの首元へと迫っていた。

 

()った――!」


 殺気ばんだ笑みがその顔に浮かぶのが見えた。

 その脳内で一秒後に、宙を舞うレオナの首を想像でもしたのだろう。

 

 魔法で強化された四肢は岩を砕き、鋼鉄に跡を残す。

 それが人の急所に当たれば、致命傷は免れない。ましてや、その使い手は古代戦闘術の達人。

 

 二人の攻防を見守っていた囲いからも歓声が上がる。


 しかし、ワズンはうろたえない。

 

「――と思った? 残念」

 

 なぜなら今のレオナは最高だからだ。


 囲いからどよめきがあがる。

 動揺を見せたのは彼らだけではない。技を繰り出したガンマもまた同じ。


「……ばかな」


 レオナのその華奢な首まであと皮一枚というところで、振りかざしたガンマの手刀はぴたりと止められていた。

 顔を赤くして、押し込もうと力を入れるが、むしろガンマの足が地面を滑り始める。


 ガンマはレオナにより止められた刀を振りほどいて、跳躍して後ろへ下がる。

 その額には初めて汗が浮かんでいた。


 ただの一度の攻防でガンマはレオナの脅威を感じ取ったようだ。

「……なんだ、お前。見えているのか? 追えているのか? 反応できるのか?」

 

 ――今のお前の攻撃がレオナに届くことはない。

 

 ワズンは何も言わない。ただ見守るのみ。

 レオナが己の壁を乗り越える瞬間を。特等席で。


 ガンマ・ノックス。

 悪の組織結社イビルを束ねるノックス家、その兄弟姉妹の末弟。

 ほかの家族と比べると魔法面では見劣りする反面、魔法抜きのガチンコバトルでは無類の強さを誇っていた。


 それゆえに――

「くっ、これを使うことになるとはッ! おまえたち、やれッ! 魔力無力化装置(マジックキャンセラー)!」


 ガンマの掛け声に反応して足場が、拠点の壁が、拠点内部が淡く光りだす。


 ワズンはすぐにそれが体内で練られた魔力の放出を妨げる特殊な魔具であることを見抜いた。

 それは魔法使い擁する国との戦争でよく用いられている対戦術装置である。魔具から発せられる特殊な波動により、体外で練られた魔力の収束が妨げられるのだ。

 

 ワズンは感心したように、

「準備のいいことだな」


 魔力無力化装置は、その取り回しに自由が効きにくく、もっぱら防衛側で好まれる魔具。

 それすなわち、ガンマは自身の拠点がばれたときの危険性を考慮して、事前に設置していたということにほかならない。

 

 ワズンのつぶやきを耳聡く拾ったガンマは、

「俺はあの(バカ)とは違う!」


 仕切り直しとばかり再度ガンマは攻勢に出る。


 魔法使いの戦闘では、魔法が使えなくなるとその均衡が崩れやすいという特徴があった。

 すべての戦術が魔法ありきで立てられているためである。その点、ガンマのような魔法に依存しない戦闘法との組み合わせは抜群にいい。


 魔法を奪われた魔法少女に拳が迫る。

 

 しかし、レオナは動じない。


「ばか、な……」


 レオナのカウンターが見事にその頬に突き刺さった。

 

 驚きに目を見開くガンマへ、レオナは攻勢に打って出る。

 そのすべての攻撃に対処できるというのであれば、それを攻撃に転じたときの威力はどれほどのものか。


 レオナはガンマの領分である肉弾戦で、ガンマに猛攻を加える。

「う、うぐぅぅぅ……!!」


 必死の形相でそれをしのぐガンマと、涼しい顔で攻め立てるレオナ。

 攻防の趨勢は誰の目にも明らかであった。


 歯を食いしばったガンマは、

「お、俺より強い魔法少女(おんな)だと……! 認めねぇ、そんなの絶対認めねぇ……ッ!」

 必死の形相でなんとか食い下がる。

 

「あっそ」


 レオナはそれをそっけなくあしらうと、ガンマの突き出しだ拳のいなし、前蹴りを腹部に叩き込んだ。


「ふぐぅっ……!?」


 ガンマはきりもみしながら、ワズンが立っていた壁際に吹き飛ばされて、その背を壁に打ち付けて止まる。


「あ、ごめん。ワン。そっち行っちゃった」


 レオナは別段に格闘技への才があるわけでも、興味があるわけでもない。

 ただ今の彼女からすればすべては作業に近いことであろう。


 追撃に動いたレオナを、それまで静観していたイビルの戦闘員たちが一斉に止めにかかるが、

 

「あんたたちも邪魔」


 今のレオナの前には足止めにもならない。


 相手の拳が見えている。だからかわす。

 相手の姿が見えている。だからあてる。

 

 催眠魔法で上げられた感度。そして、それに対応することができるだけの反応速度。

 そこから繰り出されるのは、人の硬度を超えた肉体強度。


 その土台は魔法少女に選ばれる才女、レオナ。


 そのさま、無人の野を行くが如く。


 ワズンのそばで起き上がるガンマだが、その足は蓄積されたダメージで小さく震えていた。

「そ、そんなわけが、ねぇ……。俺は、俺だけがお前たちを――」 

「まったく相変わらずファンの風上にも置けないなお前は」


 ワズンの言葉に、ガンマははたと立ち止まるとワズンを睨めつける。

 

「お、まえ、は……」


 ワズンにはガンマの抱える気持ちがなんとなくわかっていた。

 わかりたくなくても、わかってしまう。それは血縁が故か。嗜好が故か。


 ワズンは立ち上がろうともがくガンマを見下ろすと、

「好きな子にちょっかいを出したくなる気持ちは――まぁ、わからないでもない。が、お前はやりすぎだ」

「なに、を?」


 ガンマも魔法少女のファンなのだ。

 ファンと言っていいのかはわからないが、彼もまた魔法少女のことが好きなのだ。


「その歪な愛のカタチはいい迷惑だ」


 ただその愛の形が、一般的に受け入れられるものではないだけで。

 

 ワズンの言葉にガンマはその顔をいっそう赤らめると、

「ふ、ざける、な……! 俺は、俺は」


 ガンマは加虐嗜好があるのだ。

 つまり、好きな子ほど物理的に手を出したくなる性癖の持ち主なのだ。


 ワズンはぶつぶつと何かを言い始めたガンマを見つめ、一つ小さなため息を吐くと、近づいてくるレオナに視線を移した。

 

「おーい、レオナ」

「ん? どうしたのワン?」


 殺気だった様子で歩み寄るレオナであったが、ワズンの一声でいつもの彼女に戻る。

 小首を傾げ、ワズンの言葉の先を待っている。

 

「好きな子に照れ隠しで手を出す男ってどう思――」

「死ねばいいのに」


 レオナの勝気な碧眼からハイライトが消えた。

 イビルの戦闘員たちを蹴散らし、倒れ伏すガンマへと歩み降るレオナの足音が固く響く。


「あたしの学校にもいるのよ。気になる子へちょっかいかける男子って。なに? 嫌がらせをしたらあたしたちが好きになるって本気で思っているの? 家名をかろうじて覚えている男子に、ちょっかいかけられるなんていい迷惑。それでなんて言ったっけ? 手をあげる? なにそれ最ッ低。意味わからないわ。第一ね――」


 レオナの口から繰り出される話の解像度の高いこと。

 

 レオナは現役の女学生。その類まれなる容姿に加えて、魔法少女としての知名度。学園ではさぞ異性から声をかけられることであろう。

 学外では魔法協会所属の魔法少女であっても、学内ではただのいち学生。生徒たちからすれば、声をかけることが合法的に許される制限区域。

 男子生徒が若さゆえにたぎるその情熱をちっぽけな理性で抑えられるわけもない。

 

 その情熱を向けられた当の本人はというと。

「――というわけだから、あたしは嫌い、ううん……大っ嫌いッ!」


 コンコンとダメ出しを続けたレオナは、最後に吐き捨てるように顔をしかめて言葉を切った。


 レオナには魔法少女としての公的な立場がある。

 学園や私生活で言い寄られても、彼らを無下には扱えない。彼らもまた庇護対象であるからだ。

 それを知ってか知らずか、言い寄る輩たち。それはさぞストレスとなっているのであろう。

 

 それを聞き終えたワズンはガンマに視線を向けると、

「だそうだが?」

「……」

 

 返事がないただの屍のようだ。


 それまで気丈にワズンとレオナを交互に睨めつけていたガンマであったが、その意識はすでになかった。

 半開きになった口からは魂が抜けているようであった。


 推しから全面的に否定。

 それは推すものにとって計り知れないダメージがあった。魔法を超えた精神攻撃。

 

 それを防ぐ魔法はいまだ大陸にも存在はしていなかった。



●魔力無力化装置に関するこぼれ話

かいつまんで説明すると、使うと魔法の発動に必要な大気中の魔素がどっかとんでいっちゃう装置。

このおかげで白兵戦の技術が廃れることがなかった。この技術が発明されるまでは、戦争と言えば長距離からの魔法の打ち合いでしかなかった。

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