十一話 催眠魔法の真価《後》
本日二本目の投稿です。
「レオナ――お前はなんだ」
ワズンはレオナの自室に招かれ、目をつむるレオナと向かい合って座っていた。
小綺麗な部屋。
パステルカラーを基調とする色彩に囲まれたベッド、フリルのついたレースカーテン。
寝具の上や棚の上に置かれた動物を模した可愛らしいぬいぐるみが二人を見守っていた。
部屋の中央上部に設置された照明魔具の光量を落とした薄暗い部屋で、ワズンはレオナへと手をかざし朗々と唱える。
「その体は堅い。何者にも打ち抜くことはできない。
世界樹の如き大地に根を張り巡らせたその体を倒せる者はなし――」
耐久強化の催眠魔法。
「その眼は鋭い。何事もその眼から逃れることはできない。
竜の如き鋭きその眼から逃れることができる者はなし――」
神経強化の催眠魔法。
「その力は強い。何物であってもその力は離さない。
万力が如きその力で打ち砕けない障壁はなし――」
肉体強化の催眠魔法。
「その魔力は尽きない。
精霊泉が如き湧き出る魔力に限界はなし――」
魔力増強の催眠魔法。
「すべてを過去に、すべてを未来へ。
現在がすべて。現在こそすべて――」
鋼の肉体、獣の感覚、超人の膂力、それらを高める尽きぬ魔力。
「信じろ、己を。己の過去を。己が乗り越えた葛藤を――」
催眠魔法は相手の心理状態の影響を受ける。
身構えた相手には効果が効きにくく、受け入れたものには絶大な効果を及ぼす。
ワズンが長年追っていた存在だと知ってなお、いま目の前で目をつむり身を預けるレオナはどうか。
身じろぎもせず、レオナはワズンを、ワズンのもたらす力を受け入れていた。
これまでどおり、否、これまで以上に。
レオナの髪がゆっくりと逆立つ。
寝具の上の布団が、締め切ったカーテンが閉め切られた部屋の中でゆっくりと波打ち始める。
その波は次第に大きく、激しくなる。
二人の儀式を見守り続けたぬいぐるみたちも騒ぎ出す。
まるで長年の眠りから目覚めた竜の胎動を感じた者たちのように。
「――魔法少女は最強だ」
ひときわ大きな衝撃波がレオナを中心に部屋を打った。
めくれ上がる寝具に、倒れるぬいぐるみたち。
それを最後にレオナを中心とした波動が収まると、その逆立っていた髪もゆっくりと落ちていく。
おもむろにレオナの閉じられていた瞳が開く。
その力強い瞳は黒色の輝きを帯びていた。
§
ガンマの隠れ家。
ミュウの調査により判明したガンマの拠点。
拠点は町はずれの森の中に巧妙に隠されており、夜になると擬態の精巧さも相まって森に溶け込んでいた。
レオナは先制攻撃とばかりに、目視できずとも情報上存在する場所めがけて魔法をぶっ放した。
拠点はそのどってっぱらに開け、擬態が解かれる。
レオナは箒に跨って、こじ開けた穴から拠点へと侵入する。
レオナはチラリと後ろを振り返りつつ。
「ワンは別に来なくてもよかったのに」
箒の後ろにまたがり、レオナの腹部に手を回すワズンへと声をかけた。
「レオナを支えるって決めたからな」
「ふん……好きにすれば」
突き放した言葉だが、その声はどこか明るい。
ワズンは小声で、好きにするさ、と言葉を返した。
こじ開けた穴を通って、拠点の内部への侵入を成功した二人。
拠点の内部は突然の襲撃の対応に追われているようだ。あちらこちらで駆ける足音や怒声が聞こえてくる。
レオナの声が空気を切り裂いた。
「あんたたちそこまでよッ!」
その声に反応すると、近くにいたイビルの戦闘員たちが動きを止めて、レオナへと視線を送る。
イビルの戦闘員たちがざわめき立つ。
「魔法少女だッ! 魔法少女がでたぞッ!」
わらわらと出てくるイビルの戦闘員たち。しかし、彼らも馬鹿ではない。
戦闘員たちにとって魔法少女と彼我の戦闘力さは骨身にしみていた。そのため、遠巻きに囲むばかり。
レオナが一歩進めば、前方の敵は一歩下がり、後方の敵は一歩前に出る。
「レオナ、後ろは俺が」
「ワン。でも、あんた……ううん、いいわ。あたしの背中、あんたに預ける。死ぬんじゃないわよ!」
レオナはその頬を紅潮させると、完全に前方へと向き直った。
それは言葉通り、その背中をワズンに預けるというこれ以上ない意思表示であった。
盛り上がっているところ悪いが茶番であった。
レオナもワズンの献身に興奮している様子だが、そもそもワズンはイビル側の人間。しかも、幹部である。
ミュウの手によって、ワンへと変装したワズンを一目でそうとわかる者はそういない。
しかし、その変装を解いてしまえば、イビルの戦闘員たちでは手が出せない。
その安全圏があるので、ワズンにとっては茶番であり、その戦闘力に反してその心には余裕があった。
レオナが囲いを引き連れて、一歩づつ拠点内部へとその足を進める。
前後左右、上部からもレオナたちに対する敵意が降り注ぐ。
視線という形のない矢が二人に雨あられと降り注ぐ。
視線に焼かれてか、露出した肌がぴりついて止まない。
レオナたちを囲う周囲に動きがあった。
レオナの足を進める前方の囲いが割れる。
そこから大柄な男がのっそりと前に進み出てきた。
現れたのはこしみの一枚の大柄なスキンヘッドの男。見上げるほどの巨躯に、はちきれんばかりの筋肉。
ミチミチと筋肉の鼓動が聞こえなそうなほどその筋肉は鍛え上げられていた。
黒光りするその肌は照明を受けて立体感を帯び、さらにその筋肉の存在を浮かび上がらせていた。
「下がれ。俺たちが出よう」
「ピークスキル様!」
レオナを取り囲んでいた戦闘員たちが湧くところを見るに、どうやら幹部らしい。
「あんたたちは――」
「ぐらああああああ!!」
前方のピークスキルに負けないぐらいの筋肉量を誇るふんどし一丁の男が、突如奇声を上げながら空から降ってきたと思えば、その勢いのままにダブルスレッジハマーをレオナ叩きつける。
「レオナッ!」
轟音とともにレオナは拠点の床をえぐり、その姿が視界から消えた。
もうもうと立ち込める煙の中、ふんどし男がゆっくりとその身を起こすと、
「タムダクト様!」
周囲から再び歓声が沸く。
どうやらタムダクトと呼ばれたこの男もピークスキル同様に幹部待遇らしい。
「これで終わりか? 魔法少女と言っても大したことないな」
「タムダクト、俺の分も残しておいてくれよ」
「悪いな、早い者勝ちだ」
ピークスキルは首をこきこきと鳴らすと、
「じゃあ、俺はその後ろのちんけな奴をぺしゃんこにするとしよう」
のっそりとその足をワズンへと進める。
筋肉だるまと肉弾戦なんて冗談ではない。
――正体を明かすべきか?
ワズンは逡巡するが、
「寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ!」
その答えを出すより先に、レオナが沈められた場所から跳び上がって戻ってきた。
その服は床にうずもれた影響で汚れているが、肉体には外傷は見当たらない。その呼吸も乱れておらず、まだ余裕がありそうである。
「ワンは少し下がってて」
レオナにそう言われ、ワズンはイビルの戦闘員が唯一いない壁際にその身を寄せる。
それを見て口角を上げる敵二人。
「そうこなくてはな」
「次は俺の番だ」
しかし、当のレオナは冷めきった視線で、
「三下には用はないわ」
レオナの挑発にピークスキルが、
「三下はどっちだ小娘ッ!」
駆け寄るとレオナの顔ほどある拳をその整った顔に打ちつける。
しかし、
「な、なんだこの硬さ……!?」
愕然とするタムダクトを見てワズンは、
「当然の結果だ。強化をかけた体を筋力如きでどうにかできるわけないだろ」
「どけ、ピークスキル!」
タムダクトは近くにいた部下から長物を奪い取ると、それを勢いをもってレオナへと投げつける。
鍛え上げられた筋力を土台に射出された長物は、一直線にレオナへと向かう。
そして、長物はその勢いを失うことなくレオナの顔面へと吸い込まれていく。
「殺ったッ!」
しかし、拠点内に何かを挟む鈍い音が木霊した。
「歯で、受け止めた、だと……!?」
「強化された神経、肉体をもってすれば赤子の手をひねるようなもの。人力で生み出される速度なんて今のレオナには止まってるも同然。さては相手の戦意を折るためにわざと攻撃を受けて見せたな」
実際にその効果は抜群であった。
ピークスキルとタムダクトの目には動揺が浮かんで見えた。
だが、それでも戦意が衰えていないのはさすがというべきか。
「タムダクト! あれをやるぞ!」
「あぁ、出し惜しみはなしだ!」
ピークスキルとタムダクトはレオナを挟むように立ち位置を変える。
レオナはそれを止めることなく、ただ黙って二人に視線だけを送る。
どうやら二人が行おうとしている合わせ技を正面から打ち破るつもりらしい。
「俺たちの筋肉を舐めたことを後悔させてやろう」
「鍛え上げられた俺たちの筋肉は最早爆弾」
「行くぞッ!」「応ッ!」
二人は同時にレオナへ向かって加速する。
どっしどっしとその重厚な肉弾戦車が、レオナへと肉薄する。
鈍重そうな動きに反して、その大きな歩幅から瞬く間にその距離が詰まる。
肘から直角に曲げた状態で腕をレオナへと叩き付ける。
二人の声が重なった。
「<筋肉十字葬>ッ!!」
さきほどよりさらに大きな弾けるような音が響いた。
それを見ていた、聞いていた囲みからは、幹部の大技に歓声が上がる。
しかし、次の瞬間――
「ぐえッ!」
「うげッ!」
――もんどりうって頭から地面に落ちたのは技をかけた二人の方であった。
奇声を最後に意識を失った様子で、ひっくり返った二人が起き上がることはなかった。
周囲のイビルの戦闘員たちの間では、幹部の真っ向からの敗北を受けて見るからに動揺が走っていた。
気を失った二人の間に立ち尽くすレオナは、無傷ではあったが、無表情ではなかった。
「ぺっ、ぺっ! 口に汗が! 男の人の汗が! ひぃー! 気持ち悪い! ワン、水! 水もってない!?」
攻撃を受けるところまではよかったが、どうやらその攻撃を受けた際、腕に浮かんでいた汗が口に入ってしまったらしい。
ここにきて一番のうろたえを見せていた。誰だって見ず知らずのマッチョの汗を舐めたいとは思うまい。それが、花も恥じらう女学生ならなおのことである。
「俺の携帯用の水嚢ならあるが――」
ワズンは懐から、携行用の水嚢をとりだすと、目にもとまらぬ速さでレオナはひったくると口をゆすぎ始める。
――あ。か、間接キス……。
などとワズンがトゥンクしていると、
「――誰かと思えば、いつかの雑魚か」
ここにきた目的の声がした。
さぁー、と取り囲んでいた囲みが割れた。
ここに表れた目的がとうとう二人の前に姿を見せる。
レオナは口に含んでいた水を吐き出すと、
「――ガンマ」
ガンマを睨めつけた。
レオナの超えるべき壁がいま目の前に立っていた。
●筋力に関するこぼれ話
強化魔法で筋力を底上げすることができるので、筋力を鍛えなくてもよさそうだが、魔法の土台となる力はやはり筋肉。
仮に同じ魔力量、同じ技量の魔法使いで殴り合えば最終的に筋肉がものを言う。鍛えて損はない。