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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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十一話 催眠魔法の真価《前》

本日は二話投稿します。


 繰り返される歴史、人はそれを運命と呼ぶのかもしれない。


「レオナ」

 

 空を仰ぐと、紺色の海を綺羅星たちが美しく彩っていた。


 町はすっかりと静まり返っていた。

 夜の店が集まった歓楽街以外では、虫の鳴く声が唯一の音源。

 そのなかで風の音、風が戸を打つ音がよく響いた。

 

 静寂の街中、ワズンはいつぞやの公園に足を運んでいた。

 エータに扮したミュウと初めて接触した場所。そこにワズンは一人で立っていた。

 

 前回はエータとの待ち合わせ場所に使った公園の入り口。

 だが、今回の待ち人はエータではない。


「ワン」


 呟くように呼ばれた名前は夜の空気によく響いた。

 もしくは、その声主がワズンにとって意味のある人物だったからなのかもしれない。


 いずれにせよ、ワズンは待ち人の存在にすぐに気がついた。


 顔を上げて、声の聞こえた方角へと視線を向ける。

 

「レオナ」

 ワズンはその存在を確かめるように再び彼女の名前を呼んだ。


 彼女が来るかは半分賭けであった。

 ワズンはミュウを使って、人づてにレオナがこの場所に来るように仕向けたのだ。


 そして、ワズンは賭けに勝った。


 だが、賭けはそれで終わりではない。

 

 しばし見つめ合う二人。

 脱獄を果たしたワズンを認識した際に、レオナのその勝気な碧眼が大きく開かれたものの、反応はそれだけであった。

 

「逃げ出せ、たんだ」


 絞り出すように言葉を紡ぐレオナに、ワズンは噛みしめるように間投詞を吐き出す。

 

「あぁ」


 レオナの瞳は寂しさをたたえていた。

 うぬぼれかもしれないが、ワズンは彼女の浮かない表情を見てそう感じた。


「じゃあ、またあたしたち戦わないといけないね」


 レオナはそう言って視線を落とした。


「あぁ」


 何を言えばいいのかわからず、ワズンはただただ言葉を返すしかできない。


「でも、あたし、友達とは、ワンとは戦いたくない……」


 唇をかみしめるレオナを見て、


「あぁ」

 

 内心では嬉しかった。

 レオナがまだ自分を彼女の友達と思っていてくれたことに。

 それこそが彼女がワズンをかたくなに『ワン』と呼び続ける理由。


 何か気の利いた言葉を返そうと口を開いたワズンだが、いまの気持ちを素直に言葉にすることができなかった。

 

 再び二人の間に静寂が訪れた。

 

 その二人のしんみりとした空気をぶち壊したのは、

「あーもう、じれったいですね」


 ワズンに仕えるクレイジーメイドであった。

 通路の物陰からにょっと生え出てくるように、ミュウは二人の前にその姿を現した。


 突然の彼女の登場に、思わずぎょっとする二人。

 

 レオナは、

「あ、あんた誰よッ!?」

 突然の乱入者に戸惑うが、

「そんなことはこの際どうでもいいです」

 ミュウはそれをバッサリと切って捨てた。


 取りつく島もない反応に、

「えっ、あ、うん……」

 レオナが押し切られる形となった。

 

 ワズンもミュウの乱入は想定していなかった。


 眉をひそめると、

「おまえ、いきなり――」

「黙らしてください」


 主人さえも慇懃無礼な一言で黙らせたミュウは、レオナへと正面から向き直った。

 

「そこの魔法少女。このワズンは貴方に協力を申し出るためだけにこの場にいるのです」

「協力? ……何を。彼が、彼こそが魔法協会、魔法少女の敵なのよ!」


 レオナは呆気にとられた表情を浮かべたあと、一転して怒気を浮かべた。


 しかし、ミュウは、

「本当に?」

 感情的になっていたレオナとは対照的にどこまでも冷静であった。

 

「え?」


 ミュウはただ淡々と、

「本当に彼が敵なんですか? それは貴方の出した答えなんですか? 与えられた答えをただ読み上げているだけではないのですか?」

「何を言って……。実際にワズンは”ワズンの四肢”たちへ指示を出して、町へ被害を出しているじゃない!」


 それに関してはまったくの冤罪であった。

 心当たりの”こ”の字もない。


「それを貴方はその目で見たのですか? その耳で聞いたのですか?」


 ミュウは、レオナの性根を見透かすようにその濁った黒目を細めた。


「そ、それは、ない、けど……」


 たじろぐレオナ。

 

「では、貴方は貴方の傍で貴方を支えた仲間より、見たことも聞いたこともない噂話を信じて仲間を売り飛ばすんですね。それはなんとも素敵な魔法少女ですね」

 

 痛烈な嫌味であった。

 無表情で淡々と吐かれた言葉には、笑い飛ばせない重みがあった。

 

「ち、ちがッ――!」

「何が違うのでしょうか? 貴方が言っていること、やっていることはそういうことです」


 ミュウはそうピシャリと言ってのけた。


「そ、それはそうかもしれないけど、で、でも、それじゃあ、あ、あたしはどうしたら……」


 レオナは混乱を隠せないでいた。

 ミュウの弁を鵜吞みにするほど、レオナとて愚かではない。

 しかし、同様にミュウの弁の言わんとすることがわからないほど馬鹿でもなかった。


 レオナの瞳の動きが彼女の心の揺らぎを現していた。

 

 ミュウはその揺らぎに漬け込むように、

「ここはどうでしょう? その行動でその真価を図られては?」

「いったい何を……」


 光を探すその瞳。

 そこに提示された一筋の光。

 

「ガンマの逮捕。それをもってこのワズンの誠意と受け取っていただくことはできないでしょうか?」

「おまえ、また勝手なことを……」


 ミュウは視線でワズンを黙らせた。

 

 レオナは揺れていた。

「ガンマの逮捕……」

「ここで誠意のためにいくら言葉を費やしても、その心の疑念は取れないでしょう。だから行動でそれを証明します、ね?」

「……あぁ」


 ぐりんと振り返って圧を与えてきたミュウに、ワズンは思わずだじろぎつつも、なんとか首を縦に動かした。


 レオナはたっぷりと時間をとったあと、再びワズンと視線を合わせた。

「ワン――ううん。ワズン。教えて本当のあなたを」

「……言っただろう。俺は魔法少女(おまえ)のファンだって。だから――全力で推し活させてくれ」

 

 その言葉が決め手だったのかもしれない。

 レオナの瞳から迷いの色が消えた。

 

 ワズンの方へとレオナは歩み寄る。

「変なの。やっぱりワズンは――ワンは変だよ」


 手の届く距離。

 触れてしまえば、壊れてしまいそうな美しい少女。

 それでいて、巨悪に正義の心で立ち向かう心清き少女。


 眩しかった。

 その輝きは今も色褪せていなかった。

 

「変なのは嫌いか?」


 レオナはゆっくりと首を横に振ると、

「ううん。嫌いじゃない」


 ワズンは目の前に立つレオナへと手を差し出した。

「見せつけてやろう。イビルに――そして世界に」


 ワズンは言葉を区切って息を吸い込んだ。

 

「魔法少女が――レオナがいかにすごいかってことを」

「……相変わらず買い被りすぎよ、もう」


 照れくさそうに顔を背けるレオナであったが、差し出したその手は握り返されていた。

 

 ふとキョロキョロと周囲に視線を送るレオナは、

「あれ? あのメイドは? さっきまですぐそこにいた気がしたんだけど」

「……いないな。いつの間にいなくなったんだか」


 周囲を見渡す二人だが、ミュウの姿がいつの間にか見えなくなっていた。

 

「聞きそびれたけど……彼女はワズンの恋人、だったりするの?」

「恋人? 俺とあいつが?」

 

 レオナの唐突な問いに、ワズンの口がぽかんと開いた。

 

「うん。二人の距離があたしのパパとママを見ているみたいで」

「……だとしたらレオナのパパさんとは仲良くできそうだな」


 ワズンは少し肩をすくめた。

 あんなのと添い遂げるなんて、それなんて罰ゲームだと言わんばかりに。

 

 レオナは声を潜めると、

「いつか……紹介、できたらいいな」

 

 魔法少女といっても、年頃の少女。

 両親からすれば我が子。いくら強かろうが、戦場に赴く子どもは心配でたまらないことだろう。

 

「そうだな。胸を張って自己紹介できるように俺もがんばるよ」

「……うん」


 レオナの頬はなぜだか少し赤らんでいた。

 

「レオナ、お前顔色が――」

「そ、そうと決まれば強化してもらうわ!」

「え、あ、ああ」

 レオナはかぶせ気味に言葉続ける。

「あたしの家に来て! 一緒にいると怪しまれるかもしれないから、別行動ね!」

「それは構わないが……」

「十五分――いや、三十分後ね! それじゃあ!」


 そう言うが早いか、レオナは脱兎のごとく駆けだしていった。

 魔法で身体強化したのだろう。あっという間にその背中が見えなくなる。


「相変わらずまじめだなレオナは……」

「相変わらずすっとぼけた人ですねご主人様は」


 独り言に素早く返ってくる返答。

 

 いつからそこにたのか。ワズンのすぐ斜め後ろにはミュウの姿。

 姿を消したのも唐突であれば、その出現もまた唐突であった。


 ワズンは呆れた様子で、

「お前、いつの間に? それにしてもお前の口の滑らかさにはほとほと脱帽したよ」


 ミュウは目を伏せると、

「若さとは迷い、戸惑うことです。決してそれは悪いことではありません。それらの葛藤なくして物語はありえません」

 

 その言葉にはどこか重みがあった。

 

「お前にもあったのか? そんな時期が」

「……あったのかもしれませんね」


 視線をあげたミュウは、今はもう見えなくなったレオナの走り去っていった方角を見つめていた。

 

 ミュウの表情は表情筋が死んでしまったかのように動かない。

 ときおり冗談や茶化す際に変化するものの、そこに喜怒哀楽の色はない。


 ワズンと彼女の付き合いは長い。

 表情こそ動かなくても、付き合いの長さからミュウの感情の機微の変化をなんとなく感じることができた。

 ワズンをからかうときに、感じる喜び。ワズンの言動に対する呆れなど。

 

 しかし、今はそのどれでもなかった。

 いつもどこかふざけた様子の彼女と違うまじめな雰囲気に、ひどく彼女が遠い人間であるように感じた。


「おい」

「はい? なんでしょう?」


 だからワズンは、

 

「そんな時期が『あった』って、もうお前も若くないんだな」


 ミュウが普段、自分に仕掛けるように言葉尻を捕らえてからかうことにした。

 言いがかりのような揚げ足取り。


 ワズンは自分でも子どもじみたことをしているとわかっていた。

 それでも自分の知らない彼女を見るのは、なんだか心がそわそわして落ち着かなかった。


「……どうしたんですか? 構ってほしいんですか? 最近私がいなくて寂しかったんですか?」


 そんなワズンの浅い考えはどうやらミュウにはお見通しのようだった。

 

 やっぱり勝てそうにはない。

 ワズンは肩をすくめながらそう思った。


 それでもどこか遠くに感じた彼女の雰囲気がワズンの知っている彼女に戻ったこと。

 それが今はなんだか無性に嬉しかった。



●二つ名に関するこぼれ話

二つ名は魔法協会から功績に応じて命名されることが多い。”ワズンの四肢”がその一例。

そのほかには自称して、のちにそれが公称となる場合もある。

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