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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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九話 催眠魔法の天敵《後》

 

 ワズンは足元を確かめるように、魔法刑務所の中を歩いていた。

 これから自分が何をしようとしているのかを、それが何をもたらすのかを考えながら。


 窓一つない刑務所の中では、時間という感覚をどこか失いそうになる。

 室内はいやというほど、魔具による明りに照らされていた。影を許さないような徹底ぶりで、室内では人影すらまともにできない。

 

 常に明るく照らされた通路に響く四つの足音。


 先頭を歩くレオナは左右に広がる囚人たちの雑居房に目移りしていた。厳重なつくりの房の扉の隙間から見える囚人たちの姿。

 房の中、囚人たちの首にはそろって赤のチョーカーが巻かれていた。目を凝らすと、チョーカーの赤はびっしりと書き込まれた文字や紋様であった。

 

 レオナは隣を歩いていたエータの耳元に口を寄せた。

「ここにいるのはみんな魔法犯罪者?」

「うん。そうなの。レオナちゃんは初めてなの?」


 どこか緊張した様子のレオナと、普段と変わらない飄々とした様子のエータ。

 囚人たちは物珍しそうにワズンたち一向に視線を送る者もいれば、興味なさそうに座る者もいた。

 中にはレオナたち若い女性に興奮した者もいたが、そちらはすぐに看守たちによって力づくで鎮静化された。


「うん。あたしは初めて。エータは?」

「私はこの施設の管理を部分的に任されているからときどき来るの。この施設の建設には魔法少女も関わっているの。だからその名残で今も魔法協会の職員と魔法少女で共同管理しているの」

「そうなんだ。目的の捕らえた侵入者っていうのはこの先?」

「うん。でも、この地上階じゃなく地下にいるの」

 

 その後ろを歩くのはエリダとワズン。

「ワンさん、でよかったでしょうか?」

「あぁ、俺のほうこそエリダ、と呼んでもいいか? それともエリダ様のほうがいいか?」

 

 隣を歩く銀髪銀眼の美少女は、読心魔法の使い手と語らずともどこか浮世離れした様子があった。

 

「エリダ、と気軽にお呼びください。私たちは共に戦うお仲間なのですから」

「わかった、エリダ」


 四人は通路の突き当りに差しかかかる。

 その先には螺旋状の階段が続いていた。


 巡回の看守たちと挨拶を交わし、四人は立ち止まらずに階段を下りる。


 コツコツ、コツコツ、コツコツ、コツコツ。


 四つの足音が交響曲のように混ざり合い、螺旋階段に反響する。


「この先の地下区画では魔法犯罪者の中でも重犯罪者たちが逮捕されているんだよね?」


 レオナの言葉に口を開いたのはエリダであった。

「そうですね。この先はいっそう厳重な警備が敷かれています。刑務官の皆様も少し気を張り詰めておりますので、あまり刺激されないようにだけお願いしますね」

 

 エリダの言葉に、振り返りながら話を聞いていたレオナがブンブンと首を縦に振った。

 

「エリダちゃんは来たことあるの?」

「はい。読心魔法の関係で重要人物が収監されると、足を運ぶことがあります」

「やっぱり読心魔法はすごいの。私も使ってみたいの」

「……いいことばかりじゃないですけどね」


 ずいぶんと寂しそうに笑うエリダが印象的であった。


 レオナもそれに気がついたのだろう。

「それって――」

「レオナさん、つきましたよ。足元に気を付けてください」


 遮るようなエリダの声に、レオナは慌てて前を見ると、階段が続くと思って踏み出した足の軌道を修正した。


 四人が螺旋階段を抜け、たどり着いた地下区画。

 地上階と同じく影ができないように、四方から照らしだされた通路と、囚人たちの収監されている監房。各犯罪者たちの収監されている独房は、地上のそれより大きく、また房ごとの距離も離れていた。

 さらに房には物理的な扉がなく、光の膜のようなものが通路と独房を隔てており、雑居房と異なり、中の様子が通路から丸見えであった。

 

 四人が目的の部屋と歩き進めると、

 

『魔法少女ーー!!』

 

 少女特有の甲高い声が、独房の一つから聞こえてきた。

 ぎょっとする一行を尻目に、その少女は狂ったように独房の光の膜を叩き始める。

 

『魔法少女ッ、魔法少女ッ! 魔法少女ーーッ!!』

「こら! 暴れるな! おい! こいつ呪いが効いていないのか!」

 

 騒ぎを聞きつけた看守たちが文字通り飛んでくる。

 

「彼女が――」

「”ワズンの四肢”△△。私とエリダちゃんで捕まえたの。あのときエリダちゃんがその場にいなければどうなっていたかわからなかったの」


 エータの言葉に、強敵でしたね、と振り返るようにエリダは言葉を紡いだ。


 ワンたち一行の視線の先、△△の首に巻かれたチョーカー。

 そこにびっしりと記された文字や紋様が不気味に赤く光っているのが見えた。


「あの首に巻かれているのって?」

「あれは魔法犯罪者への拘束具の一つなの。対象者が魔力をうまく練られないようにするのと、魔力を練ろうとすると痛みが走る役割があるの」

「魔力を練ろうとすると、痛みに慣れている歴戦の兵士でも泣くほどの痛みが走るのですけどね」


 △△の首元のチョーカーは今や眩しいほどに赤く光っていた。

 看守の警告も何のその。彼女は血走った眼で光の膜に張り付くと、叫びながら狂ったように膜を叩き続けている。


 ワズンは三人の会話を聞きつつ、目の前の妹の存在に内心では冷や汗を流していた。

 ー―しまった……! すっかり忘れていた……!

 

 三人の後ろに隠れるように立ち、かつ、△△の視線から逃れるように半身となる。

 

 興奮した△△は、どうやら自分を牢にぶちこんだエータとエリダに夢中の様子。

 チョーカーによる拘束も幸いしてか、気づかれた様子はなかった。


 やがて痺れを切らした看守たちが、通路から△△のいる独房へと魔法をぶちこむと、それをもろに受けた△△は吹き飛ばされた動かなくなった。

 しかし、目を凝らすと胸が上下していることからまだ生きてはいるようだ。


 彼女はそう簡単にくたばるタマではない。

 そのことはワズンが一番よく知っていた。


「この光の膜は内部からの魔力は遮断して、外部からの魔法は通過させるの」

 

 エータが施設の魔法を説明しているときであった。

 突如としてけたたましい警報音が施設内へと鳴り響いた。


 耳を抑えたくなるような警報音に、四人はすぐに周囲を警戒する。

 そこは場数を踏んでいる魔法少女たち。三人が三人、背中を合わせるように立ち位置を素早く変えて、険しい視線を周囲へ走らせる。

 

 看守たちも慌てた様子で、周囲を駆けまわっていた。


 誰かの叫ぶ声が通路に木霊した。

「イビルの襲撃だ!」

 

 建物が大きく揺れた。

 通路を照らす魔法石の光が一瞬途切れるほどの衝撃であった。

 

「私とエリダちゃんは地上の応援に行くの」

「レオナさんとワンさんは先に行って、その身柄を確保していただけますか? イビルの狙いはきっとワズンに近しい彼女の身柄だと思いますので」


 エータとエリダの二人は立ち止まって、元来た道へと振り返った。


 それを傍目にワズンは、

「わかった。レオナ行こう」

「うん!」


 エータとエリダを背後に残し、ワズンは駆けだした。

 その後ろをぴったりと伴走するレオナ。


「目的の部屋はどこだ!?」

「次の角を左に曲がって、一番右奥の独房!」

 

 ――もうすぐだッ!


 あとは――


「レオナ」

「なに?」

 

 ――レオナをこの場から引き離すだけ。


 彼女とミュウを合わせるわけにはいかない。


 ワズンは走りながらその手に魔力を込める。


 チラリと振り返って後ろを確認すると、エータとエリダの姿はすでに見えない。

 同様に視界には看守たちの姿もすでに見当たらなかった。


 ワズンが周囲を気にしていることに気がついたレオナは、

「どうかした?」

「いや――」


 ――条件が整っただけだ。

 

 認識の誤認を与える程度の催眠魔法であれば、仕込みがなくても朝飯前である。

 ワズンは走りながら半身になって、すぐ後ろを駆けるレオナの前に手をかざすと、手に込めた魔力を開放する。


 レオナが驚いた表情を浮かべるがもう遅い。

 その勝気な碧眼が一瞬だけトロンと生気を失う。


 それを確認するとワズンは再び前を向いて走り出す。


「いったい何?」

「いや、気のせいだ。虫がいたような気がしたんだ」


 それも刹那のこと。

 すぐにその瞳は美しい碧の輝きを取り戻した。


 通路の角に差し掛かる。

 ワズンは予定通り左に、レオナは()へと曲がった。


 ワズンは駆けながら、反対方向に駆けだしたレオナの様子を伺うと、虚空に向かって話しかけながら小さくなっていく彼女の背中が見えた。


 レオナには、彼女の横を駆けるワズンの姿が見ていることだろう。

 彼女にかけた催眠は、左右の反転とワズンが隣にいるというもの。


 それも長くは続かないだろう。

 彼女が目的の部屋だと認識している部屋にたどり着けば、違和感に気がつくはずだ。


 催眠は絶対的なものではない。


 それをワズンはよく知っていた。

 ワズンはレオナが催眠から目覚める前に、ミュウをこの場から解放する必要があった。

 例えその結果、イビルの一味と疑われることになろうとも。


 ミュウに読心魔法を使われれば、疑われるどころの騒ぎではない。


 ワズンはイビルの活動を快く思っていないが、周囲はそうだとは思っていない。むしろ、ワズンこそが兄弟姉妹を率いて、勢力を拡大している悪の総帥と認識しているのだ。


 荒い息を吐きながらワズンは、

「どこだッ、ミューッ……!」

 

 通路の右奥の独房へ向かってひた走る。

 体に脈打つ鼓動が耳まで届き、喉が焼けるような痛みに襲われる。

 走る姿勢も当に崩れ、焦る思いに反して、その足はなかなか前に進まない。飲み込んだ唾が痛い。


 それでもなんとか目的の独房までたどり着いた。

 たどり着いた達成感から、独房の前で立ち止まるとそれまでの疲労がどっと襲い掛かってくる。


 腰を折り、震える両膝を抑えるように手を置くと、荒い呼吸を繰り返す。

 のどの痛み、脳まで響く心臓の鼓動が一段と激しさを増した気がした。


 努めて深呼吸を繰り返すと、幾分かして気分が持ち直してくる。

 最後に大きく長い一息を吐き出すと、ようやくワズンはその顔をあげることができた。

 

 ミュウが確保されている部屋。

 ミュウが確保されていると知らされた部屋。

 

 そこにいたのは――


 

 ミュウとは似ても似つかない、初めて見る妙齢の女性であった。

 

 

 ――誰だ?

 

 

 愕然とするワズンの後ろから声がする。


 それは巻いたはずの三人の魔法少女たちの声。

 その声音にはすでに仲間へと向ける温かさはなかった。


 振り返った先には道をふさぐように立つ魔法少女たち。

 

 レオナが一歩前に踏み出した。

「侵入者を拿捕したというのは嘘よ」


 レオナに続くようにエータが、

「本当の目的は、読心魔法で宝石商の会長の記憶を読み取ることなの」


 最後にエリダもまた、

「ところでワンさん? あなたがなぜ彼の記憶にいるのでしょうか?」


 ワズンはどこかで足元の砕ける音が聞こえた気がした。

 


●看守に関するこぼれ話

魔法刑務所の看守は、国家に属する軍人。

魔法刑務所の所有権は魔法協会ではなく、国家が保有している。

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