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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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九話 催眠魔法の天敵《前》


 魔法刑務所への侵入者を捕まえた。


 その知らせをエータがもたらしてからというもの――

 

「レオナちゃん」

「レオナちゃん、レオナちゃん」

「レオナちゃんレオナちゃんレオナちゃん」


 ――どこにいくにもエータがワズンの前へと現れるようになった。

 

 挑発のつもりだろうか。

 エータはそのたびにものありげな視線をワズンへ送る。


 この日、ワズン、レオナ、エータの三人は魔法協会の魔法少女に与えられた待機所で向かい合って座っていた。

 ワズンの座る長椅子に机を挟んで、レオナとエータが向かい合う形である。

 

「エータ。最近よくわたしのところにいるけど、エータの担当している区画は大丈夫?」

 

 来てくれるのは嬉しいけど……、と言葉を続けるレオナに、

「うん。私のところは最近大人しいから大丈夫なの。それより、ワズンの手がかりが手に入った今がイビルに反撃する絶好の好機なの。ワンはどう思うの?」

「あぁ、間違いない――捕まえた侵入者は口を割ったか?」


「ううん、まだ。でも、それも時間の問題なの」

 

 ワズンの言葉に答えたエータは何やら自信ありげであった。

 

 レオナは、

「なにかエータに策があるの?」

 身を乗り出してそう尋ねた。

 

「読心魔法が使える魔法少女の手がやっと空いたの」

「読心、魔法?」


 ワズンにはその名前に聞き覚えがあった。

 ――読心魔法。


 それは文字通り対象の心を読み取る魔法。

 ワズンのほかに使い手の見当たらない催眠魔法のように、それ自体が稀有な魔法。

 

 その魔法は触れた相手の心を読み取るともいわれている。

 その魔法の前では隠し事は無意味。それゆえに、尋問ではその力は重宝され、各所で引っ張りだことも。

 しかし、その存在はまことしやかに囁かれてきたが、実際に表舞台に出てきたことはなく、その魔法の存在だけが世間で独り歩きしている状況であった。


「うん。読心魔法は相手の心をのぞき込むの。何を思うのか、何を見たのか、何を聞いたのか。相手の心に浮かぶ景色を全部」

「そんな魔法もあるんだね。ワンは知ってた?」

「存在だけはな。読心魔法と呼ばれる魔法が存在する、という噂は知っているけど、ただそれだけだ。その担い手を見たことはない」


 なにせ噂ばかりで魔法自体は表舞台に出てこないのだ。

 

「その彼女が今日にでも到着するの。彼女の前ではいかなる黙秘は意味をなさないの」


 エータの言葉に、レオナは表情を輝かせ立ち上がった。

 

「それじゃあ――」

「うん。これまで謎に包まれていたワズンの正体がいよいよわかるの」


 エータは意味深な視線をワズンへと送る。


 ワズンはそれを平静を装って受け流す。

 ――ここにいるんだけどな。


 噂がどこまで本当かはわからないが、エータの話したことが本当だとすると、読心魔法使いとミュウの接触はワズンをいよいよ進退窮まった状況へと追い込むことだろう。


 それを妨げようにも、ワズンには切る手札がなかった。


 ――ミュー。お前は本当に捕まったのか?


 あの破戒メイドがそう簡単に捕まるとは思えないが、エータからもたらされた魔法刑務所への侵入者拿捕の連絡以降、ぷつりと彼女の消息が途絶えていた。


 エータにイビルとの関与を疑われている今のこの状況で、直接的な接触を図るわけにはいかず、ワズンにできることと言えば、催眠魔法をかけた魔法協会の職員から日ごと虜囚について聞き出すことだけであった。


「レオナちゃんには彼女の警護をお願いすることになると思うの。読心魔法を使っているときは、彼女は無防備になるの。だから、イビルが取り返しに来るとしたらその隙を狙ってくると思うの。いくら心が読めてもそれを伝える前に口封じをされたら意味ないの」

 

 レオナは両手で握り拳を作り、意気込むと、

「わかったわ、任せて」

 むん、と可愛らしく気合を入れていた。


「ワンはどうするの?」

 

 ――誘っているのか?

 ワズンは平静を装う裏で、頭を回転させる。

 エータの発言の意図を。発言の裏を。

 

 しかし、考える時間というものはいつもそうやすやすと与えられなどしない。

 

 エータは深く微笑んで、

「来てくれる、の?」

「……あぁ、もちろんだとも」

 ワズンの参戦を聞いてレオナは、

「ワンは前に出ないでね。ワズンを見かけたらあたしたちに教えて」

「たよりにしているよ」


 その言葉の真意はその言葉の反対側にあった。


「それでその魔法少女の名前は?」

「彼女はエリダっていうの」


 ワズンはそれを聞いて合点がいった。


 名前ばかりが独り歩きする魔法少女エリダ。

 名前ばかりが独り歩きする謎多き読心魔法。


 点と点がつながった。

 エリダこそがその読心魔法の担い手であったのだ。


 ワズンがつなぎ合わせてできた線に驚いていると、突如として部屋の中央に設置された魔法石が光り輝いた。


 続いて室内に女職員の声が響き渡る。

『――魔法少女レオナ、エータ。聞こえますか?』

「はい。聞こえています」

「うん、聞こえているの」


 女職員のどこか固い声音に、室内の空気が張り詰める。


『こちらは緊急依頼です。魔法協会本部より、捕虜の尋問のために魔法少女エリダが来られます。二人には尋問が終わるまで彼女の警護をお願いします』

「わかりました!」

「わかったの」


 魔法少女エリダ――それが読心魔法の使い手の名前。

 そして、まさにこれからワズンの前に立ちふさがる障害。


『ワンさんは――』

「彼も連れて行くの。彼の魔法によるレオナの強化と、場合によっては私の強化も必要になるかもしれないの」

『かしこまりました。くれぐれも気をつけてくださいね』

「あぁ、善処するよ」


 そのあと、いくつかの注意事項を受けて、通信は終わった。

 

「じゃあ、行こうか」


 ――まだ見ぬ魔法少女(エリダ)の顔を見に。

 

 三人は立ち上がると、部屋を後にする。

 魔法協会の廊下を歩く三人は、一階の受付を目指す。

 

 その途中でレオナは悪戯っぽく微笑むと、ワズンの顔をのぞき込む。

 

「乗り気だね、ワン。やっぱりファンとしては気になる?」

「ん? あぁ、そんなところだ」


 ミュウの件を抜きにしても、ワズンはエリダに興味をもっていた。


 ワズンがエリダに思いを馳せていると、

「魔法少女の中では誰が一番なの?」


 なかなか答えづらいを質問をエータは容赦なく突っ込んできた。


 魔法少女にはそれぞれ違った魅力がある。

 例えば、レオナとエータ。二人とも美少女であるという点は共通しているが、その内容は全く違う。

 レオナは、勝気で活発的だけれど、実は打たれ弱い。

 エータは、内気で研究肌だけれど、実は度胸がある。

 

「一番って……。みんな一番だよ、俺にとっては」


 無難に答えるワズンであったが、

「えー、特にこの子! みたいなのはいないの? つまんなーい」

「答えが浅いのー」


 肝心の魔法少女たちからの反応は不評であった。

 その場を取り繕うためのおためごかしに聞こえたのだろう。

 しかし、それはまぎれもない事実であった。


 不満げにぶーぶーと口をとがらせる二人に、ワズンは首の後ろに手を当てながらその首をかしげる。


 やがて三人が階段を降りると、共有空間の騒がしさが次第に三人を包み込んだ。

 この日も大勢の冒険者たちで共有空間はあふれかえっていた。


「パッと見ただけだと、中級冒険者がごそっと減ったとは思えんな」

「うーん、そう? あたしから見たらやっぱり強い人が少なくなったな、って思うんだけど。エータはどう思う?」

「私もレオナちゃんに同意なの――わかる人にはわかるの」


 エータに言外に、お前はそうではない、と言われてワズンは鼻白む。

 実際にその通りなのだが、その言葉にはどこか棘があった。

 

 ワズンが人知れずショボンとしながら歩き続けていると、受付へとたどり着いた。


 受付の男性職員は三人の顔を見るなり、

「お待ちしておりました」

 そう言って三人を一階にある別室へと案内した。


「ここで少々お待ち下さい。まもなくエリダ様がいらっしゃいます」

 

 ――エリダ、様?


 魔法少女と言えば、魔法協会の運用する一組織。

 その成り立ちゆえに、基本的には魔法協会の方が立場は強い。

 

 にもかかわらず、エリダは敬称をつけられるほどの人物。

 状況が状況だというのにも関わらず、エリダに俄然興味が湧いてきた。

 

 三人が案内された部屋の長椅子に並んで座っていると、しばらくして扉をノックする音が室内へと響いた。


『入ってもよろしいでしょうか?』

「ど、どうぞ」


 入室の許可を求める声に、レオナが代表して言葉を返した。


 扉の軋む音とともにその声の主がその姿を現す。

 そこにいたのは――輝くような銀髪銀眼の透き通るような美少女。

 レースのついた白を基調とするワンピース状のドレスは、露出が少ないにも関わらず彼女の女性としての魅力を余すことなく伝えている。

 丸みのあるシルエット。たしかな胸のふくらみ、くびれた腰に、ワンピースの裾からのぞくすらっと長い手足。


「はじめまして。(わたくし)はエリダと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 元気印の美少女のレオナとも、ダウナー系の美少女のエータとも違う、不思議な魅力の美少女。

 それがワズンのエリダに抱いた第一印象であった。

 

 加えて――なぜだろうか。

 腰にかかろうかという長さの銀髪を揺らし、しゃなりしゃなりと歩くエリダを見て、ワズンは不思議と初めてその姿を見た気がしなかった。

 

 エリダがつい目の前まで近づいたとき、

 「俺たちどこかであったことあるか?」


 思わず漏れた心の声。


「さいてー」

「ナンパ野郎なの」


 同伴していた魔法少女たちから冷たい視線を浴びせられ、ワズンははたと我に返った。


「い、いやそういうつもりじゃ……」

「そうなんですか?」


 なぜかガッカリとした様子を見せるエリダに、

「あ、あぁ、別にナンパしたわけじゃ――」

「怪しいの。エリダちゃん、読心魔法を使うときなの」


 ――ここで!?

 予期せぬ身バレの窮地にワズンは目を剥いた。


 エータの言葉に呼応するようにエリダは、

「では、早速――」

 などと言いながら、両手をワズンへとかざすと、それっぽい構えを見せ始めた。

 

 それをまじかで見たワズンは、

 

 ――あ、おわった。


 諦観の念に入ったワズンであったが、

「――なんちゃって。実は読心魔法って術者への負担が大きくて、三日に一回しか使えないんです」


 そう言ってエリダはペロリと小さな赤い舌をのぞかせた。

 エリダは楚々としたお嬢様の見た目からは想像がつかないが、初対面の人物に冗談をかますぐらいには茶目っ気があるようだ。


 「ちぇー、つまんないのー」

 エリダの冗談とエータの不満を聞いて、レオナが笑みを零す。

 レオナの笑みを発端に、伝播するようにエリダとエータの顔にも笑みが浮かんだ。

 

 その場の空気に釣られるように口角をあげるワズンであったが、

 ――い、命拾いした……。


 その内心では全く笑えていないのであった。



●魔法協会に関するこぼれ話

本部と支部の関係は基本的にフランチャイズに近い。

魔法協会の支部開設にあたり、一から各地に支部を立てたのではなく、現地のノウハウを持っている商社、商会と時の魔法協会本部が提携してはじまったのが支部の始まり(例外あり)。

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