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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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八話 催眠魔法の代償《後》


 綺麗なお辞儀でワズンの帰宅を出迎えたのはミュウであった。

 

「お帰りさないませご主人様」


 ミュウに上着を受け取らせ、ワズンは部屋の中央に陣取るソファへと深く腰掛けた。

 

「お風呂にします? ご飯にします? それとも――」

「先に連絡事項を聞こう」


 ワズンはミュウの話を遮って報告を求める。

 

「かしこまりました。ではその後で――」

 ミュウはワズンの隣でメイド服のスカートの左裾を掴んでしなを作る。


 異性の劣情を誘うような扇情的な姿勢。

 メイド服の上からでもわかる女性的な丸みを帯びた体形。それでいて、引き締まるところは締まっている。

 表情にその感情が浮かんでいれば、男であれば抗うことは難しかっただろう。

 

「風呂に入ろう」

「それから――」

 今度はメイド服のスカートの右裾を掴んでしなを作る。


 整ったミュウの顔には劣情の『れ』の字もない。

 その黒の瞳は相変わらず死んだ魚のように生気がない。それがこの状況では退廃的な雰囲気を醸しだしていた。


 しかし、ワズンは動じない。

 

「飯だ。それからは就寝だ」

「それでは――」

 スカートの両裾を掴み持ち上げると、普段はその奥に隠されたガーターベルトがゆるやかに露になる。そして、そのシミ一つない瑞々しい肌も。

 

 しかし、

「お前の出る幕はない」

 ピシャっと言い切った。


 ワズンの反応はまったくもって淡泊なものであった。


 その反応を見たミュウはスカートから手を放し、ちぇー、と器用に無表情のまま悪態をつく。

 

 このやり取りはこの日に限った話ではなかった。

 毎日のように行われている出迎えの挨拶。

 最初こそうろたえていたワズンであったが、一か月も続けば扱いもおざなりになるというもの。


「それで?」


 ワズンが再度報告を促すと、

「協会の一部でご主人様の動きをいぶかしむ声があがっております」

「……なんだと?」


 ワズンは腰かけた椅子から身を起こして、ミュウの顔を見上げた。

 

「ご主人様がイビルの関係者ではないかとの声が広がっております」

「次から次へと……」


 ワズンは舌打ちをすると、再び椅子に深く座り込んだ。

 

「ご主人様の方でも何か?」

「催眠魔法の存在がばれつつある。エータが俺の魔法に疑念を持っている。協会の一部が騒いでいるのは彼女から何か聞いたのやもしれん」


 ワズンがため息を吐く。

 魔法協会という組織に魔法を解析する者がいるのは知っていたが、まさかそれがエータだとは予想していなかった。

 

 それを見たミュウは、

「――消しますか?」


 ワズンがミュウをにらめつける。

 誰が誰を消そうというのか。

 

「魔法少女を? 馬鹿か。魔法少女に手を出したらお前から消してやる――と冗談はおいて、俺は次からは当分戦場に出ることは控えよう。魔法少女の活躍を間近で見られる特等席だったのだがな」


 魔法協会の撮影班よりも近くの距離で、生の魔法少女の活躍する姿が見られるのだ。

 それがしばらく見られるなるのはつらいものがある。

 しかし、それも一時。一時の我慢である。噂がなくなるまで辛抱すれば、あとは好きなだけ特等席を楽しめるのだ。


 我慢もご馳走を楽しむ香辛料だと思えばどうってことはない。

 

「噂の対処はいかがなさいましょう?」

「出所を調べ上げて始末しろ。証拠さえなければどうとでもできる」


 魔法協会の職員も催眠魔法で取り込んでいく算段だ。

 懐に入り込んだ以上はやりようはいくらでもある。それより面倒な芽は早めに摘むに限る。

 

「それと俺が催眠魔法をかけた宝石商がいたな。あれもまとめて始末しろ。これ以上解析されると面倒なことになるやもしれん」

「魔法協会の後援者の宝石商店の元会長ですね。承知しました」


 素直に殺しておくべきだったか、と呟くワズンであったが、すぐにそれを今言っても仕方ないことに気がつき、その小さな後悔を振り払うように小さくその頭を振った。

 

 ワズンはミュウに視線を送ると、

「場所は魔法刑務所だ」

「かしこまりました」

 ミュウは恭しくその頭を下げた。


 ――あとはエータだ。

 彼女をどうするか。自身(ワン)がワズンだということまでは気がついていない様子だが、何かを探っている様子であった。

 正体にたどり着くのも時間の問題かもしれない。

 

「魔法少女の周りの羽虫を黙らせるために使った催眠魔法がこうも足を引っ張るとはな」


 ワズンはやれやれと額に手を当てると、再度首を横に振った。

 

「次は魔法少女エータを?」

「あぁ。しかし、どうやって催眠魔法をかけるかだな」

「既に主だった魔法少女たちには催眠魔法は行使済みではなかったでしたか?」


 ワズンは魔法少女のほとんどに催眠魔法による暗示をかけていた。

 その一例が『俺が目を見て信じて欲しいと言ったときは信じるべき』というもの。

 

「あぁ、その通りだ。だが今は当時と状況が違う。催眠魔法は相手の心理状態に大きく依存する。現状、警戒されている状態というのはかなり分が悪い。これならいち小市民の立場から魔法をかけた方がまだマシだ」


 むしろ、以前に催眠魔法をかけた自分をほめるべきか。

 いずれにせよ、今のエータに催眠魔法をかけるのは、並大抵なことではなかった。

 

 §

 

 魔法協会。

 魔法少女の待機所として貸与されている広々とした一室。

 

 今はワズン以外に誰もいない空間。


 ワズンは部屋の中心部に置かれた長椅子へと腰かけ、部屋の中央に設置された映像通信魔具を眺めていた。


 その視線の先では、魔法少女たちの活躍を喧伝する魔法協会の下部組織、魔法放送局の職員。

『――近頃イビルの活動は激しさを増していますが、魔法少女たちの活躍により平和は保たれています』


 リアルタイムで放送されることも多い魔法放送局であるが、この日はこれまでの魔法少女の活躍を振り返る特集が組まれていた。


『相棒制度が導入されてから一月。彼女たちの活躍は目を見張るばかりです。さて、ではここでこれまでの相棒ランクを振り返ってみましょう―ー』


 そうして、次々と紹介されていく魔法少女とその相棒たち。

 やはりというか、魔法少女の相棒は女性で構成されていた。

 

『――最後に紹介するのは、現在の相棒ランク一位。イビルの襲撃を最も受けている地区を拠点に活動する魔法少女レオナ。そして、その相棒はなんと相棒唯一の男性であるワン。彼女たちの功績は群を抜いて素晴らしく、彼女たちはこの町の英雄(ヒーロー)です』

 

 報道の内容に満足そうにワズンは頷く。


『本日はそんな相棒ランク一位のレオナさんに、この放送現場まで足を運んでいただいております』


 職員の言葉を合図に画面の外側から登場したのは、金髪碧眼の美少女レオナ。

 彼女が好んで結うツーサイドアップの髪型はいつも通りだが、広報活動の一環だからだろうか、その服装はかなりめかしこまれており、いつもより濃い目に化粧も施されていた。


 どこか緊張した様子のレオナは、ぎこちない動作で職員の隣に並び立つと、

『どうも。魔法少女のレオナです』

 

 画面に向かってぺこりと軽くその頭を下げた。

 

『そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。我々はイビルではありませんので――』

 職員の冗談で画面の中で笑い声が上がった。


 レオナも口元に指をあてて、クスリと笑みを漏らした。

 

 レオナはどちらかというと、お洒落やお化粧には無頓着である。

 平民でのレオナはドレスと言った着飾ることに慣れておらず、普段の化粧は元の顔立ちがいいこともあるだろうが、必要最低限であった。


 おそらく魔法協会の職員のしわざであろう。

 

 ワズンがレオナに強化(バフ)をかけ始めて一か月の月日が流れた。

 その間にたびたびイビルの襲撃が世間を賑やかせており、そのたびに魔法少女たちがこれを鎮圧。


 その中でもレオナの活躍は目覚ましかった。

 そして、その活躍の陰にはワズンの催眠魔法による支援があった。


 その甲斐あって、今では魔法少女の中でもレオナの存在は頭一つ抜きんでることになった。

 

 レオナのインタビューが終わると、別の地区で発生したイビルの事件とその鎮圧に駆り出された魔法少女へと映像が切り替わる。


 最後まで戦いを見届けたワズンにとって残念なことに、魔法少女は今回出没したイビルの戦闘員に破れてしまった。

 しかし、イビルを撤退させることには成功したようで、現地では歓声があがっており、魔法少女の活躍を称える声が上がっていた。

 

 魔法少女の戦闘後は、今回の被害状況や注意喚起などが放送されるのがお決まりであった。

 ぼんやりとソファに腰かけてそれを眺めていたワズンであったが、部屋の扉が開かれると、その腰を上げて来訪者を迎え入れた。

 

「おかえり、レオナ」

「ただいま。ワン」


 部屋に入ってきたのは一仕事終えたレオナであった。

 収録現場からそのまま帰ってきたようだ。映像で見たドレスのままであった。


「でも、わざわざ待ってなくてもよかったのに」

「俺がそうしたかったんだ」


 画面の中にいた魔法少女(おし)が、いま目の前にいる。

 その事実がワズンの心を弾ませる。

 

 ワズンは浮かれそうな声音を抑え、

「それより魔法の調子はどうだ?」

「相変わらずワンの精神魔法は最高よ! 今なら前みたいに”ワズンの四肢”に遅れなんてとらないんだからッ!」


 レオナは笑みを零すと、ワズンの隣にその身を躍らせ、二人並んでソファへと座り込む。


 ワズンの知らないところで”ワズンの四肢”と呼ばれている四人の兄弟姉妹。

 妹こそ魔法刑務所に収監されているが、他の三人はいまだに現役で猛威を振るっていた。

 

「それは頼もしい限りだな」


 その後も、ワズンがレオナと他愛ない話に華を咲かせていると、突然部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 

 驚く二人の視線先、大股で部屋へと足を踏み入れたのエータであった。

 日ごろは飄々とした雰囲気の彼女だが、今の彼女はどこか興奮している様子。その頬は紅潮し、鼻息も荒い。

 

 大股で二人の座るソファまで歩み寄ったエータは、

「レオナちゃん。よく聞くの。イビルの幹部の側近を捕まえたかもしれないの」

 


 ――は?

 


「どういうこと?」

「レオナちゃんが出撃している間に、魔法刑務所がイビルに狙われたの」

「えっ!?」


 おそらくミュウだろう。

 会長の始末の指示を出した翌日より彼女の姿を見ていなかった。

 

「ワズンの狙いはおそらく魔法刑務所にいる例の宝石商の元会長の口封じなの。現れた刺客は凄腕の魔法使いで、私ひとりじゃ多分勝てなかったの。でも、幸い魔法刑務所に他の魔法少女がいて、彼女の力を借りて刺客を掴まえたの」


 ――ばかなッ!?

 

 思わず立ち上がりそうになった足を必死に自制する。

 ――ミュウが失敗した? ミュウが?


 ブラフの可能性もある。ことは慎重に動かなければならない。

 理性がそれを理解しても、思考は真っ白に染めあげられる。

 

「わざわざ魔法刑務所を狙った意味があると思うの。魔法協会の推察ではおそらくワズンは魔法を解析されるのを嫌がったんじゃないか、って」


 ――まずい。

 

「じゃあ、会長さんはもしかしてワズンと面識がある?」

「その可能性が高いの」


 ――まずいまずいまずい。


「――ねぇ、ワンはどう思うの?」


 流し目を視線を送るエータに、ワズンは背筋に冷たいものが走った。

 純粋にワズンの意見を聞きたがっているレオナの視線に対して、エータの視線には疑念があった。


 その視線を見て改めて確信した。

 ――エータは、俺を疑っている……!!



●魔法刑務所に関するこぼれ話

魔法犯罪者に特化して作られた刑務所。

元は別に一般刑務所があったが、今は取り壊されて魔法刑務所へと一体化された。

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