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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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八話 催眠魔法の代償《前》


 ワズンは戦場を見下ろしていた。

 

 舞台は市街地。

 ワズンの視線の先では、魔法少女と悪の秘密結社イビルの戦闘員たちが激しくぶつかり合っていた。

 下級戦闘員たちはあらかたレオナの手で倒され、今はこの戦場の司令官である中級戦闘員とレオナが真っ向からしのぎを削っていた。


「これで終わりにするんだから!」

「何度やっても同じことよ」


 魔法装束に身を包んだレオナと向き合うのは、全身を重厚な鎧に身を包んだ中級戦闘員の重戦士。

 魔法協会支部に残された過去の交戦記録によると、重戦士の身にまとった対魔法加工が施されたその鎧は、一定以下の魔法を無効化する。その鎧に加えて、接近戦に優れた重戦士は、魔法少女に大規模な魔法を与える隙を与えない。


 ワズンに直接的な戦闘能力はないため、少し離れたところで戦況を静観していた。

 催眠魔法による強化(バフ)の成果を確かめるために、魔法少女であるレオナに随行したのだ。


 今回の敵は初見というわけではなく、度々魔法少女と衝突しており、そのたびに取り逃がしていた要注意人物だった。

 イビルの活動に消極的なワズンもその存在を認知していた。それほど中級戦闘員の中でもその力は突出していた。

 

 その中級戦闘員は、剣を用いた魔法を得手とする重戦士。

 どういう経緯でイビルへ参加したのかはわからないが、総帥である両親が見出した人物である。

 

 戦況はレオナの圧倒的な優勢だった。

 レオナが魔法を放つたびに、重戦士は手傷を負い、じりじりと後退していく。


 ワズンは知っていた。

 彼ら戦闘員には撤退の二文字が許されていないことを。

 

 彼らは与えられた任務を遂行するまで戦い続けるように教育されている。

 ゆえに逃げない。逃げられない。例え、相手に勝てないとわかっていても。


 幾度目かの追撃で、重戦士とレオナ、ワズンの立ち位置が線となって重なった。

 レオナをはさんで、ワズンは膝を折った重戦士を見下ろしていると、その視線が返ってきた。

 

 どれだけレオナに圧倒されても静まっていた瞳に、はじめて動揺の色が浮かぶ。

「な、なぜ……?」


 それに言葉を返したのはレオナだった。

 レオナは両手を前に構えると、その手の前に魔力の光が収束する。

 

「これまでのあたしとは違うわ!」


 目も眩むような光がその手から放たれた。


 極大のまばゆい魔法の光が、膝を折った重戦士を包みこむ。

 レオナの魔法が鎧に触れた刹那。抗うように、ばち、っと音をたてたが、それもすぐに光の波に飲み込まれていった。


 光の奔流のあとには、何一つ残らなかった。

 

「……やった。やった! やったよ、ワン!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら振り返ったレオナは、その興奮冷めやらぬままにワズンへと駆け寄る。

 

「あぁ、見ていたよレオナ。さすがだな」

 

 魔法少女(おし)の心からの笑顔に、推している身としても笑顔があふれてくる。

 

 推しの幸せは、推している者の幸せでもあるのだ。


 §


 魔法協会支部へと戻ったワズンとレオナ。

 支部の二階の一室は、魔法少女専用の待機所として活用されていた。

 広々とした空間には、魔法少女のために高価な茶菓子や飲料が用意されているほか、娯楽品などが用意いされている。部屋の隅には仮眠用のベッドも部屋の隅には用意されていた。


 机を挟んで座る二人は、用意した紅茶に舌鼓をうっていた。


「あぁ、これだ。俺はこの茶葉が好きなんだ。しかし、要望してからこんなにも早く届くなんてさすがだな」

「ワンはもう魔法少女の一員よ。命を懸けて戦ってるんだからそれぐらいの得はあってもいいわ」

「魔法少女の一員と聞くと、それは変な響きだな。それに命を懸けて戦っているのはレオナたちだ。俺じゃない」

「ううん。ワンも戦っているよ。あたしが言うんだから間違いないわ!」

 

 ばたん、と扉が勢いよく開いたかと思うと、

「レオナちゃん! ……とワン」


 現れたのはエータであった。

 レオナと視線が合うと、ぱあああ、っと顔色を明るくした。

 ワンへは一瞥もくれることがなかった。もし彼女に尻尾があれば、レオナにブンブンと振っていたころだろう。


「エータじゃない。どうかしたの?」

「ううん。レオナちゃんが来てるって受付で聞いたから会いにきたの」


 ワズンは最近なんだか薄っすらとエータから自分と近しいものを感じ始めていた。

 嫌われているとは思わないが、明らかにレオナとの接し方には温度差があった。


「そうなの。わざわざありがとう。あたしたちは一仕事終えてきたところなの」

「最近レオナちゃんは調子いいみたいなの。協会の人たちもすごい褒めてたの」


 エータからの賛辞の声に、えへへへ、と照れくさそうにレオナは頭をかく。


「ありがとうエータ。でも、これもワンのおかげなのよ」

 

 謙遜するレオナにワズンが口を挟む。


「そんなことないさ。レオナががんばったからだろ」

「うん、そんなことないよ。レオナちゃんががんばったからだよ」


 かぶせ気味にエータから自身の貢献度を否定され、ワズンは人知れずその肩を落とした。

 エータもまた魔法少女(おし)の子。推しから行動を否定されると辛いものがある。


「そうだ! エータもワンに支援魔法をかけてもらえば――」

「私はいいの。そういうのは」


 エータはそれまでと打って変わって冷たい視線を浮かべていた。

 その口元には変わらず微笑を浮かんでいたが、その目は笑っていなかった。


 レオナはそんなエータの反応に鼻白んだ様子を見せていた。

 

「そ、そう?」

「うん。でもそんなにすごいの。ワンの魔法」


 ワズンの心境は複雑だった。

 エータから拒絶に近い反応を見せられたことはショックであったが、レオナから手放しで褒められたことには大喜び。

 

「うん! かけてもらう前とは全然違うんだから」

「そうなの? ワンの魔法をちょっと解析してみたの。でも、いまいちわからないの」


 エータでもわからないんだー、とレオナは自身の口に手を当てて驚いていた。


 眉根を寄せるワズン。

 聞き捨てならない言葉がエータの口から飛び出てきたからだ。

 

「――解析?」

 

 ワズンの険しい表情を見たレオナは、

「そっか。ワンは入ったばかりだから知らなくて当然よね。エータは魔法少女なんだけど、魔法解析が彼女の主な仕事なの」


 エータが頭脳派なことは過去の戦闘情報からその傾向が見てとれた。

 しかし、まさか頭脳班であることはさすがに想定外であった。

 魔法協会の組織図は把握していても。魔法少女の組織図までは把握できていなかった。

 

「……だから、出撃回数がほかの魔法少女たちより低かったのか」


 それを聞いて眉をピクリとひそめたエータは、

「ワンは出撃回数なんて数えているの?」

 

 ――失言だったか?

 ワズンの脳内はこの場を切り抜けるために、フル回転する。

 

 しかし、エータの問いに答えたのはワズンではなく、

「だってねー? エータ知ってる? ワンは昔からのあたしたちの大ファンなんだって」

 満面の笑みを浮かべたレオナであった。

 

 レオナはからかっているつもりなのだろう。

 悪戯な笑みを浮かべて、レオナは意味ありげな視線をワズンへと送っていた。


「あぁ、物心ついたときから大ファンでな」

「そうなの。ありがとうなの」


 まったく感情の籠っていないエータからの謝辞であった。

 

「エータのほうは最近どう? 変わったことはない?」

「私のほうは特に――いや、一つあったの」


 エータは顔の前で指を一本立ててみせた。

 

「催眠魔法と思しき痕跡を見つけたの」

「催眠魔法……ッ。ということはワズン!?」


 催眠魔法というのは希少である。

 ワズンも自分以外の催眠魔法の使い手に出会ったことがなかった。

 

 エータはレオナの推測に頷きを返すと、

「可能性は高いと思うの。私たちの後援者の宝石商の会長さんを覚えている?」

「あの嫌味な会長?」


 ワズンにも覚えがあった。

 魔法少女の妨げになる存在を排除した際に、そのリストの上位に入っていた人物だ。

 彼には催眠魔法で表舞台から退場を願っていた。

 

 そして、それがいま裏目に出ようとしていた。

 

「うん。その会長さん。正しくは元会長さん。元会長さんはいま魔法刑務所に服役してるの」


 え!? と驚くレオナに言葉を続けるエータは、

「元会長さんは成り上がるために、中々あくどいことをやっていたみたいなの。それがどういうわけかポロポロとその悪事が明るみになってついに逮捕されたの」


 それらもすべてワズンの催眠魔法の結果。

 催眠魔法による悪事の自白を直接手に入れたワズンは、ミュウを使って関係各所にその情報を意図的に漏洩した。

 そして、それは会長を破滅へ導く一手となった。ここまでは計画のうち。


 しかし、今のこの状況は計画にはなかった。


「――でも、いま重要なのは逮捕されたこと自体じゃないの。元会長さんの調査の中で興味深いことがわかったの。元会長さんはどうやら宝石と石の区別がつかなくなっていたの」

「……衰えただけじゃないの?」


 ――違う。


 彼に催眠をかけたのがほかならぬワズンである。

 宝石商会の会長に対する最大限の罰。それは彼をその座にまで押し上げた能力の剥奪。

 性格こそおよそ好ましいものではなかったが、宝石に対する鑑定眼だけは本物であった。


 だからこそ、罰としてワズンはそれを奪った。

 

「うん。私も同じこと考えたの。でも、減刑を引き換えにしてある実験に協力してもらったらあることがわかったの。元会長さんは宝石だと認識する条件がそろったときにだけ対象が石に見えるみたいなの」

「宝石の条件って、例えば、小さくて、キラキラして、幻想的な色合い、とか?」

「うん。そんな感じなの。だから、元会長さんは宝石商としてはもう終わりなの。きっとレオナちゃんを粗雑に扱った罰が下ったの」


 エータがふふふ、と暗い笑みを浮かべると、

「あたしは別にそんなつもりじゃ……」


 ワズンがそんなつもりだったのだ。

 

 殺すことは簡単だ。

 

 だが、殺すのではなく、生きて苦しめることを選んだのだ。

 宝石鑑定ができなくなった宝石商。それだけではない。

 彼の身内にも催眠を付与し、彼の家族もろとも彼の人生を無茶苦茶にした。


 すべてがうまくいっていたと思っていた。


 エータは声のトーンを落とすとレオナに顔を寄せ、

「大事なことは――その理由はわからないけど、ワズンの仕業の可能性が高いの。魔法協会の見立てでは、魔法少女の後援者を削ろうとしたのじゃないか、っていう見解がいまのところ有力なの。つまり、ワズンが近くにいるかもしれない、ということなの」


 どっきーーん、とワズンの心臓が大きく跳ねた。

 

「まさか……。でも、彼を捕まえらればイビルに大ダメージを与えられるに違いないわ」


 ――正直、そんなこともないんだがな。


 ワズンはイビルの活動に消極的である。

 敵対組織の魔法協会の魔法少女へ肩入れするぐらいだ。魔法少女が絡まなければ口を挟むこともない。


「ねぇ、ワンはどう思う?」


 すべてがうまく回りはじめたと思った矢先、風向きが変わり始めていることをワズンは静かに感じ取っていた。



●イビルの戦闘員に関するこぼれ話

およそ冒険者の階級に相当する。冒険者の依頼の代わりに、任務達成度がその階級の物差し。

ただ下級に関しての損耗率は冒険者の比ではなく、前線から遠ざかるためにも彼らは死に物狂いで上を目指す。

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