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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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七話 催眠魔法の暗躍《後》


 宝石商の会長は二人の下人を引き連れて、縄張りの一角の商店街を練り歩いていた。

 夕暮れどきを迎えた商店街は、店仕舞いを迎える店、書き入れ時を迎える店、夜の営業の準備を始める店。各々の理由で各自賑わいをみせていた。


 そんな商店街に店を構える店主たちは、会長の存在に気が付くと、慌てて店から飛び出して繰り返し頭を下げる。

 腹ごしらえをしていようが、帳簿を眺めていようが、はたまた商談途中であってもそれを遮って会長へと言葉をかけた。


 そのありさまはまるで王族の行啓。

 会長もその対応を至極当然のことのように振舞っていた。

 

 上機嫌な様子で歩いていた会長がまた一人、挨拶をしてきた店主への対応を終えたころ、

「すみません」


 ワズンは会長の背後から現した。

 

 その背後にはいつものメイド服より古風なメイド服へと変装したミュウが控えていた。

 化粧もそれに合わせて少し変えており、黙っていれば王侯貴族に仕えるメイドだと言っても誰も疑うことはしないだろう。

 

 下人は警戒した表情を浮かべ、会長とワズンの間に身を滑らせると、

「なんですか? 会長に何か御用で?」


 商会の下人、特に立場のある者に使える下人には召使い兼護衛という位置づけの者が多い。

 彼らもまた例にもれず、ワズンが接触を図った瞬間に、それまでの会長におもねる姿勢から、戦士のそれへと立ち振る舞いを変えていた。


 ワズンは何食わぬ顔で会長に声をかける。

「はい。そちらにいらっしゃるのは宝石商会の会長様ですよね? お世話になってます。よく会長のお店にはお世話になっているんですよ。これまでになかなかご挨拶する機会がなかったもので――」

「会長はいまプライベートですので」

「――あ、すみません。つい先ほど私の大切な人の贈り物に、会長のお店でこの前に買わせていただいたばかりで、そのお礼の言葉をと思ったのですが……」


 そう言ってワズンは懐から宝石のあしらわれた工芸品を取り出す。


 それは見る者の目を奪うような意匠のこらしたネックレスであった。


 まずそのチェーンからして、貴金属とは思えない滑らかな光を帯びていた。それもそのはず、チェーンからして魔法金属と呼ばれる希少な素材で作られており、魔法金属は王侯貴族の軍服や、一部の上級冒険者などが使うような軽量かつ並外れた強度をもつ。それゆえに、価格もとびぬけて高い。


 宝石の埋め込まれた台座はきめ細かく作りこまれており、触れれば壊れてしまいそうな繊細さの中に確かな職人の技術が光る。そして、台座に埋め込まれた宝石はブラックダイヤモンド。安価なものであれば、色ムラの出やすいブラックダイヤモンドであるが、ワズンの手の中で輝くそれは完璧な光を放っていた。

 

 それを見た瞬間に会長の目の光が変わった。

 プライベートを邪魔する不届き者へ送る視線から、まるで長年の付き合いの友人へと向ける視線に早変わり。


 ――かかった。


 それまでとは目の輝きが違った。

 ワズンの取り出したそれが価値のあるの宝石細工だと気がついたのだろう。

 人格は救いようのないクズでも、宝石商の会長。性根が腐っても、宝石を見る目は確かであった。


 ワズンの取り出した宝石細工は、会長の店で取り扱う宝石の中でも値打ちものの一品。

 会長が彼の最愛の娘に与えるくらいに価値があるもの。それを見落とすわけがなかった。


 それをワズンは知っていた。


 会長の視線が、ワズンの手にもつ宝石細工からワズンの顔、そして、背後のミュウにまで素早く移る。

 

 変装してもミュウは美人である。

 死んだ魚のような目こそ誤魔化せないが、それでも彼女の美しさは健在であった。

 

 また、ミュウには覇気や威風とでもいう独特な雰囲気を持ち合わせていた。

 そんな彼女を付き従えることで、ワズンは自身が世間からどう認識されるか。

 そのあたりも織り込み済みで、彼女をこの場に連れてきていた。


 今もただ黙ってワズンの後ろに控えているだけだが、確かな存在感を放っていた。

 会長や下人たちの視線が、ワズンを差し置いてミュウに向けられるのは、一度や二度に限った話ではなかった。

 

「すみません。どうやらお邪魔したようで――」

 

 ワズンが身を引くそぶりをみせると、下人を押しのけて会長が前に出てくる。

 下人は驚いた様子を見せたが、すぐさまその意向を察した様子で大人しく会長の後ろに下がった。


「いやいや、儂はかまわんよ。こら、お前たち失礼じゃないか。それにしても若いのに率先して挨拶するなんてしっかりとしておるじゃないか。儂の娘にも見習ってほしいものじゃ」

「会長には娘さんが?」


 それは知らなかった――とばかりにワズンは仰々しく驚いて見せる。


 もちろん嘘。

 会長の娘とレオナは同じ魔法学園に通う同級生であるという情報は、すでにミュウから入手していた。

 

「ええ、一人。いま魔法学園に通わせとるんですが、これがなかなか生意気で」

「でも、それがまたかわいいんですよね」


 すかさずワズンが会長の娘にフォローを入れると、それを聞いて会長は明らかに頬を緩める。


 ワズンは続けて、

「魔法学園と言えば、魔法少女も在学しているとか……」

「娘と魔法少女は級友だそうで、なんでも仲良くやっていると娘からは聞いております」


 それが嘘であることをワズンは知っていた。

 レオナの同級生である会長の娘は、レオナと同じ教室で授業を受ける関係にあった。

 しかし、会長の娘は父親の権威を笠に着て、あろうことか魔法少女(レオナ)のいじめを行っていたのだ。


 魔法少女は賞賛と同時に非難も受けやすい。

 なぜなら、戦いにはどうしても被害がつきものであるからだ。


 どんなにイビルを首尾よく撃退できたとしても、そこに至るまでの被害者というのが存在する。

 イビルが悪い、魔法少女は正しい。被害者たちもそう頭ではわかっていても、心がはけ口を求めてしまう。


 ――なんで私が。――どうして俺が。

 ――あと少し魔法少女の到着が早ければ。

 ――魔法少女がイビルという組織を倒していれば。


 世の中は分別のある大人ばかりではない。

 それなのに、子どもにどうしてそれを求めることができるだろうか。


 会長の娘のタチの悪いところが、そうした魔法少女への負の感情をもつ生徒たちを焚き付け扇動していたのだ。

 自分は直接手を下すこともせずに、他者を焚き付け、それで傷つくレオナを見て悦に浸る。


 他者を思いのままに操る優越感。魔法少女という社会的に知名度のある存在を屈服させている高揚感。

 その結果、学園で彼女の存在を広く認知されることで得られる承認欲求の充足感。

 

 会長は魔法協会のみならず、魔法学園にも大口の寄付をしている。

 理事や教師たちも、おいそれと彼女の素行に口を出すことはためらわれた。それが彼女をここまで助長させた。


 彼女は学園の女王であった――彼女は学園の女王であった(・・・)のだ。

 

 こっそりとミュウにレオナの学園生活を視察させ、その実態を知ったワズンが黙っているわけもなかった。

 すでに数日前に手を打った。そして、ワズンの手元では彼女が父親から入学祝にと貰った宝石細工が輝いていた。


 ワズンはそれをおくびにも表情に出すことはなく、 

「ははは、家族仲が睦まじいようでうらやましい限りですね。私も今の相手とそろそろ婚約を考えておりまして――」

「ほぅ、めでたい――婚約指輪はもうお考えで?」


 ワズンは内心でほくそ笑んだ。

 ――お前は喰いつくと思ったよ。


 ワズンはさも困ったとばかりに眉根を下げると、

「そこで宝石の目利きの優れた会長に見繕っていただけないかと――値段は問いませんので」


 会長の目が光る。それはまるで肉食獣が捕食対象を見つけたかのように。

「うむうむ。宝石はただの光る石にあらず。石にも意思が宿ると昔から言い伝えられておりましてな。大船に乗った気で儂に任されよ」


 自分が捕食者として疑わない存在は、自身が狩られようとしていることを考えもしない。

 それだけ捕食者として長きにわたりこの町に君臨してきたのだ。

 

 光さえ飲み込むほどのワズンの黒の瞳は光らない。

「ありがとうございます。会長」

「こんな大事な話を立ち話で済ますのもあれじゃ。細かい話は一杯、どうじゃ?」


 会長はグラスを持ち上げて乾杯を交わす仕草を見せる。


 ワズンは人好きのする笑みを浮かべると、

「いいですね。私、この先に行きつけの店があるんですよ。そこは会員制でしてね。私は顔が利くんですよ」

「会員制と。それは大変興味深い」

「きっと会長もご満足いただけると思います」

「儂は酒にはうるさいですぞ?」

「ははは、お手柔らかにお願いしますよ」


 二人はそれぞれの従者を引き連れて、夕暮れの街に姿を消すのであった。

 

 §


「オロロロロロ――」


 会長との接触を終え、拠点へと帰ってきたワズンであったが、絶不調のさなかにいた。

 帰ってきてからというもの、お手洗いに立てこもり、胃酸の香りを製造し続けていた。

 

 ワズンの背後では、その背中をさするミュウ。

 

「ご主人様はお酒クソ雑魚なのにがんばっちゃって……」

「だ、黙ってろロロロロ――」


 胃液を再びぶちまけ始めたワズンの背中をミュウはさすり続ける。

 しばらくして、ようやく吐き気が収まったワズンだが、その顔は真っ青で生気がなかった。


 酒の力で相手の警戒心を下げ、催眠魔法をかかりやすくする。

 なんてことはない手段。ただ、相手の酒の強さと、自身の酒の弱さを考慮していなかった。


 酒の先で相手に酒を進めるばかりでは勘ぐられてしまう。

 そのため、ワズンも多少は相手のペースに合わせる必要があった。


 そして、会長は酒豪であった。


 ワズンが目的を果たし、店を出るころには夜明けを迎えようとしていた。

 ミュウの助けがなければ、家に一人で帰ることができたかも怪しい。


「はぁ、はぁ……。うっぷ、気持ち悪い……」

「無理して飲んでいる姿はかわいかったですよ」

 そう言いながらミュウはコップに入った水を差しだす。

 

「う、うるさい……」 


 差しだされたコップをひったくるように奪ったワズンは、それを一気に飲み干す。

 キンキンに冷やされた水は、繰り返しの嘔吐により、水分を失った体に染み渡る。


 ――水、うめぇ。


 などと考えていると、その考えを読み取ったかのように空になったコップへ水が注がれた。

 

 再度、手にした水を一気にあおると、

「お前も酔うのか?」

 いつもと変わらぬ無表情のミュウにそう尋ねた。


 ミュウは表情こそ変わらぬものの、

「試されますか?」


 その言葉には挑発的な響きがあった。

 

 ――こいつが酔う?


 好奇心を刺激されたワズンであったが、酔った人の面倒さを思い出し、

「これ以上、面倒なのはごめんだ」


 ワズンには酔ったミュウを制御できる自分がまったく想像できなかった。

 


●魔法学園に関するこぼれ話

私学。富裕層の子女が通う場所で、主に帝王学を学ぶ。

学園によりその修業内容は多岐にわたる。明確には年齢制限を設けていないところがほとんどだが、たいていは十代前半から十代後半。

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