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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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七話 催眠魔法の暗躍《前》


 快晴の朝空を気持ちよさそうに二羽の鳥が飛んでいるのが見えた。

 

 夫婦だろうか。親子だろうか。兄弟だろうか。

 クルクルと互いを旋回し合うように空を泳ぐ鳥が、視界の端から端へと流れていく。

 

 魔法協会の一室。

 魔法少女たちの待機室として与えられた部屋。

 

 窓から見えるそれをぼんやりと眺めていたワズンに声がかかる。

「……ン。ワ……――もう、ワンってば!」


 ワズンの目の前の机に、ほっそりとした綺麗な手が叩きつけられ、パン、と子気味の良い音を立てた。

 それは隣に座るレオナの手だった。


 レオナが机を叩いた勢いで、机の上に置かれた二つのグラスの液体がわずかにこぼれた。


 ワズンが窓の外から隣へと視線を向けると、そこには頬を膨らませるレオナの姿があった。

 二人しかいない空間で話しかけていたにも関わらず、どこかうわの空であったワズンにご立腹の様子。

 

「あぁ、すまない、レオナ。話はちゃんと聞いていたぞ? 中級冒冒険者たちがいなくなって協会が再編成中だというんだろう? だが、こんなときだからこそ魔法少女はイビルに集中すべじゃないか?」

「それは……あたしもそう思うんだけど……」


 ワズンからの問いかけに、途端に歯切れの悪くなるレオナ。


 いまワズンたちの属する魔法協会支部は荒れに荒れていた。

 協会を支える冒険者の屋台骨である中級冒険者。彼らの多くが先日のイビルとの抗争で物言わぬ躯となったからだ。

 

 魔法協会支部はイビルどころか、通常の依頼消化にも支障が出始めていた。

 今も階下では、職員たちがその対応に追われていた。

 連日にわたり、これまで中級冒険者を派遣していた各所からの抗議や要求がとどまることを知らない。

 本来この場にいるはずであったワズンたちの担当である女職員もその影響でこの場に姿を見せるのが遅れていた。

 

 奥歯に物が挟まったような反応から察するに、レオナもワズンと同じ気持ちなのだろう。


 ワズンはそれ以上何も言わずに、机の上にこぼれた液体を手拭いで拭い去った。

 

 そこにノックの音が転がった。

 

 レオナが入室を促すと、姿を見せたのはレオナたちの担当である眼鏡をかけた女職員であった。

 いつもキビキビとした彼女は、整った顔立ちもあってスキのない印象のいわゆるできる女。

 

 そんな彼女にしては珍しく、この日はどこか疲れた様子であった。

「失礼します。予定より遅れてしまい申し訳ございません」


 部屋に入ってきた女職員はレオナの姿を確認すると、ほっとその胸をなでおろすのが見えた。

 

「あのレオナさん……。誠に恐縮ですが、後援者会の会長から依頼があるとのことで……」


 女職員とは反対に、レオナの表情が強張る。

「また……?」


 女職員は机を挟んで、ワズンたちとは対面の椅子に腰かける。


 固くなったレオナの表情を察してか、女職員は視線を下げつつ口を開いた。

「はい……。なにぶん協会の後援者ですので……。専属的な中級冒険者を用意してこれまで対応していたのですが、それも先日のイビルとの大規模な抗争で担当されていた冒険者が亡くなられましたので」


 言葉を濁したものの、魔法協会が深刻な人手不足に陥っていることは想像に難くない。

 そこまではワズンの思い描いた通りであった。


 魔法少女を軽んじる冒険者を一計を案じて掃討したワズンは、冒険者の混乱は魔法少女も利になると考えていた。

 実際に、中級冒険者が主体となったクランの壊滅は魔法協会に混乱をもたらし、魔法協会内外で魔法少女の存在感は増した。


「私どもも下級冒険者の中でも指折りの者を派遣したのですが、どうやらお気に召されなかったようで『中級冒険者が用意できないのであれば魔法少女を用意しろ』と……。申し訳ございません」


 しかし、今度は魔法協会の後援者が、その魔法少女の力を独占しようとし始めたのだ。

 そして彼らの影響力というのは、ワズンの想像以上であった。


 今もこうして魔法協会はイビル対策に忙しい魔法少女へと、後援者からの依頼を割り振るくらいには影響をもっていた。

 魔法協会の関係者であれば、魔法少女が忙しいことなど誰もが知っている。


 知っていてなお割り振らねばならぬ影響力、というのが彼らにはあるのだ。


 いわゆる大人の事情というやつであった。

 

「身勝手な野郎だな」

「……私どもの口からはなんとも」


 内心ではワズンと同じ気持ちなのだろう。

 女職員は、苦み走った顔を浮かべるだけでワズンの批判を咎めようとはしなかった。

 

 女職員はワズンに視線を送ると、

「本依頼は完全にイビルとは別案件になりますので、ワンさんは別途待機、という形でお願いします」

 

 小さくその頭を下げた。

 女職員の所作からは、ワズン達のペースを乱していることに対する謝意が感じられた。

 

 レオナの表情がさらに硬くなる。

「なに? ワンを連れて行けないの?」

「依頼主というのが少々気難しい方でして……」


 レオナと女職員の会話を遮るようにノックの音が部屋に響いた。


『お取込み失礼します。会長をお連れしました』


 その声に反応した女職員が、

「えっ。会長は応接室でお待ちになるはずでは……」

 慌てながらも立ち上がると座っていた席を開けた。

 

 それを見たワズンも空気を読んでそっと立ち上がると、レオナの後ろへと移動する。


 女職員が入室を促すと、開かれた扉から現れたのは、

「それで儂の依頼を受けるのは誰じゃ、えぇ?」


 どこかで見た覚えがある恰幅のよい老人。

 物欲が顔面ににじみ出たような人相に、指という指につけた貴金属。首に何重にも巻いた金のネックレス。

 時折見える歯にまで金銀の装飾が見えた。


 強欲が人の皮を被ったような老人。

 それはいつぞやに路上で母娘を恫喝していた宝石商の会長であった。


 会長は女職員が座っていた場所へどっかりと深く腰を落とすと、目の前のレオナへと視線を向けた。

 

 レオナも彼を記憶の人物と認識したのか、あきらかに強張るのがわかった。


 会長も会長でレオナを見るなり、

「……まて。お主の顔には見覚えがあるぞ? お主は――あのときの小娘ッ!」

 指輪がめり込んだ丸々と肥えた指でレオナを指した。


 老いた見た目に反して、どうやら耄碌はしていないらしい。

 

 女職員は二人に視線を移すと、控えめな声で、

「お二人は顔見知りで?」


 それに会長は忌々しそうに、

「顔見知り? はッ、忌々しい小娘めが!? 儂の商売を邪魔しくさってからにッ! ……まぁえぇ。儂がこき使っちゃる! おい、お前。依頼は一日と言っていたな? 三日じゃ! 三日に変更じゃ!」


 その言葉の節々には恨み節があった。

 会長の縄張りで、生きるためとはいえ許可なく商売をおこなった母娘の制裁を、レオナにより遮られた過去があった。

 

 それに慌てたのは女職員である。

「そ、そんな急に仰られてもこちらにも都合というものが――」

「お主らの都合など知ったことかッ! 儂あってのこの魔法協会ぞ! 支部長の小僧には儂の名前を出しゃあええ! それで奴もわかりよるわい!」

「そんな……」


 支部長とは、その魔法協会の支部で最も立場のある者。

 その支部長ですら、その施設内で小僧呼ばわりすることから、いかに眼前の男が影響力をもっているかがうかがえた。


「それで、お前! 名前は?」

「…………レオナ」


 レオナは渋々と言った様子で、つぶやくように自身の名を述べた。

 彼女のその視線は、目の前で権力を振りかざす豚への嫌悪を隠そうともしない。


 そうした視線をものともせず、会長は、

「レオナか、そうかそうか……。レオナ! お主に男はおるんか!」


 おおよそ初対面に近い者へと投げかける質問ではなかった。

 この場の空気が凍り付く。否、会長以外の空気が凍り付く。


 ただ会長は固まった空気など気にも留めずに、

「おらんのなら、儂の妾にしてやってもええぞ! 妾が魔法少女というのは悪くない! お主のその澄ました顔を、儂が床の上でわからせるのもええのう!」


 レオナ本人を前に気配りの、気の字の一画目もない発言を繰り出した。

 これにはレオナだけでなく、女職員も顔をゆがめる。


 ワズンの表情はというと一周回ってもはや 無 であった。


 会長は本人を目の前に好色の視線を隠そうともしない。

 座っているレオナへと嘗め回すような視線を送る。


 レオナの背が小さくゾゾゾ、と震えるのがワズンには見えた。


 レオナの腰かけた椅子の背もたれの背後。

 会長から陰になった死角で拳を固く握りしめた。


 周囲の反応もなんのその。その後も一方的に会長は話を続けると、

「――それじゃあ、明日から三日間、儂の下でしっかり励むようにな! うははは!」


 言いたいことだけ言うと、高笑いとともに部屋から去っていった。

 

「……すみません。レオナさん」


 会長の足音が聞こえなくなると、心底申し訳なさそうに女職員が言葉を紡いだ。


「……悪いのはあの豚野郎だから。あいつに抱かれるくらいならワズンに抱かれた方がまだマシよ」


 ――どきーーん。

 

 突然の流れ矢に――矢じりにハートのついた矢が、ワズンの心を射抜いた。

 

 脳が曲解に曲解を重ねた結果、幸せなワズンの脳内では、

『ワズンに抱かれてもいい』

 という事実の屈折湾曲事象が発生していた。


 脳内に咲き乱れた花畑で、心の中の小さなワズンが軽やかにスキップし始める。


 女職員は憤るレオナの隣に腰かけると、宥めにかかる。

「心中はお察ししますが、そうおっしゃらずに……」


 しかし、レオナは沸々と怒りがこみ上げくるのか、

「ワンはどう思う!? 許せる!?」


 クワっと後ろに立つワズンへと振り返った。


 一瞬で脳内のお花畑から返ってきたワズンは、

「いや……もちろん、許せないよな」

「そうよねッ! あたしだって絶対に許さないんだからッ!」


 当事者であるレオナは相当ご立腹の様子。

 ワズンの知る限り、こんなにレオナが怒りをあらわにするのは初めてのことであった。


 女職員は必死にレオナを宥めにかかる。

 ここで魔法少女にヘソを曲げられでもしたら、魔法協会としてはそれこそ一大事である。


 そんな二人の背後でワズンは、思考を切り替える。

 

 ――さてさて、俺の魔法少女(おし)に手を出したんだ。それ相応の報いは受けてもらおうじゃないか。


 後援者? 魔法協会?

 それはワズンの知ったことではない。


 ワズンはあくまで魔法少女(おし)の味方なのだ。


 催眠魔法が魔法少女に仇なした者へと鎌首をもたげる。

 

 ――ここからは催眠魔法(おしおき)のお時間だ。


 内心で高らかにそう宣言したワズンは、二人の背後でニチャァと笑みをこぼすのであった。

 


●宝石商に関するこぼれ話

宝石商は商人兼鑑定士がほとんど。

いつの時代も彼らには高い需要がある。しかし、その職につくためには高い技術と経験に加えて、鑑定への生まれ持った素養、縁故といった運要素も必要。

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