六話 催眠魔法の飛躍《後》
魔法協会支部にある共有空間。
受付のすぐそばに広がる冒険者のたまり場は夕暮れどきを迎え、依頼を終えた冒険者たちでにぎわっていた。
大きな依頼を終えたとあるパーティーが、この日の主役であった。
そのパーティのリーダーを務める壮年の男が立ち上がった。
髭と顔に刻まれた皺、そして杯を掲げたたくましい腕についた傷が男の経歴を物語っていた。
立ち上がったリーダーに、今か今かと待ちわびた様子で杯をもつ仲間の荒益男たちも同様である。
リーダーはぐるりと面々を見回すと、
「依頼達成を祝してぇぇぇ、かんぱぁぁああい!」
手に持った杯を高く掲げた。
「かんぱーーい!」
杯のぶつかり合う音と飛沫がワズンたちの間に飛び交った。
礼儀や作法のへったくれもない晩餐会がはじまった。
手掴みで肉を頬ばり、書き込むように穀物をほおばる。
宴はすぐに伝播し、近くにいた関係のない冒険者たちも加わりだすともう止まらなかった。
冒険者たちにはよくある話である。
乾杯の音頭をとったリーダーのすぐ隣に座っていたパーティーの仲間に、
「なんだ新入り? おめー飲まないのか?」
「俺は酒を飲んだことなくて……」
「がははは、いい機会じゃねーか! 飲め飲め!」
宴はしばらく続いた。
誰もかれもが赤ら顔になり、酒に免疫のない新入りが酔いつぶれて机に突っ伏したころ、
「最近、魔法少女うざくねーか?」
一人の冒険者の野太い声がよく響いた。
それを近くで聞いていた別の冒険者が、
「あぁん? 嫉妬してんのか?」
笑ってはやし立てる。
また別の冒険者が、
「気持ちはわからなくないけどな。奴らは協会のお偉方の肝いり、面白くねーぜ」
「俺たちと違って協会放送にも注目されてよ。てめーの家に帰ったときによ、我が子が魔法少女の通信映像見て喜んでいるのは複雑な気持ちだぜ」
「わかるぜ。俺たちの方が長年この町に貢献してきたっていうのによ。待遇の差に文句も言いたくなるってもんだ!」
そうだそうだ! と各卓で賛同の声が上がる。
魔法協会の職員にも聞こえているはずだが、彼らはただ粛々と己が業務に集中していた。
酒の入った冒険者は幾度となく、騒ぎを起こしてきた。嫌味や愚痴程度は慣れた様子であった。
「俺たちだってやれるのによぉ……!」
それが冒険者たちの本音であった。
むさ苦しい冒険者たちとは違い涼やかな声が響く。
「それでしたら、クランを立ち上げてはいかがでしょうか?」
ワズンを囲んでいた冒険者たちが振り返ると、そこにはいつの間にか眼鏡をかけた魔法協会の女職員が立っていた。
レオナやワズンたちと面識の深い彼女である。
女職員の言葉に冒険者たちが、
「クランってあの?」
「あぁ、冒険者パーティが集まった組合だよ」
「パーティのパーティみたいなやつだっけ?」
「そうそう」
思い思いに口を開く。
リーダーの男は周囲に聞こえるように、
「クランか……。悪くないな。競合相手が減って仲間が増えるわけだ。依頼に応じて臨時パーティの加入手続きもしなくてもよくなる」
リーダーが職員の提案に好意的な反応を見せると、
「まぁ、取り分が公平なら」
「つまり、これまで通りってことか、」
「臨時パーティの申請もいらなくなるしな、いいじゃないか」
「あぁ、悪くねぇ、話だな。むしろ、クランを通じて共同戦線が張れる」
この場に集まっていた冒険者たちの反応も上々である。
このときには酒もかなり入っていたこともあり、話がトントン拍子に進んでいく。
やがて女職員がクラン開設に必要な署名をもってくると、
「では、代表者の方々の署名をここに」
酒の勢いもあって、各冒険者パーティの代表者の名前が次々と書き連ねられていく。
最終的に魔法協会支部の二割弱、中級冒険者の半数の参加する一大クランが一夜にしてできあがった。
「――これで以上になります。クラン開設おめでとうございます」
「うぇーい!」「めでてぇー!」
「かんぱーい!」「いやっほー!」
酒の飛沫がここにきてまた一段と宙に飛び交う。
「せっかくクランをつくったんだ。記念に一つでかいことをやらねーか?」
「でかいこと?」
「なんだなんだ、リーダーがなんだかおもしろいことを言い始めたぞ!」
クランを組んだ冒険者たちは中央の卓に集まり始めた。
「あぁ、こういうのは始まりが大切だ。俺たちのクランを、この町に、いやこの大陸に響かせるようじゃないか!」
「うおぉぉー!」「やるぞぉー!」
一人の冒険者が口をはさむ。
「でもよぉ、具体的に何するんだ?」
リーダーは少し考える素振りみせたあとで、
「せっかくここには中級冒険者がそろっているんだ。みんなの意見が聞きたい。何かねーか?」
リーダーからの問いかけに赤ら顔で顔を見合わせる冒険者たち。
「なにかって……」
「こういうのはわかりやすいのがいいんだ。できれば、冒険者でもない人が知っているようなのが望ましい。寝物語だと竜や魔王を倒すなんてのが有名なところだ」
「悪い奴か? あのいけ好かない宝石商はどうだ?」
「そりゃあ、お前の好みだろ」
「ちがいねぇ!」
冒険者たちは思い思いの嫌いな人物の名を上げ始める。
やがて、一人の冒険者が呟いた。それはリーダーにより早々に酔いつぶされた新入りであった。
「イビルなんてどうですか?」
その言葉をリーダーは聞き逃さなかった。
「あぁ、たしかにイビルがいたな。最近また派手に暴れたから知名度は高いな」
「その実力はどうだ? 魔法少女と長年やりあっているのは知っているが」
暗にお前たちで大丈夫か、ということをリーダーがほのめかすと、色めき立つ冒険者たち。
魔法少女と比較されるというのは、どうやら彼らにとって我慢できないことのようだ。
「おいおい。お前は十代のガキすらまともに仕留められない連中に、俺たちが後れを取ると思ってんのか? なぁお前ら!」
正しくはワズンの催眠魔法により、イビルの戦闘員たちは魔法少女を仕留めることができないのだが、彼らがそれを知る由もない。
その結果、実力的には魔法少女と互角に渡り合う程度で、運よく成り上がっている子悪党。それが世間一般のイビルへの認識なのだろう。
「おいおい! いってくれるじゃねーか!」
「俺たちたたき上げの冒険者と、冒険者扱いの小娘を一緒にするなよ!」
「そうそう! 俺たち本物の中級冒険者が本気になれば、あんなふざけた連中なんか朝飯前だぜ!」
「違いねー!」
どっと笑いの声が漏れる。
魔法少女となった瞬間から、彼女たちは魔法協会から中級冒険者と同等の扱いを受ける。
それが自称たたき上げの一部の冒険者たちには不満のようで、同じ魔法協会所属の身でありながら、彼らと魔法少女にはある種の壁があった。
彼らには自負があった。経験があった。
そして――驕りがあった。
「それじゃあ、女の子をいたぶっているちっぽけな犯罪組織に引導を渡すこと。それが俺たちの最初の仕事になりそうだ」
「ははは、本物の中級冒険者がこれだけ揃っているんだ。野郎どもッ! 今度の魔法新聞の話題は俺たちが搔っ攫うぞッ!」
「うおおおおお!!」
リーダー各の冒険者が座っていた席の上に立ち上がり杯を振りかざすと、この日一番の大音声が魔法協会内部に響き渡った。
§
クラン結成が世間を賑やかせた一週間後、ワズンは廃墟の上に立っていた。
街の一角。街であった一角。それも今や瓦礫の山。
廃墟になったばかり、廃墟としたばかり。周囲にはいまだ黒煙が立ち込め、ところかしこで崩壊の音が大地を揺らす。
頭上に上った陽は分厚い曇に阻まれ、世界は薄暗く、そこに吹く風は冷たさをはらんでいた。
風に巻きあげられる破壊の残滓。
「あっけないものだな……」
見下ろすワズンの先には、死屍累々となったクランに加盟した中級冒険者たち。
戦って死んだ者。戦わずして死んだ者。共通しているのは、死してなお刻まれている苦痛や恐怖の表情。
後ろからワズンへと声をかけるのはミュウであった。
「お見事でございます。魔法協会の職員と一部の冒険者たちに催眠魔法を使うだけで、こうも容易く……」
二人の視線の先、破壊の爪痕に生者の姿はない。
ただ、瓦礫と血と煙がただ残されているのみ。
この場に生き残りはいなかった。
これもすべてはワズンの計画のうち。
かねてより、魔法少女を軽んじる言動が目立っていた中級冒険者たち。
魔法少女が軽んじられている。
それはワズンの見過ごせる話ではなかった。
相棒となり、レオナや魔法協会の職員と交流を深める傍らで、ワズンは機会をうかがっていた。
魔法少女を軽んじた罰を与える機会を。
そして、その機会がついに訪れたのだ。
「冒険者なんてものは承認欲求が強い奴らだ。嫉妬や羨望の対象が明らかであれば、ただそれを少しつついてやればいい。口のうまいものであれば、催眠魔法すら必要ないだろう」
ワズンが催眠魔法をかけたことと言えば、クラン結成のきっかけとなったリーダーへの冒険者活動の組織化。
クラン結成を提案するように魔法協会の女職員への暗示。
イビル討伐を提案した冒険者、そして、それに賛同する冒険者たち。
「しかし、よろしかったので? 冒険者――なかでも中級冒険者と言えば、少なからずイビルの脅威への防波堤ではありませんか?」
ワズンの手のひらの上で結成されたクランをイビルへと誘導し、衝突させた結果がクランの壊滅。
すでにワズンは主だった幹部全員の死亡が確認している。これを知った魔法協会はてんやわんやな状態に陥いることであろう。
「裏を返せば、これで魔法協会における魔法少女の重要度がますますあがったということだ」
むろん、中級冒険者の集団と正面からことを構えたイビルとて無事ではない。
ただどちらもワズンにとって大したことではなかった。
ワズンにとって大事なことは、
「これで魔法少女の価値のわからないゴミが掃除できた」
魔法少女と肩を並べ、信用を掴み取り、信頼を勝ち取った。
魔法少女は世間に認められ、それを認められない矮小な存在はいま目の前で骸となった。
どこまでも冷たい視線で廃墟を一瞥するとワズンは笑った。
こみ上げてくる愉悦を抑えることができなかった。
それはまごうことなき、悪の笑みであった。
●冒険者に関するこぼれ話
魔法少女との仲は代々あまりよくない。原因は主に冒険者側の一方的な嫉妬。
魔法少女たちは冒険者に対して特に隔意を抱いてない。




