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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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六話 催眠魔法の飛躍《前》


 目もくらむようなまばゆい光が蒼天の空を切り裂いた。 

 「はぁぁぁあああ――!!」


 陽が上りきる前の時間帯。

 住宅街の一角に気迫のこもったレオナの声が響き渡った。


 通路に立つレオナと距離を開けて向かい合う、イビルの戦闘員たちであったが、レオナの放った光が、戦闘員たちを飲み込んでいく。

 

 それを遠巻きに見ていた群衆から、爆ぜるような歓声があがった。

 イビルの出没を聞きつけて文字通り飛んできたレオナの力によって、彼らの悪だくみが潰えたのだ。


 群衆の中からワズンは飛び出して、レオナへと駆け寄る。

 釣られるように、一部の観衆が飛び出したが、それは道路を封鎖していた冒険者たちの手によって塞がれた。

 

 ワズンの胸に光る箒を模したバッジが陽の光を浴びてキラリと光る。

 魔法協会の認識票と同じ素材で作られたそれが、ワズンの身元を保証していた。

 

 レオナは小走りでワズンの元へと駆け寄った。

 

 ワズンはねぎらいの声をかける。

「おつかれ、レオナ」

「うん、今回も無事に倒せてよかったわ」


 そこに押し寄せる者たち。

 その者たちが首からぶら下げているものは。取材パスと呼ばれる魔法協会から魔法少女への取材許可証。

 取材班、報道班ともいわれる彼らこそが魔法少女たちの活動をお茶の間に届ける存在であった。

 

「レオナさん! 魔法協会放送局の者です! お話よろしいでしょうか!?」

「あ、はい。あたしはいいわよ」


 押しかけた取材班に囲まれる形でレオナとワズンはその足を止めた。

 

「ありがとうございます! 相棒制度が導入された一か月。ワンさんという相棒を得て、破竹の勢いでイビルを倒しているレオナさんに世間が注目しています! これについてはどう思われてますか!?」

「あたしはあたしのやるべきことをやるだけ……ってかっこつけすぎかな?」

「いや、実際その通りだしいいんじゃないか?」


 はにかむレオナにワズンは真顔で言葉を返した。


「そして、そのお隣にいらっしゃるのが、魔法少女を支える相棒制度の初代合格者にして、レオナさんの相棒の座を射止めたワンさんですね!」

「……悪いが俺は取材を受けつけていない」


 ワズンがワンとして、活動していることはミュウしか知らないこと。

 とはいえ、メディアに露出するとことで、魔法協会から、あるいはイビル側でその出自を探ろうとするものが出てくることだろう。それはワズンの望むところではない。

 

「噂通りつれない人ですね。でも、そんな影のあるところがたまらないと、魔法少女の女性ファンの一部の間では人気を博しているようですよ! レオナさん、ワンさんはいつもこんな感じですか?」


 賛辞の言葉にもワズンはニコリともしない。

 ワズンにとって他人からの賞賛に興味はない。唯一の例外が魔法少女。それ以外には基本的に塩対応である。


「あははは、そうでね。ワンはちょっと不愛想なところがあるかも」

「……おい」

「でもこう見えていじり甲斐があるのよ?」

「おい!」

 

 茶目っ気を効かせた言葉に、ワズンの口から思わず言葉が出た。

 

「言葉は強いけど、こう見えて優しいの。あっ、気づいた? 戦闘が終わるといつも一番に駆けつけてくれるの、彼」


 おぉー、と押し寄せた報道陣が湧く。

 ワズンは妙な気恥しさを感じて早くこの場から立ち去りたくなった。


 また別の人物が口を開く。

「最近ではお二人の関係について、噂もありますが、そのあたりはどうでしょう?」


 顔を見合わせる二人。

「噂? ワンはなにか知っている?」

「……いや、まったく知らん」


 記者の言う噂とやらにまったく身に覚えがなかった。

 

 二人が記者に視線を送ると、

「お二人が交際しているという噂ですよ」


 再び二人は顔を見合わせた。

 目をしばたたかせて、互いを見つめる。

 

「あたしと?」

「俺が?」


 レオナの言葉をワズンが引き継いだ。


 それを見ていた報道陣から、

「さすが相棒。息がぴったりですね!」

 まばらな拍手がおきた。

 

 ワズンは、

「ちょっと、その噂は消しておいてくれ」


 思春期のレオナのことを考慮して、噂の鎮火に努めるが、

「……なによ、あたしじゃ不満なの?」


 なぜか当のレオナから横やりが入った。

 

 ワズンは口を尖らせたレオナにうろたえる。

「そ、そういうわけじゃないが」

「なら、なに? なにかあたしに不満があるの? 言ってみなさいよ」


 レオナ(おし)に不満などない。

 息をして、存在してくれて、あまつさえ相棒となってくれて感謝の念しかない。

 

 問題は、

「レオナというより、俺が、な。俺は……」


 

 ――俺はワズン・ノックスなんだ。



 魔法少女の敵とみなされている存在。

 彼女たちが草根の根をかき分けてでも探そうとしている人物。


 歯切れの悪い悪いワズンを、レオナが不機嫌そうに睨む。

「なに?」

「……俺はずっと年上だし」

「あたしは年齢なんて気にしないわ」


 レオナは気がついているのだろうか。

 話が変な方向に進んでいることに。

 ワズンが交際相手として話が進んでいることに。

 

「お、おい……。そんな言い方すると余計に事態が――」

 ワズンの言葉を遮るように、おぉー、と熱い歓声が周囲から湧きあがった。


 ワズンはその反応に首を落とすと、額に手を当てた。

 思わずため息が漏れる。


 押し寄せた報道班は、特ダネだと言って盛り上がりを見せる。

 

 レオナだけが何もわかっていないようで、

「な、なに……!?」

 周囲の反応に戸惑っていた。


 手に持った手記や音声、映像を記録する魔石に魔力を注ぎこむ報道陣を前に、ワズンは背を向けて歩き出した。


「……いくぞ」

「あっ、待ちなさいよ。もう!」

 

 レオナは振り返り、離れていくワズンに手を伸ばす。

 しかし、レオナの声にもワズンが振り返らず足を進めるので、レオナは素早く報道陣に言葉をかけると、振り返り小走りでワズンの背中を追いかけた。


 報道陣たちがワズンたちを追いかけることはなかった。


 レオナはワズンの横に並ぶと、

「いつもつれないわね」

「向いてないんだよ」


 二人が並んで歩いていると、進行方向に冒険者たちの姿が見えてきた。

 彼女たちが首にかけた魔法協会の認識票が、陽の光を浴びて鈍く光っている。


 彼女たちは魔法協会からの依頼で駆り出された冒険者たち。

 街中でイビルの活動が確認できた際、魔法協会は魔法少女の現地の派遣と同時に、二次被害を防ぐため冒険者たちへ現場の封鎖の依頼を出す。

 ほとんどの場合、ただ立っているだけであり、ときおり通りかかった人へ注意を促すのがその仕事である。


 冒険者たちの間を抜けるとき、彼らは通り過ぎるレオナへジロジロと不躾な視線をよこす。

 どう好意的に捉えても、前向きな感情からくる視線だとは言い難い。

 

 華々しい活躍で世間からもてはやされる魔法少女と、その活躍を地味に支える冒険者たち。


 立身出世を夢見るのが冒険者。

 その身一つで、己の力一つで成り上がり世間から認められる。

 そう夢を見て、魔法協会の門戸を開いたものは少なくない。

 

 そんな彼らからすると、魔法少女とはまさしく彼らの夢の体現者。

 

「ちっ……」


 それが冒険者たちにはおもしろくないのだろう。

 先を越されたようで。なんで自分ではないのかと。


 酒の席では、自分たちの方が強いのだ。自分たちの方がすごいのだ。

 そう嘯いても、世間の評価は違う。


 そして、その世間の評価こそが彼らが欲してやまないものなのだ。

 特に同性であればなおならである。

 

「私にも才能があればなぁ……」

「顔かぁ。顔がよければなぁ……」

「魔法少女って協会の偉い人に抱かれてるってマジ?」

「えー、どうだろう? でも、マジでも驚かないよね」

「たしかに。顔面採用説とかあるもんね」


 背後から嫌味たらしい言葉が聞こえてくる。


「……気にしちゃだめよ。嫉妬してるんだから」

 それはまるでワズンに向けて、ではなく自分自身に言い聞かせているようであった。

 

 二人は足を止めることなく歩き続ける。

 すぐに背後からの嫉妬の声も聞こえなくなる。

 

 それでもレオナの顔は浮かばれない。


 ワズンはおもむろに口を開いた。

 

「俺はいつだって魔法少女(レオナ)の味方だ」

 

 レオナの勝気な碧眼が大きく見開かれた。

 しかし、ワズンの言葉に対して、レオナから言葉が返ってくることはなかった。


 窓から吹いた風と共に、二人の間に沈黙が流れる。


 ワズンは不意に訪れた沈黙が不安になって、背中に変な汗をかき始めていた。発言が慣れ慣れすぎたかと。


 沈黙に耐えかねてワズンは、

「……どうした? なんか言ってくれないと気まずいんだが――」

 

 ちらちらと隣を歩くレオナを伺うと、

「ちょっと胸が……」

 レオナは左胸を抑えるように握りしめていた。

 

 「え?」


 ――え? え。え。え? それはいったいどういう、え?


 耳に聞こえてきた言葉を理解することができなかった。

 

 ワズンがその衝撃に固まっていると、レオナは、はっ、とした表情を浮かべ、

「う、ううん! な、なんでもない! あ、あたし、このあとエータと会う約束があったんだ! ま、またね!」


 そういうが早いか、嵐のような足取りで立ち去っていった。


 ワズンが走り去っていくレオナの背中を呆然と見つめると、

「胸が? 胸が……なんだ?」

 

 レオナの発言を改めて咀嚼していると、背後に人の気配がした。

 

 レオナと入れ替わるように、どこからともなくぬっとその姿を現したのはミュウであった。

 

「計画通り、ですか?」

「あぁ、ここまでは順調だ。まずはレオナへの強化(バフ)。あとはこれを足掛かりにほかの魔法少女へとその輪を広げていくだけだ」


 そう言ってにやりと振り返るワズンだが、


「いえ、そちらではなく魔法 少 女 の心をもてあそんで」


 ミュウはいつもの無表情のまま、やけに『少女』を強調して言った言葉にはどこか棘があった。


 ワズンはそんなミュウをにらみつけると、

「誰がもてあそんだ、だ。人聞きの悪い」


 するとミュウは、どこからかさっと手ぬぐいを取り出したかと思うと、

「私は悲しいです。ご主人様に少女趣味(ロリコン)だったなんて――」

「うおおおい、主人に対する激しい風評被害!」


 目元の涙をぬぐう素振りを見せた。

 むろん、その手ぬぐいの下には、涙どころか表情一つ変わっていない表情があるだけである。

 喜怒哀楽の表情こそ無であるが、器用なことにその演技には磨きがかかっていた。

 

 目元をぬぐっていた手ぬぐいをピタリと止めると、

「でも考えてみれば、前兆はありましたね。私の体に反応しない。酔わせてあんなことやこんなことができる好機をみすみす見逃す。それでいて、十代が中心の魔法少女に夢中、と。よかったですね。私がロリコン野郎でも尽くすメイドで」


「そのさらっと少女趣味を前提で話を進めるのやめろ! あと、お前自分で『私の体に反応しない』『酔わせてあんなことやこんなこと』って、自己評価高く過ぎやないか? ――いや、しないか。悔しいけど……しないか」


 認めるは癪だが、ミュウは美しかった。

 小顔で色白で、平均男性の身長があるワズンと同じ長身で、メイド服で分かりにくいがスタイルもいい。

 一般的な外見評価としては彼女は最高水準にいる。質が悪いのは彼女自身もそれを十二分に把握していることである。


「なんで二回仰ったんですか?」

「いや、悔しくて――ってちがうッ!」

 

 ワズンは立ち止まると、振り返ってミュウを睨めつけた。

 

「どうどう、落ち着いて。あのニヒルな気取った演技が抜け落ちてますよ」

「おっと――ってそれも違う! 演技言うな!」


 演技とはいかないまでも、多少意識して喋っているところはある。クールで知的で魔法少女に相応しい大人という像を。

 

「すみません。陰毛もまだ生えそろわないうちから世話していた身をしていた身としましては――」

「陰毛も言うな! ほかに歯とか背とか引き合いに出すものがあるだろうが! 変態メイドが!」

「どうして突然お褒めの言葉を……?」


 暖簾に腕押し。

 無表情のまま、ミュウは器用に驚いた仕草をみせる。


「だめだコイツ……」

 

 それを見たワズンは、コイツまじか、と心底げんなりとした表情を浮かべた。

 

 ミュウはそれを気にした様子はなく、

「次はどう動かれますか?」


 ワズンの次の一手を尋ねる。

 魔法少女の近くに身を置くことに成功し、早くもその信頼を勝ち取りつつあった。


 ミュウの言葉にワズンは表情を切り替えると、

「冒険者を叩く」


 強い言葉でそう言い切った。


 さらに続けて、 

冒険者たち(あいつら)は、魔法少女の尊さを、輝きをわかっていない」


「わかっていないのならどうされますか?」


 ワズンはそれには言葉を返さず、


 ――それを催眠をかける(わからせる)だけだ。


 ニチャァとした笑みを浮かべるのであった。



●魔法少女に関するこぼれ話

魔法少女は元祖まで遡っても美少女しかいない。

そのため、顔面採用という噂が絶えません。

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