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正しい催眠魔法の使い方  作者: 0
一章 相棒
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一話 催眠魔法の使い方《前》

二○二五年の投稿第二弾です。お楽しみいただければ幸いです。

本日は二度投稿があります。


「あんたがあの悪名高きノックス家の次期当主、ワズンね!」


 海に染め上げられたような青空。雲一つない快晴と呼ぶにふさわしい空模様。

 乾いた空気を切り裂くのは一人の少女の声。


 声を張り上げた少女が身にまとうのはピンクを基調とするロリータドレス。

 ツーサイドアップの金髪を輝かせ、十代特有の若々しさを感じさせるうら若き乙女。

 彼女の澄んだ(あお)い瞳が、彼女から離れるように駆けていた男の背中を射抜く。


「――ついに追い詰めたわ! あんただけは絶対に逃がさないんだから!」


 コンテナが山積みとなった集積所。

 その間の陰を縫うように駆けていた一人の男の足音がぴたりと止まった。

 

 呼び止められた男はゆっくりと振り返ると、

「くくく、いかにも。俺がワズンだ。

 そう言うお前はレオナ――レオナ・メブスター。魔法協会子飼いの魔法少女の一人じゃないか」


 少女の声へ反応するように振り返った男。

 子どもと言うには成熟し、大人と呼ぶにはまだ青さの残る青年という年頃。

 

 太陽に照らされて晴れ渡った空とはまるで対照的。黒く、どこまでも黒い存在。

 髪も、身に纏う衣服に装飾品までもが色味の深さに差はあれど、黒色一色。

 

 黒。

 

 それがワズンという存在を表す色。

 天上から世界に落ちた一滴の墨汁。何にも染まらず、ただ他を染め上げるのみ。


 振り返ったベンタブラックが如き黒色の眼差しと交差すると、レオナは一歩後ずさる。


「くくく、どうしたレオナ? お前ひとりか?」

 ワズンはレオナの問いに言葉を返す代わりに、レオナへ向けて一歩踏みだした。


 ワズンの視線が華奢な脚、くびれた腰つき、形の良い膨らみの胸部、そして整った顔立ちへと移る。


 その視線にレオナは一瞬怯みを見せたもの、キッとワズンを勇ましく睨みつける。


 人差し指でワズンをビシッと勢いよく指差すと、

「陰でこそこそと悪巧みをするあんたなんて、あたし一人で十分だわ!」


 よく見るとレオナの指は小さく震えていた。

 その表情に浮かぶ緊張の色もまったく隠せていない。


「くくく、それは俺が催眠魔法使いだと知ってのことか?」

「も、もちろんよ! あんた如きの催眠魔法になんて、絶対にかからないんだからッ!」


 ワズンは両手を左右に大きく広げた。


「くくく、口の減らない小娘だ。ではその体に教えてやろう。正しい催眠魔法の使い方を――」


 §


「お疲れ様です」

「ミューか。なに。あれしきのことで俺は疲れんよ。それより、どうだった?」


 レオナとの対峙を終え、ワズンは自身の自室へと戻ってくると、死んだ魚の目のような輝きの黒の瞳を持つ彼女の凛とすました顔が、ワズンの帰りを迎え入れた。

 出迎えたのは、腰まである黒のメッシュがはいった艶のある銀髪の美人メイド――ミュウ。

 生気を感じさせない黒の瞳が、彼女に陰のある印象を与えるがそれでも彼女が美しいことには変わりはない。

 

 悪の秘密結社イビルの秘密基地の一室。

 間接照明で薄暗い部屋。それがワズンの自室だった。


 ワズンは上着をミュウに手渡すと、部屋の中央に用意された豪華な椅子へと座り込んだ。

 贅をこらしてつくられたその椅子は、何度使っても当初から衰えない柔軟性と、その中にある弾力性。加えて、座った姿勢に椅子が自動的にフィットする機能があり、それが利用者に快適さをもたらす。


 くつろぎ始めたワズンにミュウは後ろから近づくと、

「魔法少女と喋ることに興奮して笑みをこらえきれていないご主人様。控えめに言っても気持ち悪かったです。最高です」


 無表情で淡々と述べたミュウに、ワズンは背もたれからその身を起こして彼女を見た。


「え? うそ? そんなにか?」

「はい。そんなにです。でも、私的にはありです」

「ミュー的にはありは、俺的にはなしなんだよな……」


 ワズンはミュウが、かなりイカレた女であることを知っていた。

 なにせ悪の秘密結社でメイドをやるような女である。

 その彼女的にありという言葉に、ワズンは全く喜ぶことができなかった。


「それより俺が聞きたいのは戦況だ。俺たちと魔法少女の戦況はどうなっている?」


 ワズンは気を取り直して、再び腰かけた椅子にその身を預けると、ミュウに声をかける。

 彼女はメイドであると同時に、秘書のような立ち位置を兼ねており、ワズンの生活を全面的に支えていた。

 

「依然として当該地域では我らが悪の秘密結社イビルが優勢です」

「……いい加減その頭に『悪の』とか『秘密結社』ってつけるのはやめないか? 何回聞いても恥ずかしんだが?」

「それはご主人様と言えど難しいお願いです。なにせ総帥が結成された組織は『悪の秘密結社イビル』という組織名ですから」

「だせぇ……。それでその総帥は? 魔法少女にやられたり、不慮の事故で死んでくれてたりしないか?」

 

 ワズンは何かを期待するようなまなざしをミュウに送るも、

「いえ、ご健在です」


 ミュウは手元のデータ端末を一瞥することもなく、ただ淡々とワズンを見つめ、言葉を返した。

 

 ワズンは顔をしかめると、

「ちっ……。はぁ、まぁそう簡単にくたばるなら大陸間で指名手配されても、生き残ったりできないか。他の家族(ファミリー)は?」

「今回の交戦で妹君が魔法少女に捕縛されたようです」

「よーしッよしよしッ!」


 ワズンは手を叩いて快哉の声を上げた。


「反対に兄君が魔法少女を撃破した、とも報告があがっています」

「なにぃッ!? 魔法少女は、魔法少女は無事なんだろうなッ!?」


 ワズンは勢いよく背もたれからその身を起こした。


「現在のところ死亡は確認できておりません」


 ワズンは額に浮かんだ汗を袖で拭うと、

「ふぅ、心配させおって……。あれだけ兄上からは逃げろと魔法少女たちには、散々催眠した(いいきかせた)んだがな……。新人か?」

「どうやらそのようです」

「やれやれ、新人教育も骨が折れるな」


 くくくと不気味にワズンは笑う。


 それをそばで見ていたミュウは、

「頼まれてもいないのに。ましてや敵対組織の次期当主だというのに、お味方であるご家族様より、敵である魔法少女のご心配。相変わらずご主人様はイカレてますね。そこがたまらなく好きです」

「俺はそういうイカレたお前たちがたまらなく嫌いだ」


 ワズンが軽蔑の眼差しをミュウへと送るが、


「これが巷で流行りのツンデレ、と……」

「お前は今のどこにデレを見出したんだ駄メイドが」

「ご主人様から罵倒いただけるなんて……たまりませんね」

「お前はそういう奴だったな。無敵かよ」


 無表情のまま、じゅるりと涎をぬぐうミュウにワズンは慄いていた。


 ワズンは気を取り直すと、懐からある魔法道具を取り出した。


「ご主人様、それは?」

「研究所が開発した盗聴用の魔具だ。さっきレオナと交戦した際に、催眠魔法で彼女の髪飾りと入れ替えておいた」


 これが本物、とワズンは懐から女性用の髪飾りを取り出し、ニチャァと笑った。

 ミュウはその笑みを見て、ゾゾゾと背筋を震わせる。


 ワズンが盗聴器を起動すると、少女の声が室内に響く。

『――レオナちゃん。大丈夫なの?』

『う、うん。ごめん……しくじっちゃった』


 どうやらレオナは魔法協会へと戻ったようだ。


「レオナと共にいるのはエータか。今は彼女もこっちに来ていたのか」

「声だけで魔法少女を識別できるなんて極まっていますね」


 ミュウの言葉に、ワズンは誇らしそうに鼻を鳴らした。


『いいの、レオンちゃんの無事がなによりなの』

『相手はワズンだったわ……』

『ワズン』


 盗聴器越しに二人が自身の名を呼んだことに、ワズンはちょっぴり機嫌がよくなった。


『悪の秘密結社イビル。組織の名前がダサいことを除けば、彼らは決して笑うことができない存在。その中心人物を捕まえる好機だったのに……!』


「うん。組織名については俺も同感だ」

 盗聴器越しに同意するワズンは、万が一この先に組織を率いるようなことになれば、そのときは真っ先に組織の名前を変えようと、心に固く誓った。


『いまこれを言うのは酷かもしれないけど……レオナゃんが戦っている間に別の場所でも新入りの子がやられちゃったみたいなの』

『そんなッ!? その子は無事!?』

『う、うん。命に別状はないみたいなの。ただ戦線復帰には時間がかかるみたいなの。上の人が他の部署に援軍を頼んでくれるみたいだけど、今はどこも人手が足りないから期待はできないの……』

『本部は何をやっているの! 現場のわたしたちはこんなに苦しい思いをしているというのに! もうッ!』


 何かを足蹴にする音が響く。


『ごめんなさいなの。本部は情報統制に諸国との調整に追われているみたいなの……』

『あ。ご、ごめんね。わたしの方こそ。エータは何も悪くないから』


 それから二人で謝り合う声が聞こえてくる。


『で、でも悲しい話ばかりじゃないの。悪の秘密結社イビルの幹部の末の妹を捕まえたの』

『やった! ついにあのワズンの四肢の一人を……!』

『うん! たいへんだけどワズンの四肢を倒していけば、ワズンを捕まえる機会はまた来るの』

『残るはワズンの兄弟と姉ね。待ってなさいワズン……! 必ずわたしが捕まえてみせるんだから!』


「いや、兄弟姉妹(あいつら)は俺の四肢とか言われてんの? 初耳なんだけど? その四肢は早いところ引きちぎってもらって大丈夫なんだけど?」


 ミュウは、

「私はさながら、ご主人様の睾丸、といったところでしょうか?」

 無表情で小首を傾げてみせた。


 急所や泣き所といいたいのだろうか。


「お前は次にこの部屋に来るまでに、必ず医務室で頭を見てもらえ」


 絶対何かおかしいから、と。


「失礼しました。確かに睾丸は二つありますから。一人しかいない私は例えるなら陰茎、でしたね」


 ワズンはミュウを部屋から閉め出した。


「前言撤回だ! 今すぐ見てもらえ!」


 ミュウの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 性格が人として終わっていることを除けば、彼女もかなりの有能人だった。

 ただその玉の瑕があまりにも大きすぎるのが難点だった。


「ふぅ。この組織やべぇのしかいないんだ。はやいとこなんとかしないと……」


 世間を賑やかせる『悪の秘密結社イビル』の次期当主と目されるワズン。

 皮肉なことにワズンは敵対組織の『魔法協会』が擁する魔法少女の大ファンであった。


●レオナに関するこぼれ話

家名を本人はめちゃくちゃ気にしている。そのため、親しくない相手でも家名ではなく名前で呼ばせている。

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