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爆誕

ひとしきり怒り狂った後死にそうな顔をして会議室を出て行った黒田監督が、突如にっこにこの上機嫌で帰ってきたものだから、極映プロデュサーの只野道成は露骨にびびった。


「おい只野さん聞いてくれよ!」


信じられないくらいの弾ける笑顔でそう語りかけてくる黒田に、只野は「は、はい」と頷きながらごくりと唾を飲み込んだ。


――どうやら主演俳優の特大スキャンダルによって監督の情緒は徹底的に破壊されたらしい。次の瞬間にはあの笑顔のまま「シャイニー・エンターテインメントに爆弾を仕掛けてきた」と言い出す可能性がある。


そう考えた只野が戦々恐々としてると、




「今しがた!運命に出会ったぞ!」




黒田は笑顔のままそう言った。


なんかわからんけどダメそうな言葉だった。


只野は涙ぐみながら腰を浮かせ、「私と一緒にカウンセリングを受けましょう」と口に出そうとする。


しかし、


「ほら魁人、俺の運命!入れって!」


「なーんかえらい人に捕まっちまったなァ」


黒田に腕を引っ張られて見知らぬ男が入ってきたので、それは叶わなかった。


撮影所は部外者立ち入り禁止になっている。只野は眉を顰めて注意しようとして――


口をぽかんと開けることになった。




凄まじいイケメンがそこに立っていた。




身長180センチ超。恐らく二十歳前後。一見細身だが、Tシャツから伸びる逞しい二の腕が「俺、脱いだら凄いぜ」と自己主張している。


頭身は驚異の九頭身。そしてその足の長さたるや――彼の股下くらいの位置に丁度監督のヘソがある。並び立つ監督が同じ生き物に見えない。




顔の彫りは深い。しかしくどくない。大きな目がきらきら輝いていて、信じられない程の美形なのに不思議な愛嬌があった。


唯一の難点は髪型だけで、こちらはセットされていないのが丸わかりだった。黒髪には枝毛一つなく髪質自体は素晴らしいのだが、野暮ったく重たい印象がある。


だが、その程度のデバフでどうにかなる美貌ではなかった。




「な、なんだこの究極生命体は……」




呆然と呟く只野に、黒田は我が意を得たりとばかりに詰め寄る。


「ビジュアルすげーだろ?!絶対めっちゃテレビ映えするぞコイツ!真弓と並んでも全然負けねーって!」


「ど、どうやって見つけたんですかこんな子。――君、どこの事務所のタレントさんですか?」


只野が尋ねると、魁人は小首を傾げて口を開く。


「タレント?よくわかんねーけど、なんかくれるっていうからついてきた」


只野は戦慄した。黒田は素人を誘拐してきたらしい。


「監督犯罪ですよ……!」


「違う!違うって!トラックに轢かれそうになったところ助けてもらったから、お礼がしたいって口実で拉致ってきたんだよ!」


「何も違わないじゃないですか!」


「大丈夫だってウィンウィンなんだ。なんか魁人上京したてのフリーターらしいんだが、スゲー金に困ってるとかで履歴書買いに行くところだったんだってよ」


「はぁ?金に困ってる……?」


――色男、金と力はなかりけり、なんて言葉があるが、ここまで突き抜けた美貌でそれはあり得るのか?いくらでも金を稼げそうだけど、と訝しむ只野に、魁人は「うん」と答えると右手をポケットに突っ込んだ。そのまま握った拳を只野に向けて「全財産」と言って指を開く。


掌の上に500円玉が一枚乗っている。


只野は絶句した。


「諸々あって大金欠でよ。顔面の性能活かしてホストっていうのやろうと思って、奇跡的にポケットに入ってた500円玉握りしめて新宿目指してたんだよ」


履歴書買ってその足でホストクラブ行こうと思って、と魁人は続ける。


「はっはっは、履歴書なんかおじさんが千枚買ってやるよ」


その言葉を笑い飛ばし、黒田は魁人と肩を組むように腕を回した。


「いらねえよそんなに。千回お断りされたらさすがに挫けるぜ」


「そうだな。一枚でいいな」


「いやもうちょっとは欲しいだろ」


「いや一枚で十分だ。お前ウチで働くんだから」


「え?」


黒田は肩に回した腕に力を籠める。


捕獲の構えだった。


只野はさりげなく出入口を封鎖するように立つ。阿吽の呼吸。




「まぁ座れよ」の一点張りで半ば無理やり魁人は着席させられ、机を挟んだ向こう側には黒田と只野が陣取った。




そっちサイドが出入り口側である。








「……はー。ドラマ撮影ねぇ」


ざっくりと事情を聞いた魁人は、うーんと唸って首を捻った。


そのまま悩んでいる格好で口元を隠し、極小の囁きで体内へと語り掛ける。


「なぁバディ。俺ってテレビ出ていいもんなの?」


『秘密組織のエージェントが毎週テレビに出るのは、カテゴリー【狂気の沙汰】に該当すると推測される』


バディは正論を述べた。


「だよなぁ。……黒田さん、どーゆー番組か知らねえけど、俺ちょっとテレビは」


「出るぜぇ、給料出るぜぇ……!」


断りそうな雰囲気を出した魁人に、黒田は必死の形相で詰め寄る。


「金欠なんだろ?給料は相場の倍出すし、一月分は前払いしてやるよ」


「うっ」


魅力的な誘い文句であった。魁人の心が容易く揺れる。


「ちょっと待ってください黒田さん。お金のこと勝手に決めないで。どういう形で雇用するかも決まってないんだから」


「何で勝手に決めちゃダメなんだよ。俺が雇うんだぞ?」


「はぁ?!え、ポケットマネーで、ってことですか!?」


「当たり前だろがこの現場俺の夢なんだから。元々製作費足りなくなりそうなら私財全ツッパも辞さんつもりだったよ、俺は」


曇りなき眼で断言する黒田に、只野は震えた。恐怖で。


「あの、給料増えませんよ……?」


「そりゃそうだろ」


「く、狂ってる……」


「正気の監督とかどこにもいねぇんだよ」


全監督から遺憾の意が届きそうな黒田の言葉も、悩む魁人には右から左だ。


「……うーん、前払い、前払いか」


魁人は考える。




――仮にこの話を断ったとして、その後別のバイトを見つけるにしても給料が支払われるまでは極貧生活となる。前払いに応じてくれる仕事先を見つけるか、日雇いの仕事でもしない限り、この一週間で買った物品は幾つか売り払うことになるだろう。それはすんごく嫌だった。何しろ初めてのお買い物だったわけで、どの品物にも強い愛着があるのだ。


「だけどなぁ……」


仮にこの仕事を受けたとして、ドクターはどんな反応をするか。


自らの性別すら明かさない秘密主義者のあの人物に、「俺テレビに出ることになったよ!」と報告したら。


その時こそ俺はラボに軟禁されてオムツを履かせられるかもしれない。


――よし、やっぱり断ろう。




「あのな、黒田さん」


「も、もうちょっと話聞いてくれ!」




眦を決す魁人にいよいよ不穏なものを感じ取ったのか、黒田は机にドガッと頭を叩きつける。


「俺はこのドラマに命賭けてんだよ!これがポシャったら俺はもうその日のうちに腹切るぞ!」


「ええ……せっかく助けたのに」


「魁人君、黒田監督を死なせるのは世界の損失なんだ。ほら黒田司だよ?去年アカデミー賞獲った。連日ニュースになったから、聞いたことくらいあるんじゃない?」


黒田の言う通り、日本人初となる快挙を達成した黒田司はマスコミを賑わせた。テレビも新聞もこぞってその偉業を報道したが、魁人に『去年』の記憶は無い。朧げに苦痛のイメージが焼き付いているだけだ。


「……あー、ワリぃ只野さん。俺札付きの世間知らずで、そーゆーのに滅茶苦茶疎いんだよ」


故に魁人としてはそう誤魔化すしかない。


「ああ、あんまりテレビとか見ない人?」


「ん。昔のドラマとかは結構見る機会あったんだけどな」


かつて魁人が暮らしていたラボには、映像作品のメディアなどが何故か充実していた。ドクターは「福利厚生の一部だ」と説明していたが、ジャンルには随分偏りがあった。


「昔のドラマ……なら今回撮ろうとしてるシリーズも知ってるかもね」


「ほー。何か有名な作品撮るの?」


その言葉を聞くや、黒田はがばっと顔を上げる。


「最高のシリーズだ。故あって10年沈黙を守っていたが、今回俺が復活させる。絶対に」


「へー。なんてドラマ?」


「スカルフェイスっていうんだけど」




「今日からよろしくお願いします」




魁人は深々と頭を下げた。




『当方はその判断に強く反対する』


体内でバディが暴れる。心臓のあたりがぎゅーっとなったが、魁人は無言で耐えきる。


――憧れのスカルフェイスになれる。その為ならどんな苦痛にも耐えてみせる。


魁人は一瞬で覚悟を決めていた。


例えドクターからストップがかかるまでのほんのひと時の間でも、スカルフェイスをやれるなら――


絵本とオムツ、覚悟完了。


突然の百八十度心変わりに黒田は「えっ?!」と声を漏らしたが、魁人にスッと腕時計を見せつけられると、髭面に即座に理解の色が広がった。


「お?!おおっ!よく見りゃ腕時計それ初代のコラボモデル!なんだよお前もファンか魁人!」


「うん。初代の他はまだ三シリーズしか見てないけど、初代は断トツで好きだぜ」


「はっはっは、初代超えてるのは無いからな。だけど何だよもうじゃあ話早いよな!」


「おう。何を犠牲にしてもやる価値がある」


「へへへ、損はさせねえぞ。何せ初代が好きだってんなら今シリーズは驚きの設定がな――」


「黒田さん魁人さん、ちょっと待ってください」


悲壮な決意を抱く魁人と握手を交そうとする黒田だったが、只野から待ったがかかった。


不満げな顔をする黒田を無視し、只野は魁人に問う。


「魁人さん。時に貴方、演技の経験は?」


魁人は右手の親指と人差し指でオッケーサインをだすと、


「ゼロ」


堂々答えた。


なるほど、と只野は笑顔を浮かべる。


「黒田さんちょっとこっち来て」


只野はその笑顔を張り付けたまま黒田を部屋の隅に引っ張っていった。


「あんまりビジュアル強すぎて目が眩んでましたけど……ド素人連れてきてどうすんですか。メインキャストなんですよ。アトラスショックの二の舞やるつもりですか」


「んぐ」


魁人に聞こえないように只野は小声である。しかし平時は細い只野の目がガン開きで、黒田は言葉に詰まった。




――アトラスショック。スカルフェイスシリーズの5作目、スカルフェイスアトラスにまつわる事件のことだった。




放送局である曙テレビが主導して、アトラスにおいては一般公募で主演を決めることになったのだ。話題性を重視しての判断だったという。


極映は反対したが、当時製作にも携わっていた曙テレビに押し切られる形となった。アトラス役は大いに局の意向を重視されて決定され――見事に大コケした。


主演のあまりの下手さに視聴率が半分にまで低下したのだ。


大スポンサーのダイガンは大激怒し、これをきっかけにスカルフェイスシリーズにおける局の発言力は大いに低下。その後ほとんど製作にタッチすることはなくなった――というのが、「アトラスが齎した唯一の功績」だとファンは語り継いでいる。




「……でもほら、初代やったときの勝さんもほぼ素人だったし」


「勝さんは番場丈やるにあたってちゃんと養成所でレッスン受けたんですよ。そんな時間が今どこにあるんですか?」


「だ、大丈夫だよ運命なんだから。多分すげえ才能で即戦力になるきっと必ず」


「恋で盲目になっちゃってるって……!」


「黙れぃっ!行けるんだ絶対!魁人はホンモノなの!」


そう叫ぶや黒田は「魁人こっちゃ来い!」と手招き。のこのこやってきた魁人にスマホを手渡す。


「そこに表示されてるの第一話の台本の一部だ。海星ってがお前さんの役だから、そこのセリフ読んでみてくれるか。他のセリフは俺やるから」


「おー、テストってやつですか?はっはっは、自信ねぇー」


「大丈夫。俺が信じてる。確信がある。自分を信じろ」


「俺の何を知ってるんだ……」


魁人はつぃーっと画面をスワイプすると、二ページ分の全ての台詞を即座に暗記。改造人間の超人的なスペックを遺憾なく発揮したが――問題は表現力であった。


「どうしようバディ。俺に棒よりマシな演技ができるとは思えねーんだけど」


魁人はこっそりバディに囁く。


『ここで失敗し、雇用されないのであればそれに越したことはない』


塩対応だった。


「ま、まぁまぁ怒んなって。そもそもいざとなれば逃げりゃいいんだから。何しろ俺たちゃ『別人』になれるんだ。……別人レベルに顔を変えるぐらい、バディのスペックなら楽勝だろ?」


『――無論可能。事実、LOEから脱走した際には指紋も変えている』


「だろぉ?へへ、その優秀な性能を、ちょいと小遣い稼ぎにも貸してくれよ。俺たちゃ一心同体じゃねえか。……なんかいいプランあるだろ?」


『……魁人の記憶力自体は極めて優れている。これまで見てきた作品の中から、台本のシチュエーションに類似したものをピックアップし、その演技を模倣すれば良いのではないか』


「ふむふむ、コピー作戦だな。えーと、似たようなシーンか」


『例えば――』


バディが幾つかの作品名を挙げ、該当するシーンを魁人に伝える。すると魁人の優れた記憶力は、役者の演技と台詞のアクセントをハッキリと脳裏に蘇らせた。


「うーん、上手くマネできるかは別問題だとは思うが……ま、やるだけやってみるか。記憶を失う前はハリウッド男優だったかもしれないしな」


『その可能性は皆無』


バディの冷静なツッコミをスルーし、魁人はテストに臨んだ。




「じゃあ行くぞ魁人。俺の台詞からだ」


「オッケー」




只野の構えるスマホのレンズの前で、魁人と黒田は演技を始める。


録画中だ。黒田が「超新星間魁人の初演技だ。後でプレミアつくぞ」と言ったのはともかく、「万が一演技が良かった場合、この動画を見せれば上の説得材料になる」と只野が判断してのことだった。今のところ、さしたる期待はしていない。




――しかし。






短いシーンだ。主人公海星と敵魔人が初めて遭遇し、海星の変身に繋がる場面である。




数えるほどの会話しかないが――





「何故って……野暮用だよ」





魁人の読み上げるその一言ごとに、





「忘れちまったよ――昔のことはな!」





只野の目は輝いていった。






「変身!」







一通り聞き終えた只野は、気が付けば立ち上がって拍手を送っていた。


「――すごい。素晴らしいよ魁人君!」


「お、そうっすか?」


「ちゃんとセリフになってる!未経験ってのはちょっと信じられないよ。ええと、魁人君今いくつ?」


「えーと……おいバディ。俺何歳だっけ?」


『ドクター曰く実年齢は不明。カバーの設定上は20歳と記載があったはず』


「オッケー」


小声でやり取りを終えた魁人が「二十歳」と告げると、只野は「ダイヤの原石だ!」と喜んだ。


「監督、いけますよ!こうなると寧ろあのアレが逮捕されたの良かったかもしんない!」


「……ん。あー」


「監督?」


「いや、そうだな。予想の遥か上行ってる、んだけど」


そこで口ごもると、黒田は少しの間沈黙し、やがて力強く頷いた。


「――うん、そうだな。現状、デカい武器と考えることもできるか」


太い眉の下の三白眼をギラリと光らせ、黒田は魁人に右手を差し出した。


魁人がその手を取る。


「魁人。お前にオールインするぜ」


力強く握手を交わしながら、黒田が宣言する。


「ってことは?」


「今日からお前は最新のテレビヒーロー。スカルフェイスクロスだ」


「よっしゃあっ!」


魁人は快哉をあげる。




この瞬間、本物の改造人間による特撮ヒーローが誕生した。



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