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あげられるもの


真弓は可能であればアヤと一緒に夕食をとることにしている。勿論今日もそのつもりで、病院側には二人分の夕食を部屋に運んでもらう段取りになっていた。

魁人に関しては隣に建っている新春病院本館のそこそこ立派なレストランで、好きなものを食べてもらうつもりだった。

だが当の魁人が「せっかくだからここでみんな一緒に食おうぜ!」と提案。アヤが諸手を上げて「それってとってもすてきよ!」と大賛成したものだから方針が変わった。真弓は陽子と交渉し、急遽追加でもう一人前の食事を用意してもらうことになった。

アヤが羨ましがらないように、量はともかくメニューは強制的に一緒のものになったが――


「俺は極映の食堂で食ったカツ丼がこの世で一番美味いものだと思っていたが……」

「……」

「僅差で上回ってきやがったぜ。俺史上一を」

「そう……」

――病院食が勝っちゃったのね。

真弓は魁人のこれまでの食生活に思いを馳せ、一瞬だけその目に憐憫の色を浮かべた。

ラボに居た頃はブロック状やゼリー状の謎の栄養食、ここ最近は激安シリアルと激安乳飲料を主食とする男は、スズキのポワレと野菜のテリーヌに感動していた。これもうまいこれもうまいとはしゃぎながら、賑やかに食事を続けている。

「薄味でもうめえモンってあるんだなー。これが上品な味ってヤツ?」

「……まぁ、そうなるかしら」

実際は病院食なのでかなり塩分を控えられているだけなのだが、真弓はそういうことにしておいた。実際富裕層向けの病院だけあって素材は一流なので、魁人の舌はあながち間違っていないともいえる。

「あのねカイトさんっ。きょうはね、いつもよりおいしいの!」

「お、マジ?当たりの日だったか」

「うん!」

にこーっと満面の笑みで頷くアヤ。

「――そうね。今日は当たりの日だわ」

真弓の舌には今日の夕食はいつもと同じクオリティに感じたが、優しく笑って追随した。そしてアヤに『当たり』を齎している存在に目を向ける。

天真爛漫な大型犬のように、魁人はガツガツと夕飯をかきこんでいる。マナーはともかく実に美味しそうに食べている。それに触発されてアヤの食も進んでいた。

――レッスン、本腰をいれてあげないとね。

真弓の目がぎらりと光り、視線を向けられていた魁人はぶるりと震えた。

「……何か悪寒がしたんだけど」

「気のせいよ」

「そっすかね……」





下膳にやってきた陽子は、アヤの食器を見て顔を綻ばせた。

「あら、きれいに食べたのねアヤちゃん。おいしかった?」

「おいしかったー!」

「うふふ、コックさんに伝えておくね」

「マジで美味かったよ。これ毎日食えるなら俺も入院してえ」

おどけたような魁人のセリフに、陽子は目を輝かせる。

「是非!精いっぱいお世話しますっ」

「是非っていうのは問題なんじゃないかしら陽子さん」

「うっ……オフレコでお願いします」

しまった、という陽子の顔を見て、アヤはころころ笑った。その笑顔を見て陽子も微笑む。陽子は和気あいあいと会話を続けながら、てきぱきとワゴンに食器を載せ終えて――最後に、真弓の耳元で何かを囁いた。

真弓以外には聞こえないレベルの小声だ。アヤには聞こえない。だが常人よりも些か優れている魁人の耳は、辛うじてその声を拾っていた。


「……すみません真弓さん。先生から手術の件でお話があると……」


真弓は穏やかな顔のまま眉一つ動かさなかったが、アヤに気づかれないようごくわずかに頷いた。陽子はそれを確認すると「それでは失礼します」の一言と共に部屋を後にする。

「ふー、おなかいっぱい……ねーねーママ、ちょっとやすんだらおしばいのつづきやりましょ!」

アヤが笑顔で真弓にねだる。

「――ごめんね、アヤ。ママこれからちょっとお仕事の電話をしなくちゃならなかったの」

だが真弓はハの字眉で断った。えー、と抗議の声を上げるアヤの眉も同じ角度になる。

「……すぐにおわる?」

「それがちょっと長めのお話になっちゃいそうなの。ホントにごめんね」

「むーっ」

むくれるアヤに再度謝ってから、真弓は魁人にも頭を下げた。

「そんなわけで、ごめんなさい魁人君。用事を思い出しちゃったからどこかで時間潰しててくれる?」

「構わねえよ。そのへんぶらぶらしてるから――」

軽く承諾してそう言いかけた魁人だったが、その視線がふとアヤへ向かう。


――むくれる少女の顔に浮かんでいるのは、怒りよりも悲しみだった。


「……ここでアヤと待っててもいいか?」


「!」


魁人の言葉に、アヤはぱっと顔を輝かせる。

「ええ、もちろん」

真弓は優しく微笑んだ。




ベッドの上に腰かける魁人にぴったりくっついて座りながら、アヤはテレビのリモコンを手に取る。

「えへへー。カイトさん、いっしょにテレビみよー」

「おー、いいぜいいぜ。何見るんだ?」

「マギレディ!」

元気いっぱいにアヤは言う。

――マギレディはいわゆるニチアサアニメである。戦う魔法少女をテーマにした、大人から子供まで幅広いファン層を持つ人気アニメだ。二十年以上の歴史があり、かつて曙テレビはスカルフェイスとマギレディの二本槍で日曜朝の覇権を勝ち取った。

「なんだそりゃ?」

しかし魁人の知識には存在しなかった。

「え、カイトさんしらないの?『むかしはスカルフェイスとマギレディはおなじくらいのじかんにやってたんですよ』ってこはるちゃんがいってたけど」

「あ、そうなの?……ってかアヤ小春さんのこと知ってんのか?」

「うん!ママのつきびとさんなのよ。やさしくってね、アヤこはるちゃんのことだいすきよ」

「はは、そっか。俺も小春さん好きだよ」

「んふー。おそろいね!」

アヤは慣れた手つきでリモコンを操作し、サブスクのメニューからお気に入りを引っ張り出す。

「このブリリアントもね、こはるちゃんがおしえてくれたの。わたしがうまれるまえにやってたマギレディだけど、すっごくおもしろいのよ」

「ふーん……」

「さいしょからみせてあげる。あのねぇ、かなめちゃんがすてきなのよ」

「ほー」

魁人は気の無い返事を返し、とりあえずテレビ画面を見る。間魁人は熱い正義の男番場丈を理想に掲げているので、女児向けアニメへの期待値は低かった。


――ところが。


『おーっほっほっほっホォイ!』


「きゃはは!」

「わははははっ!レバーいったな、レバー!」

魁人は高笑いから流れるようなボディブローで敵を悶絶させるヒロイン『金剛かなめ』の姿に手を叩いて笑い、


『レディはハートで勝負っ!ド根性ですわーッ!!』


「ですわーっ!」

「いけーっ!頑張れマギダイア!がんばえーっ!」

大ピンチの状況を力技で乗り切る雄姿には、拳を振り上げて応援した。


男間魁人、マギレディ・ブリリアントに大ハマりする。


真弓が居れば「二十歳の姿か?これが……」と冷視線を送っただろうが、幸か不幸か不在であった。






小一時間が経過し、第二話のエンディングを見ながら魁人は拍手を送っていた。

「あー面白かった!カッコいいなマギダイア!アヤ、次見ようぜ第三話」

「だめー。きょうはもうくじになるからアニメのじかんはおわりなのよー」

「おいおい、固ぇこと言うなよ」

「ダメなものはダメー」

どちらが年上か分からないやり取りをして、アヤはリモコンを操作した。レコーダーが停止し、テレビ画面は地上波のニュースを映し出す。

「はい、おとなはニュースがすきなんでしょ?」

「嫌いだよこんなの。つまんねえもん」

本心で即答する魁人をアヤはまじまじと見て、「ふぅん」と呟く。

「かいとさんってかわってるわ」

「そーか?」

「だって、おとこのひとなのにマギレディをおもしろいっていうし」

「いやコレ誰が見ても面白ぇって。やってることスカルフェイスと同じだもん」

「おなじ?マギレディとスカルフェイスが?」

「おう。ヒーローモノだろ?誰かのピンチに颯爽と駆けつけて、カッコよく助けて去っていく。そっくりだって」

「そっくり……うーん、ほんとに?」

「ホントホント。だからアヤもスカルフェイス見ようぜ。特に初代――一番最初のスカルフェイスは最高傑作だからよ。超おすすめだ」

「えー。アヤ、スカルフェイスはすきじゃないのよ」

アヤはぷいっとそっぽを向く。事実スカルフェイス最盛期ですら女児のファンはごく少数派であった。日曜朝において大抵の女児は後発のマギレディに夢中である。

「そう言うなよ、スカルフェイスは絶対女の子が見ても面白いから。俺がマギレディ見ても面白いのと同じだよ」

だが魁人は粘り腰を見せた。

「だってデザインがドクロでしょ?ドクロがすきなおんなのこっていないのよ」

「ふっ……痛ぇところをつきやがるぜ」

ぐうの音もでない正論に魁人はやられ顔になったが、それでも踏みとどまった。布教に余念のない男だった。

「だけどな、だから初代スカルフェイスは藤原勝さんっていうイケメン使ったんだよ。マジで見てみろ初代、カッコイイから」

「うーん……」

「最新作は俺が主役やるんだぜ?九月になったら放送するから、それまでにスカルフェイス勉強しといてくれよ」

「……だいじょうぶ?カイトさんがしゅやくだと、わらうおしばいでぜんぶコメディになるのよ」

「未就学児には人の心ってもんがないのか?いいか、俺はこれからなんだよ、これから」

「これからっていっても、9がつまであとちょっとしかないのよ?」

「へっ、一か月以上もありゃあ十分さ。――今に見てろよ」

そこで魁人は顔を寄せてアヤの瞳を覗き込むと、人差し指で小さなおでこを軽くつついた。


「キミを夢中にさせてやる」


アヤのヘーゼルアイに、魁人がいっぱいに映りこむ。


「――」


その瞬間、アヤは大きな目を更に見開いて――自らの胸に手を当てた。

「……?どーした?」

その様子を見て首を傾げる魁人に、アヤはきょとんとしながら口を開く。

「――びっくりしたの」

「ん?何が」

「いまね、おむねがどきんとしたから、またくるしいのがはじまったかとおもったの」

「……苦しいの?」

「うん。アヤ、しんぞうのびょうきだから。ときどきね、くるしくなるの」

「心臓の病気って――おい大丈夫かよっ。陽子さん呼ぶか?!」

思わず腰を浮かせた魁人だったが、アヤは胸に手を当てたまま機嫌よく微笑んだ。

「だいじょーぶ。あのね、イイかんじのどきんだったの!」

「い、イイ感じ?……なら、大丈夫なのか?」

「うん!」

元気に頷くアヤの顔に苦痛の色が無かったので、魁人はひとまずほっとして腰を下ろし、アヤの胸元に視線をやる。大きめの寝巻の隙間から、確かに機械の一部が見えていた。

『位置と形状から無線式心電計と推測される』

バディの補足に、魁人は眉を寄せる。

「……マジで心臓病か。大した事ねえ病気ならいいが」

『手術の話が出たのなら、楽観できる状況にある可能性は低い』

「クソ、そりゃそうだ」

囁き声で吐き捨てて、魁人はアヤの様子を伺う。

重い病気と闘うには、余りにも小さな体だった。

「……アヤ」

「なぁに?」

「えーと……何か欲しいオモチャとかあるか?ゲームとかお菓子とか。俺なんでも買ってやるぜ」

『カテゴリー【不審者】に該当』

「言うなよそういうことを」

『加えてそんな資金はない』

「言うなって。ドクターに泣き落としでどうにかするから」

アヤは魁人の超小声の会話を聞き取ることはできず、唐突な「なんでも買ってやる」宣言にきょとんとしていた。

「とつぜんね、カイトさん。へんなの!」

「う、まぁいいじゃねえか。何かあるだろ、欲しいもの」

「うふふ。ほしいものはね、ママがなんでもかってくれるの。えほんも、おにんぎょうさんも、おようふくも」

「そっか……いいママだな」

「そうよー。ママはせかいいちのママなんだから」

えっへんと胸を張るアヤを微笑みつつ見守りながら、魁人は頭を悩ませる。確かに魁人と真弓では財力という点において天地の差があり、『プレゼントで元気づけよう』作戦は無理があった。

「――んー、じゃあよ、好きな物じゃなくて好きなことは何だ?」

故に、魁人はアプローチを変えた。

「すきなこと?」

「おう。俺でよけりゃそれに付き合うぜ」

『一緒に遊んで元気づけよう作戦』である。

アヤは「すきなこと……」ともう一度繰り返すと、

「わたしは――おしばいなら、なんでもすき」

どこか遠くを見るような目で、そう言った。

「お芝居か。やっぱりママが女優だから好きになったのか?」

「さいしょはそうなのよ。でも、にゅういんしてからもっとすきになったの」

「……入院してから?そりゃまたなんで」

魁人の疑問に、アヤは儚げに笑った。


「――だって、げんじつのわたしはどこにもいけなくても、おしばいのなかでならどこにでもいけるし、なんにだってなれるから」


「――」

「だからすきなの」

呟くように言うアヤに、魁人は直ぐに声をかけることができなかった。

「……そっか」

どうにかそれだけを口にした魁人の脳裏を、アヤの言葉が反響する。

『げんじつのわたしはどこにもいけなくても』。

その台詞が、およそ半年分しかない魁人の記憶、その始まりを呼び起こしていた。


「……スゲー分かるよ、アヤ。俺もそうだったから」


ぽん、とアヤの頭に手を置いて、魁人は言う。

「……え?カイトさんも?」

上目遣いにこちらを見てくるアヤに、魁人は「うん」と頷く。

次々と甦ってくるラボでの日々。それが魁人に一つの閃きを与えていた。


――あった。あったぞ。俺がアヤにあげられるものが。


「アヤ、ちょっと俺の話を聞いてくれるか?」

「うん?」

「実は俺もな―、結構ながいこと病院みたいなトコにいてよぉ。自由ってのがなかなか無かったんだよ」

魁人は身の上話を始める。

カバーストーリーではない、自身の本当の話を。


『魁人。ドクターがラボでの話は他言無用と言っていた。その話が第三者に漏れるとカバーストーリーと矛盾が生じる』

即座にバディがストップをかけた。秘密組織のエージェントにとっては道理そのもののセリフであった。

「見逃せバディ、ちょこちょこぼかすからよ。俺はアヤを元気づけたい」

しかし魁人は抵抗する。

『何を語るにしろ、真実を話す必要はない。適当な話を創作するべき』

「口から出まかせで励ませって?それが出来るくらい器用なら、俺は今頃名俳優だぜ」

小声で、しかし断固たる決意を漲らせながら魁人は言う。

『……』

バディは沈黙した。

しかし体内で暴れて魁人を苦しめるようなことはしない。黙認のサインであった。

「そーゆーところが好きだよ、相棒」

僅かに口角を上げてそう告げて、魁人はアヤに語り始めた。





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