しゃらくせえ 【後編】
「えっ!?」
突如豹変した織笠にぎょっとする魁人を見て、しかし織笠は止まらなかった。織笠にとって、魁人の言は我慢ならない世迷言であったのだ。
「薄っぺらなことほざきやがって!見た目も生き様の一部だっての!むしろ生き様の発露こそ見た目!生き様なんてのは大半が目に見えないけど、他人から見て一番最初に目につく生き様が見た目なんじゃ!」
敬語をかなぐり捨てた織笠は立て板に水の勢いでまくしたてる。
「うっ、み、見た目が、生き様なんすか?」
目を見開いて詰め寄ってくる織笠相手に、魁人は完全に気圧された。押しに弱い男だった。
「そう!あんたの憧れの藤原さんだってねぇ、不断の努力であの身体作り上げてんの。50目前になってあの身体維持するってのは殆ど修行僧みたいな生活する必要あるんだから。あの身体見るだけでストイックな生き様がハッキリわかるってもんよ」
「へぇー……っていうか織笠さん藤原さんと会ったことあんの?!いいな羨ましい!」
「え?そりゃそうでしょ。当然アンタだって近いうちに――ってそうじゃなくて今はアンタの話よ」
織笠にぎろりと睨みつけられ、魁人は口を噤んだ。
「いい?生き様が見た目に反映される、ってことは、見た目もまた生き様に反映されるってことなの。――カッコつけたくて髪を切る。眉整える。肌に気を遣う。お洒落を頑張る。これって本質的にカッコいいことだから。少なくとも髪の毛ぼさぼさで自分で服買ったこともないようなヤツより絶対カッコいい生き様よ」
つらつらと言葉を重ねる織笠。しかしその中には魁人としては疑問を感じざるを得ないロジックも混じっており、勇気を出して反論を試みる。
「だ、だけどなんかすげー研究とかに全部を捧げてるようなヤツもいるじゃねえか。見た目全捨てして世界的な賞獲るようなヤツがいたらそれはカッコいいだろ!」
その魁人の反論には一理あるように思われた。
「それは偉大かもしれんがカッコよくはない!」
だが織笠は即答で斬って捨てた。
両の目は血走っており、殺気に漲っている。
果たしてこの恐ろしい女相手に、魁人は更なる反論を繰り出せるのか。
「ひぇぇ……」
ダメだった。
魁人は震えて二の句を継げなかった。
ディベートに圧だけで勝った織笠は、勝者の特権として更に持論を展開する。
「わかった?中身をカッコよくしたければまず見た目。見た目から入るべき!――なぜなら中身を良くしようと思っても、人間なんてのはそう簡単に変わらんから!その点見た目はちょっとした努力と勉強で確実に良い方向に変えられる!」
そこまで言うと織笠はびしっと魁人に人差し指を突きつけた。
「今!アンタはクソダサロシナファッションから解放され、髪もメイクもプロによって完璧に整えられた!見た目は完璧、と言いたいところだけどまだ足りないものが一つあんのよ!」
「た、足りないもの?」
「そう――それは姿勢!」
「……へ?姿勢?」
「そう!」
断言する織笠に、魁人は片手を口元に当てながら首を傾げた。
そのままこっそり体内の相棒に尋ねる。
「……バディ、俺そんなに姿勢悪いか?自覚ねーんだけど」
『魁人の体幹は極めて強靭。いわゆる猫背とは無縁であり、姿勢は正しいものと推測される』
ある意味で魁人以上に魁人の肉体を熟知していると言えるバディからの太鼓判に、魁人は「だよなぁ」と囁きを漏らす。
しかしやはり織笠の見解は違うようだった。
「アンタ筋肉のおかげで健康的な姿勢ではあるんだけど、見せる為の姿勢ってのをイマイチ理解してないんだよね。こういうスリーピースのスーツなんてのは姿勢一つでがらりと印象が変わるから」
そう言った織笠は壁際にある姿見に指を向ける。
「いい?これが今のアンタ。よっく覚えといて」
「お、おう」
織笠の指示通り、魁人は大きな姿見に写った自分の姿を目に焼き付ける。だが織笠の言う『姿勢の悪さ』は感じ取れなかった。ごく普通の姿勢で、着なれないスーツを着た男が立っている。そう見えた。
「じゃあこっちむいて」
織笠は魁人をくるりと反転させると、その逞しい肩に手をかけながら口を開いた。
「ショルダーラインを意識して。スーツは肩だから。肩甲骨を寄せる感じで。――うん、おっけ。それ立ってる時も座ってる時も忘れないで。あ、でも顎上げちゃだめ。首伸ばすイメージで自然に顎引いてみて――違う。下は向かない。前みるの」
「こうか?」
「ん、イイ感じ」
次々と出される指示に、魁人は素直に従っていく。
「腹筋は基本的に締めておいて……って言うまでもなくアンタ引き締まってんだよね。でも頭には入れといて。――そう、腰は引けないように」
そして最後の指示を終えた織笠は、魁人の姿をみて「うん」と満足げに頷くと、再度その身体をくるりと反転させた。
「ほら、見てみな」
姿見に、魁人の全身が映る。
「――カッコいいよ、アンタ」
織笠の言葉に、魁人はまたも反論できなかった。
魁人の立ち姿から受ける印象は確かに変わっていた。どこかスーツに着られているようなちぐはぐさが、今や完全に消えている。内面は何一つ変わっていないのに、姿見に映った男は自信に満ちているように見える。
間違いなく言えるのは、さっきよりも『イイ男』になっているということだった。
「わかった?アンタそんだけカッコいい生き様を目指してるんなら、見た目にこそこだわるべきなんだよ」
「……見た目にこそ、か」
「そう。カッコいい服着て、カッコいい髪型して、カッコつけて歩く!そんでこそカッコよく生きれるってもんよ!」
自信満々に言い切って、織笠はふんぞり返る。自らの言葉を一ミリも疑っていないその力強い態度は、魁人というシンプルな男を「確かに見た目からイイ男になってくのも手だよな」と容易く宗旨替えさせるかに思われた。
――しかし魁人は一瞬何かを喋りかけるも、やはり口を閉ざし、そのまま楽屋の床に視線をやった。
その様子を見た織笠は眉間に皺を寄せる。
「しけたツラしてんじゃないよ。何でそんなにつまんなそうにしてんの?」
「……織笠さんには、関係ねーよ」
「バカが。ねーわけねーだろ」
「えっ?!」
予想外の答えに魁人は面食らった。ねーわけねーことあるのかと。
「アタシの仕事は、アンタをカッコよくして撮影に送り出すことなの。アンタがカッコ悪いままじゃ給料貰えないんだよ」
織笠は自らのお節介を自覚しながらも、気づけばそう口に出していた。目の前の男には、不思議と世話を焼きたくなってしまう空気があった。
「そりゃ……はは、迷惑かけるな」
力なく笑って、魁人は再び肩を落とした。それを見て織笠は目を眇める。
「――まだ『努力して手に入れたものじゃない』とか『俺の実力じゃない』とか考えてんの?」
織笠の言葉を、魁人は無言でもって肯定した。
「はぁ」
織笠は大きなため息を吐いた。
そして少々考えた後、おもむろに口を開く。
「……アンタ、番場丈が好きだって言ったよね?」
「?お、おう」
「あんたの憧れの丈だって、熱い魂だの正義の心とやらをたまたま生まれつき持っていたのかもしれないじゃん。それが後天的に獲得されたものでなければ、あんた番場丈をカッコ悪いと思うわけ?」
「そんなわけあるかよ!子供時代の描写なんかなかったけどな、番場丈は世界一カッコいいヒーローなんだよ!」
反射的に言い返した魁人を見て、織笠は薄く笑う。
「だろ?だから、同じなんだよ」
「……同じ?」
「そう。――アンタが生まれつき完成されたビジュアルを持っていたとしても、アンタの値打ちは下がんないの。堂々としてりゃいいんだよ」
織笠のその言葉に魁人は目を丸くすると、照れくさそうにはにかんだ。
「それは、その――ありがてぇ。嬉しい話だよ。俺に値打ちがあるってのは」
だがそこで魁人は、でもな、と続ける。
「織笠さん。俺は俺の値打ちを、やっぱり内面に見出したいんだ」
あるかなしかの微笑みを消し、魁人は呟く。
「……俺の値打ちが『外見』にしかないのが、俺は嫌なんだよ」
魁人の吐露を黙って聞いていた織笠だったが、沈黙は長くは続かなかった。
「……アンタさ、現場の誰にでも態度変えなかったよね」
ぽつりと織笠が言う。
「へ?」
脈絡のない言葉に、魁人は間の抜けた声を上げる。構わず織笠は続けた。
「仕事中の話だよ。――ADにも、カメラマンにも、あの黒田監督にも態度変わってなかった。同じように元気に挨拶して、全員の名前覚えて、一人だって役職で呼びつけなかった」
そう言われて魁人が今日の自分を思い出してみれば、確かにその通り行動していた。魁人としては「まぁ、そうかもな」と返すしかない。何せ、ごく自然な振る舞いをしていただけだったから。
「あれって、誰かにそうしろって言われてそうしてたの?」
「いや……挨拶は大事、とは教わったけどな」
「そ。じゃあアレが素のアンタってことだ」
魁人の答えを聞いて、織笠は満足げに頷く。
「もう一個質問。アンタさ、初対面のずーずーしい女の言うこと素直に聞いて、姿勢直したよね?それはなんで?」
「なんでって……だってプロだろ、織笠さん」
事も無げに魁人は答える。当然だろ、と言わんばかりに。
「……ふふ」
何気なく言われたその言葉に、織笠は微かに微笑む。
魁人の言葉は、自然に他人をリスペクトしていなければ出てこないものだ。これまでの言動を総合的に判断した結果、織笠は魁人を『素直で誠実な見どころのある男の子』だと思ったが、流石にそのまま口に出すのは気恥ずかしいし自分のキャラでもないと考えて――
「うわべだけとか言ってたけどさ。アンタ、中身もそんな捨てたもんじゃないよ」
結果、出てきたのはそんなちょっとひねた物言いだった。
だがその声色は予想外に柔らかく、これまでのギャップに魁人は目を丸くして織笠を見た。
「ていっ」
魁人の背中を、織笠は唐突にべしんと叩く。
「いてっ?!」
「はい、さっき教えた姿勢!覚えてる?」
「お?お、おう。肩甲骨寄せて、顎引いて――」
「そう、そして?」
「――下を向かずに、前を見る」
「うん」
満点の姿勢だった。
「カッコいい男ってのはさ、いつだって下じゃなくて前を見てるもんだよ」
魁人の逞しい背中に、織笠は語り掛ける。
「――前、か」
姿見に映る己自身の瞳を、魁人はじっと覗き込む。当然瞳はものを言わず、ただただ魁人を見つめ返している。
――しかし。
『中身もそんな捨てたもんじゃないよ』
織笠の言葉が、魁人の脳裏にリフレインした瞬間――黒い瞳は、ひと際強く輝いた。
楽屋の扉が強めにノックされたのはその時であった。
「織笠さんすみません、スチル撮影巻きでって指示でましてーっ。魁人さんの準備まだでしょうかっ」
ADの声がドア越しに響く。
「大丈夫です、すぐ行きまーすっ」
「お願いしまーすっ」
織笠の返事を確認するや、足音はバタバタと遠ざかっていく。
タイムリミットだった。織笠は魁人に目を合わせる。
「魁人」
「ん?」
「復唱!」
「へ?」
「『中身は後からついてくる』!」
「えっ、な、中身は後からついてくる!」
「よーし!それ忘れちゃダメだかんね!」
織笠は魁人を上から下まで具に眺め、力強く頷いた。
「うん、コーディネートは完璧。アタシはアタシの仕事をした。――だから、あとはアンタよ。自分の仕事分かってる?」
「えーと、上手く撮られること?」
「ちがーう。上手く撮るのは撮影班だから、アンタはそんなこと気にしないでいいの」
「え、じゃあなんだ?」
「究極的には、アンタのすることは一つだけなんだよ」
そう言って、織笠は魁人の背を押す。
「胸張って!カッコつけてくりゃいいの!」
威勢の良い発破と共に。
――それは魁人好みの、素晴らしくシンプルな仕事内容だった。
「得意分野だぜ。カッコつけんのは」
一瞬だけ振り返って織笠に好戦的な笑みを見せると、魁人は勢いよく楽屋を飛び出していく。
前だけを向いて、颯爽と。
――その後ろ姿を見て、
「……ふん。やっぱカッコいいじゃん」
織笠は、仕事の成功を確信した。
◆
スタジオに入った真弓の耳に飛び込んできたのは、黒田の歓喜の声だった。
「魁人ォォォ!お前は天才だァ!!俺も天才だァ!!」
「うるさいよ黒田。……まーだけど実際イイ画撮れたな。仕上がり期待していいよ」
「へへへ、楽しみにしてるよ!……お?」
屈託ない笑みを浮かべている魁人は、そこで真弓の存在に気付いた。ひょいっと片手を上げて声をかける。
「おー真弓さん。丁度撮影終わったところだぜっ」
「そう。うまくいったみたいね」
「まー絶好調ってとこかな!なっ、黒田監督」
「おう、真弓か。……凄いぞ魁人は。前から撮っても上から撮っても下から撮っても後頭部を撮っても完璧な色男だ」
「後頭部が色男ってあり得るの?」
「それがあるんだよ。俺もビビった」
「本当にね」
黒田の言葉に影山も追随する。実際にカメラレンズを覗いていた影山は、黒田の色眼鏡抜きにしても魁人がとんでもない素材であることを実感していた。
「魁人君、実際モデルに舵切ったら覇権とれるよ」
「お、マジっすか?」
「うん。その気があるなら仕事紹介するけど?めちゃ儲かると思うよ」
真顔でそういう影山だったが、より真顔の黒田に詰め寄られた。
「オイバカやめろ影山殺すぞ俺の魁人を誘惑するな」
真顔というよりは鬼の形相だった。
「こわっ」
「はは、有難いけど今の俺は斎木海星で手一杯っすわ」
魁人が誘いをやんわりと断ったので、黒田の顔から険が抜ける。
「ふーん。じゃあオールアップしたらよろしく」
「駄目だ次は銀幕デビューの予定入ってる」
「俺の知らない俺の予定が」
三人はまだ会話を続けているが、真弓はちらりと腕時計に視線を落とす。
娘のアヤとの面会の時間が迫っていた。真弓は「話を遮って悪いんだけど」と切り出す。
「魁人くん、約束のテストの時間よ」
「――あ。そういやそうだったな」
「ん?テスト?何の話だ?」
「この子本読みで笑い声が酷かったから」
「そうなんだよ黒田監督。俺このテストに合格できなかったら補習なんだよ」
「まあ真弓からすりゃあ新人俳優なんて全員棒読みだろ。……それにしても、補習ねぇ」
黒田はちらりと真弓に目線を向けて考える。
――このオスカー女優の補習にどれほど莫大な価値があるか。ほとんどの役者は大金を支払ってでも参加するだろう。さほど乗り気には見えなかったが、実は結構魁人を気にかけてくれてんのか?
「なに」
「いや……そんなに酷い演技だったのかと思ってよ。多分結構器用だろ、魁人は」
「感情表現にとんでもない欠陥があるの。見れば分かるわ」
「ふむ?」
「おーっと真弓さんよ、朝の俺と一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
そう言った魁人の顔が自信に満ち溢れていたので、真弓は「あら」と少しだけ目を丸くした。
「初撮影で何かコツでも掴んだ?」
「おう、胸張ってカッコつけるのが大事なんだ。中身は後からついてくるらしいぜ」
「ふぅん?」
真弓は少し首を傾げたが、別段何か突っ込むことはなかった。
ところでアカデミー賞受賞監督とオスカー女優とトップモデルのような美青年が立ち話をしているので、大変に目立つ。撤収作業中のスタッフもちらちらと視線をやっていた。その中には織笠も含まれており、誰かが言った「なんか魁人さん演技のテストするらしいよ」の囁き声を聞いて足を止めていた。
図らずも増えてしまったギャラリーの前で笑い声を披露することになった魁人だったが、その顔は自信満々のままで不安の色は一切ない。
――こいつはホントにやるかもしれない。無表情の奥にそんな淡い期待を秘めて、真弓はいよいよテストを開始することにした。
「魁人くん、この場でテストできる?」
「もちろん」
「そう……なら適当にキュー出すから、例のシーンの笑い声やってみて」
「おうっ!」
「じゃあ――さん、に、いち、キュー」
「ハッハッハ!」
ロボ再臨。
声だけでかい。
「補習行くわよ」
真弓は握った右拳から親指を伸ばすと、それを後方の扉に向けながら言った。
「ハッハッハ織笠さーん!中身追っついてこねーぞ!」
その魁人の叫びを聞いて、織笠はけらけら笑っていた。
こちらは自然な笑い声だった。




