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しゃらくせえ 【前編】


極東映画撮影所の一角、第五ステージ。今この場所で、急遽主役を挿げ替えたドラマの撮影が急ピッチで進められていた。


「魁人、そこのバミリでターンしてくれ。くるっと切れのある感じで」

「こーか?」

黒田の指示に、魁人は一切軸のぶれないターンで応じた。

「……完璧だ。お前モデルの経験とか無いよな?」

「ないけどまぁ体動かすのは得意だよ」

そう言ってはにかむ魁人の笑顔に、撮影現場全体の視線は釘付けになっていた。


ぼさぼさだった頭はキレイに整えられ、すっぴんでもくすみ一つ無かった顔にはメイクが施され、今や魁人は究極完全体であった。


「なんだっけコレ。パリコレやってんだっけ?」

「こんなんヒロイン真弓さんじゃなかったらどうにもなんなかったんじゃね」

「メイクで魁人さんをブサイクにしないと釣り合いとれなかったかもなぁ」


ひそひそと交されるスタッフ同士の会話もそんなものばかりだ。


しかし、順調に進んでいる撮影現場で、ただ一人苛立ちを募らせる者が居た。


衣装部チーフ、織笠芽衣子その人である。


160センチの身体に纏っているショートブラウスと麻パンツは、どちらも有名コンテンポラリーファッションブランド製。ボトムスの白にブラウスの紺が映えている。幅広のローヒールパンプスはトップブランドをチョイスし、通気性と動きやすさを重視しつつデザインでも存在感を発揮している。仕事の邪魔にならない程度に身に付けられた小物類もどれも質の確かなブランドジュエリーであり、スリムなスタイルを美しく彩っていた。

夏場の化粧崩れを意識したメイクは若干控えめだが押さえるべきところを押さえており、きつめの目つきを見事に和らげることに成功している――と言いたいところだが、怒りが顔に出ている現状気休め程度だった。


「本当ならもっと似合う服いくらでもあんのに……!」


織笠は魁人の纏う衣服を見ながら、地団太でも踏みたい気分だった。自らが宛がった衣装だが、あの空前絶後の美男子に見合っているとは到底言えない。というのもその服は全体的に低価格帯の代物であり、組み合わせの妙で何とか見栄えするギリギリのラインを保ってるに過ぎなかったからだ。

見るからにイライラしている織笠に、少し乱れた魁人の髪を直して戻ってきたメイクスタッフが声をかける。

「しょうがないですよ。黒田監督の指示なんですから」

その言葉に、織笠はがりがりと頭を掻いた。

――序盤の主人公は貧乏な設定だから高い服は着せちゃダメ、という黒田の指示は作品の強度を思えば一理あったが、「全人類は最適なファッションを目指すべき」のポリシーを掲げる織笠にとってはストレスである。

「かー、意味わかんないこだわり……!あんだけの素材どこにもいないんだから、細かい整合性抜きにしてビジュで押してきゃいーんだって!F層全部取り込めっから!」

そんなことを口走りながら、織笠は血走った眼を黒田監督に向ける。偶然目が合った黒田はぎょっとして即座に目を逸らした。二十台にしてチーフを任される女傑の圧はただ事ではなく、シンプルに怖かった。


だが織笠の不満とは裏腹に、撮影自体は文句なく順調に進んでいく。

何せ今撮っているのは宣材とOP映像の一部。演技の入る余地があまりないので、魁人の感情表現における弱点が露呈していないのだ。


「――カット!オッケェ!これ最高のオープニングになるぞ!」


ぐっと拳を握りこんだ黒田が快哉を上げると、現場は即座に次のカット撮影の為に動き出す。歴戦の現場スタッフは速やかに自らの仕事に取り掛かり、織笠もまた魁人に声をかけた。


「魁人さん、衣装変えますからついてきてください」

「おー、よろしく頼むぜ織笠さん」


魁人は織笠の後に続き、楽屋へと向かう。






黒田はその後ろ姿を見送ると、ドヤ顔を長身痩躯のカメラマンに向けた。

「――どうだスゲエだろ影山。俺の魁人だ」

「黒田のなの?いやまあ実際凄いけどね。どこで見っけたのあんなビジュアルおばけ」

「ふっ、長い話になるぞ。覚悟してくれ」

「そんな時間ないからいいよ。クソ忙しいの分かるでしょ」

ずいっと身を乗り出す黒田の額を、影山は迷惑そうに押し返す。二人は芸大の同級生同士であり、交友は黒田が渡米した後も続いていた。関係は気安い。

「……大体なんでお前現場来てんの?今日ほとんどスチル撮影だよ?いらないよお前」

「いやほら、オープニングの撮り直しもあるし……」

「あんなん俺でもなんとかなるよ。前の画はあるんだし、記録さん(スクリプター。撮影の詳細を記録、管理する役目)もいるんだから」

影山は静止画を撮るカメラマンでありながら、動画を撮るキャメラマンでもあった。多才な男であり、キャメラマンとして監督業にも一家言ある。「俺でもなんとかなる」の言葉は嘘でもハッタリでもなかった。

それを十分に知っている黒田は「んむ」と口ごもることしかできない。

「仮眠室行って寝てなよ。二徹してんでしょお前」

「……でもどうしても魁人の初現場は見届けておきたくて」

もじもじしながら言う黒田を、影山は気色悪そうに見た。




ステージの楽屋にて、織笠は手早く魁人を脱がせる。

鍛え上げられた肉体が露わになる。織笠の趣味からすると少々筋肉が付き過ぎているが、特撮ヒーローとしては非常に説得力のある肉体といえた。

織笠は気合を入れ直す。次の衣装はフォーマルなスリーピーススーツ。この衣装に関しては監督からしばりが入っていないため、腕の見せ所といえた。この体格を見事に活かせば、スーツは魁人を空前絶後の美丈夫にしてくれるはずだった。


――それにしても、と織笠は思う。

鍛えられた身体は幾度も見てきたが、この筋肉の付き方は初めて見る。魅せる為の筋肉じゃない。身体を絞った結果浮き出た筋肉でもない。

しいて言うならば、純粋に人体のスペックを上げるための筋肉。そんな印象を受ける。

「……凄い身体ですね。役作りの為に鍛えたんですか?」

それが珍しくて、織笠はそう尋ねていた。魁人がスタッフとも気さくに話すタイプの役者であることは撮影中の様子で分かっている。

「あー……まーそこそこ鍛えはしたけど、こりゃ才能の部類かも。なんつーか俺、結構筋肉付きやすいっていうか」

案の定、答えは直ぐに返ってきた。しかし、その声はどこか煮え切らない。

バディによって文字通りの『肉体改造』が可能な魁人にとって、五体は誇るものではなかったからだ。

「へぇ、それはラッキーですね」

「ラッキー……そうだな、ラッキーなんだよ。ただの」

何気なく続けた会話に含みのあるセリフが返ってきて、織笠は小首を傾げた。

「……?カッコいいのは良いことじゃないですか。監督も大喜びしてますよ」

「カッコいい……ホントか?」

「は?」

織笠が思わず漏らしたその一言には、『何言ってんだコイツ』の感情がモロに出てしまっていた。この男がカッコよくなかったら全人類ブスである。

「……俺のこの顔とかスタイルとか運動神経って、持って生まれたようなもんなんだよ。俺が努力して手に入れたものじゃない。俺の『実力』じゃない」

「はぁ。それが?」

「その、それにおんぶにだっこってのは、なんかカッコ悪い気がしてよぉ」


――今現在、シンプルな男にしては珍しく魁人の胸中は複雑だった。


大女優による相次ぐダメ出しで凹むだけ凹んでいたところに、撮影で思わぬ大絶賛。しかしその賞賛は魁人の『見た目』に向けられたもので――そこに、魁人は引っかかりを感じていた。

「……思ったんだよ。俺って『それ』ばっかだな、って」

「それ?」

「うわべだけ、ってこと」

織笠に語りながら、魁人は考える。

『カッコいい』という単語で真っ先に思い浮かぶのは、どうしたって番場丈だ。ああなりたい、というその一心。それが記憶喪失の自分の大部分を形作っているといっても過言ではない。

だがその憧れの気持ちは、決して丈の見た目に向けられたものではなかった。

そう。憧れの番場丈はいつだって熱い心と生き様で勝負していた。つまるところそれは人間の『中身』だ。

――我が身を顧みれば、どうだろうか。

ヒーローを真似て生き、役者の真似事で仕事を得た。過去の無い自分は、表面を取り繕って生きてきた。その結果、奇妙な幸運によってスカルフェイスという憧れの『ガワ』を手に入れることができた。

だが皮肉なことに、スカルフェイスになろうとした結果化けの皮が剝がれた。

おこがましくも俳優を名乗ることになったにもかかわらず、肝心の演技がポンコツなまま見た目だけを賞賛されている。自分にとってこの状況はなんとも居心地が悪く、また『カッコ悪い』ように思えるのだった。


「……織笠さん、番場丈って知ってる?」

不意に飛び出した魁人の疑問に、織笠は訝し気にしながらも頷く。

「そりゃ知ってますよ。藤原勝さんの役ですよね。初代スカルフェイスの主人公」

「そうそう!俺の憧れってその丈なんだよ。男ってのはあーゆー風に、かっこよく生きるもんだって思ってる」

「はぁ……?」

余りにも子供っぽい言葉に、織笠は魁人が冗談を言っているのかと思った。

だが魁人はこれ以上ないくらいの真顔だったので、とりあえず話を合わせることにする。スカルフェイスクロスの衣装部として、初代のあらすじくらいは把握していた。

「ええと、確かに作中結構モテてましたよね?敵にも惚れられたりして」

「魔人サキュバスだな敵組織デモンズの女幹部。変身前は班目愛、悲しき過去の持ち主だ」

魁人は急に早口になった。

「冬川雅さんの役ですね。当時愛役で爆発的に人気跳ねたらしいですよ、雅さん」

「そりゃそうだろうなぁ。そんだけいいキャラしてたもん、愛。ほんとイイ女だったんだ」

目を輝かせながら好きなものに言及していた魁人だったが、そこで不意に視線を落とす。

「……でもその愛だって、丈の見た目に惚れたわけじゃない。丈の熱い魂とか優しい心とか正義感みたいな――結局のところ生き様に惚れて、最後デモンズを裏切るところまでいっちまったんだ」

「はぁ」

「つまり、男は中身。生き様ってことだよ。だから、俺はきっと、」

そこで魁人は一瞬口を噤むと、少しうつむいたまま――

「――外見じゃなくて、中身で勝負したいんだ」

静かに、心の内を零した。


「しゃらくせえ」


それを織笠は一蹴した。




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