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大欠点


数時間前――


「さて。これどーすっかな」

自室のテーブルに置かれたヴィーライトを眺めながら、魁人は考え込んでいた。

本来なら即座にラボに引き渡さねばならない代物だが、昨夜は説教でそれどころではなかった。メッセージアプリに投下される怒涛の嫌味から解放されたのはつい先ほどのことだ。

「今からラボ行ったら出勤に間に合わねーもんな」

『保管しておけばいい』

「そりゃそーなんだけど、この部屋金庫とか無いんだぞ。危険物置いて外出すんのはマズいんじゃねえの」

『ならば持ち歩くのを推奨』

「それはそれで不安じゃん。どっか落としたらどーする。俺そーゆーことしそう」

『――合理的な保管法がある』

「ん?合理的な?」

『魁人。ヴィーライトを掌に乗せろ』

「おう?」

首を傾げながらも、魁人は言われた通りにする。

――直後、ヴィーライトは魁人の体内に『沈みだした』。

「ちょっ!?何を!」

慌てて掌をひっくり返す魁人だが、時すでに遅い。

ヴィーライトは魁人の体内に吸収されていった。

『これが最も安全な保管法。これでミサイルの直撃を受けても手放すことはない』

どこか満足げなバディだが、当然魁人は泡を食った。何らかの健康被害が絶対ありそうな光景だった。

「俺は安全なのかよ!大丈夫なのこれ?!」

『理論上安全――いや少々待て』

「え?!……あっなんか気分悪い!気持ち悪いぞ!」

『なるほど。干渉を仕掛けてきたか。――馬鹿め。質量と性能の差を思い知らせてやる』

「人の体内を勝手にバトルフィールドにすんな!おぐええなんか吐きそう!」


筆舌に尽くしがたい不快感が続く。魁人はのたうち回ったが、一分ほど経過すると苦痛は不意に収まった。


『勝利した。完璧に支配下に――いや、同化したというべきか。もはや脅威はない』

バディのその宣言を、ごろりと仰向けになって聞いた魁人は、ひくつく唇をゆっくりと開いた。

「……おうコラごめんなさいが先だろうがバディ」

『想定外の苦痛を与えてしまったことは謝罪する。しかしこれはメリットの大きい保管法だった』

「あん?メリット?」

『当方の質量が増大したことにより、性能も向上したのだ。魁人の肉体の変質、強化もよりスムーズに行えるようになった』

「ほー。性能の向上ってどれくらい?」

『三パーセントほど』

「誤差っていうんだそれは」

『しかし向上したことは確か』

「はいはい」

不毛な言い争いをなぁなぁで済ませると、魁人はのそのそ立ち上がった。


気分は大分悪かった。

一晩続いた説教の挙句大金欠が確定した上にひどい苦痛を味わったわけで、一日のスタートとしては最悪の部類だろう。


「……今日はなんかいいことあるといいなぁ」


少々背中を丸めながら、魁人はぽつりとつぶやいた。







そして今。


「ダメ。全然ダメ」

「くぅーん……」


魁人の願いは空しく散っていた。


大女優によるダメ出しに、魁人は負け犬ボイスで応じている。

読み合わせ開始から五十分程が経過していたが、最早何度「ダメ」と言われたか魁人の記憶力をもってしても定かではなかった。

中でもダメ出しが強烈だったのは、感情表現。海星が笑い声を上げるシーンである。

「本当に貴方笑うの下手ね。どうしてそうなっちゃうの?」

「俺が聞きてぇよぉ」

「もう」

ハの字眉の魁人が非常に情けない声を上げたので、真弓は思わず嘆息した。

「ふぅ……あのね、このシーンは序盤の勘所よ。盛り上がるシーンではないけれど、海星が明確に『ヒーロー』になるのはここからなの。成り行きでも恩返しでも報酬目当てでもなく、初めて自分の意思で誰かを助けて、その助けた子供から笑顔で礼を言われる。――この時の海星の心の動きを、この短いセリフと笑みだけで表現しなくてはならない」

「ウス。頑張ってるつもり、なんスけど」

「……じゃあもう一回笑い声やってみて」

「はい。ハハハハハ!」

魁人は頑張って笑い声を上げた。

真弓は徐々にフェードアウトしていく笑い声をじっと聞き終えて、おもむろに口を開く。

「何で急にロボになったの?」

「ロボにはなってないです」

「じゃあ何それ」

「何と言われると、俺の精いっぱいと答えるしかない」

肩を縮めて答える魁人を、真弓は白い目で見た。

「……ちょっと休憩しましょう」

「っす」

魁人は大きくため息を吐くと、机に突っ伏した。

魁人の体力はバディによる変質抜きでも人間の上限値を叩いているが、今の疲労感は凄まじかった。精神の疲労が肉体を貫通している。

「なー真弓さん、埒明かねえよ。この笑うシーン、コピー作戦で乗り切っちゃダメか?」

腕組みして「どーしたもんかなー」のポーズをとっている真弓に、魁人はそう切り出した。

「ダメ。アレは本当に最後の最後まで使わないようにしなさい」

しかし真弓は言下に否定する。

その強い口調に、魁人は唇を尖らせた。

「でもアレなら随分マシな笑い声を出せると思うぜ。何でダメなんだよ?」

「色々理由はあるけど、一番は整合性がとれないからよ」

整合性。その言葉に首を傾げる魁人を見て、真弓は語りだした。

「例えば、今回の笑いを含めた台詞を――仮に、一流の俳優が演じた『Aくん』という役の演技としましょうか。Aくんの猿真似で乗り切ったとしましょう。不可能ではないと思う。貴方は小器用だから」

「なら――」


「その後のことを考えなければ、ね」


「その後……?」

「魁人くん。主人公は変化するものよ。長いスパンで撮る作品であれば、それは顕著だわ」

変化。その言葉を聞いて、魁人は数々の作品の主人公を思い浮かべていた。

「――確かに、大抵主人公ってのは成長して変わっていくけど。それがなんなんだ?」

「簡単な話よ。今後似たようなシチュエーションがやってきた時、また同じAくんを真似るとどうなると思う?」

「だから、真似すりゃそれなりに自然な笑い声出せるって」

「そう、つまり以前の海星と全く同じ笑い声が出てしまう。海星が変化しているのに、貴方の演技はそれを表現することができない。そんなことが起きてしまうの」

魁人は「あっ」と声を漏らした。まさしくそれは、コピー作戦における致命的な欠点であった。

「じゃ、じゃあよ、イイ感じに変化した海星に近い演技、それを真似たら解決するんじゃねえか?」

縋るような魁人の言葉に、しかし真弓は首を横に振る。

「……Aくんが奇跡的に海星と似たような変化をしていく役であるのなら可能かもね。スカルフェイスクロスとほぼ同じキャラが登場して、同じ道筋を辿っていく作品であれば、そんなこともあり得るかもしれない」

そんなことがあるわけないのは、魁人にも分かった。

「じゃあ、別にAくんにこだわらなくていいんじゃねえか?別の作品から、イイ感じに成長した海星と似たような役探してよ――」

「そうして今度はBくんの演技を真似るわけね」

「……まぁ、そうなるかな」

真弓は小さくため息を吐いた。

「あのね、海星は主役よ。どれだけのシーンを撮影すると思ってるの?」

「そ、そりゃあ結構膨大なシーンを……」

「そうよね。その膨大なシーンに対応しようと思ったら、当然AくんとBくんだけじゃ足りなくなるわよね」

「……ッス」

「そうなると別々の役を、どんどんどんどん斎木海星という一人の人間に押し込めていくことになる」

そこまで言うと、真弓はじっと魁人の目を見た。

「それで出来上がるのは怪物よ。ツギハギだらけの、見るに堪えないモンスター」

「……っ」

――ツギハギのモンスター。

その言葉は、何故か魁人の胸に鋭く刺さった。

「――魁人くん」

ぎゅっと眉根を寄せる魁人を見て、真弓は諭すように続ける。

「どれだけ上手に誰かの真似ができても、海星にはなれないのよ。海星はまだどこにもいないから」

「まだ、どこにも……」

「そう。だから斎木海星という役は、貴方自身がのたうち回って掴むしかないの。つまり――」


――ズルしないで頑張りなさい。


真弓の真摯なアドバイスに、魁人は「はい」と力なく答えながら項垂れた。


「私としても、なるべく手伝ってあげたい気持ちはあるの。何か聞きたいこととかある?」

「聞きたいこと……そりゃまぁ根本的に、どうやったら自然な笑い声って出せるのか聞きたいけど」

「発声のコツみたいなものはあるんだけど……貴方発声自体は良いの」

「じゃあ発声とは別枠のテクニックが必要になるってことか?」

「そのアプローチもあるわ。技術で感情を表現することも出来る。――でもそれって訓練で身に着けるものなの。今その時間はないわ」

「じゃあダメじゃん」

「だから、心のほうで何とかするしかない」

「心のほう?」

「ええ。笑い声を上げるんじゃなくて、本当に笑うの。――思い出してみて。人生の中で、笑えたことってそれなりにあったでしょう?嬉しかった思い出。その時のことを思い出して、その気持ちを増幅させるの」

「嬉しかった思い出か……」

言われた通り、魁人は過去の記憶を思い起こす。


――それこそ、スカルフェイス役決まった瞬間は嬉しかった。だが、あの時の「よっしゃあ」を増幅していっても、この海星の喜びには到達しないように思えた。おそらくカテゴリーが違う。

ならば他の思い出を、と魁人は記憶を探ろうとして――直ぐに肩を落とした。

朧げな苦痛の記憶と、ラボでの治療と訓練の半年間が、魁人の記憶のほとんどだったからだ。

「……なるほど。記憶喪失って俳優向いてねーんだ」

『そもそも記憶喪失がプラスに働く職業は存在しないと推測される』

「うるせー」

残酷なセリフを体内で囁くバディを一言で黙らせ、魁人はがしがしと頭を掻いた。

「なぁ、真弓さん。このシーン撮影するのっていつなんだ?」

「香盤表見る限りでは四日後」

「ゲッもうすぐじゃん。なんで第六話なのにそんなに慌てて撮影すんだよぉ」

「スタッフとか役者の都合があるから。どんなドラマも、時系列順にシーン撮ってられないの」

「あー……そういうことか」

真弓の説明を聞いて、魁人はなるほどと頷く。

例えば一話では五秒の出番しかないが、五話では数分出番がある役者が居たとして、わざわざ都度スケジュールを押さえるのは非効率的だ。一度に一話と五話の出番をまとめて撮影してしまえばいい。

そこまで思い至った時点で、魁人は「待てよ?」と呟いた。極めて危険な可能性が脳裏を過ったからだ。

「真弓さんよ」

「なに」

「じゃあ序盤撮る前に最終話あたり撮るってこともありえんの?」

「新人を使う作品だから、流石にそこまで極端なことはしないでしょうけど……まぁ可能性はあるわね」

「ヤバイじゃん」

魁人は声を震わせた。未熟な海星すら表現できない現状、物語終盤の成長した海星を演じられるかと言えば可能性はゼロだった。

「ちなみに四日後って言ったけど、猶予が三日間あるってわけじゃないから。今日だって貴方これから衣装合わせと広報素材の撮影なんかで夕方まで潰れるわ。実際に練習に充てられる時間はもっとずっと少ないでしょうね」

「オワワ」

「加えて言えば第一話の撮影はもう明日から始まるわよ」

「――はっはっは!気ばかり焦るぜぇーっ!はっはっは!」

「発声は良いのよね……」

やけくそで笑い声を上げる魁人を、真弓は頬杖付きながら見ていた。そのいつも通りの美しい無表情は、一見すれば退屈してるようにも見えたが――実のところ内心は真逆であった。

真弓は考える。


――面白い。この子は本当に面白い雛鳥。

第一印象では才能ないかと思ったけれど……本当の本当に素人だっただけなのね。奇妙にアンバランスな部分があるけど、素質だけなら滅多に見ないレベルにある。

特に目を惹くのは地頭の良さ、というか学習能力の高さ。台本を一目で覚えてしまうし、一度聞いたことを絶対に忘れない。おまけにとんでもなく素直だから、一つ一つのアドバイスを正しく受け取って自分のものにしている。

乾いたスポンジが水を吸い込んでいるみたい。教えれば教えるだけ赤子のようにすべてを吸収していく。たった小一時間、いくつかコツを教えただけで、『ド素人』から『将来有望な新人役者』に変身しちゃった。

これ以上に成長の速い人間を、私は他に一人しか知らない。もちろん今はまだまだひよっこだけど、適切な指導を受けて演技の勉強をすれば稀代の名俳優になれるかも。


――とはいえ激しい感情表現が極端に苦手なのは、まぁたしかに珠に瑕。他のセリフはこれだけ器用なのに、笑い声だけ如何にもな作り物になってしまうのは、おそらく内面に何か不具合があるから。

……だけどそもそも激しい感情表現というのは難しい。そのくせ分かりやすく目立つシーンでもある。ここが下手だと、見ている人からは「演技そのものが下手な役者」と判断されがち。

何とかしてあげたい、けれど。


……多分、この子に向いているのはメソッド演技。これだけまっさらな感性をもっているなら、役を掘り下げて自らと重ね合わせていくメソッド演技に舵を切れば完璧な『斎木海星』になれる可能性がある。

だけどメソッド演技を試みるには役作りの為の時間が必要。今そんな時間はないし、この素直すぎる魁人くんにメソッド演技を勧めるのは少し怖い。あの技法は役者のメンタルに悪影響を及ぼすことがある。完璧に『斎木海星』になりきった結果、自分が『間魁人』か『斎木海星』か分からなくなる、なんてことが起きたら病院送りになってしまう。

でも、このままじゃ埒があかないのは確か。


「はっはっはっ……。そうだ笑気ガス、笑気ガスで何とかならねーか……」


ついに魁人くんはうつろな目でダメなことを言い出した。ほっとくとメソッド演技関係なしに病院送りになっちゃういそう。


――あ。


『病院送り』。そのワードが、不意に昨夜の小春ちゃんの言葉を思い起こさせた。




『――じゃあ病院に魁人さん連れて行っちゃうのはどうです?読み合わせなら病室でも出来るでしょうし、アヤちゃんも『そんなイケメンさんならあってみたいわ!』ってはしゃいでましたし――』



……。

なるほど。


行き詰った役者が殻を破るには、何かのきっかけか、あるいは時間が必要になる。

きっかけになるかはともかく、練習時間を捻りだすことは出来そう。


「魁人くん、貴方今日は17時に撮影終わるみたいだから、その時もう一度笑い声のテストするわ。ヒマな時間に精いっぱい練習しておいて」

「それはもちろんするけど、ハッキリ言って半日でどうにかなるとは思えねーぞ」

うん、正直そうよね。

「その時はしょうがないわ」

だから――

「赤点取った子には、補習してあげる」




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