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コーヒーフレーバー


翌朝八時。魁人は黒田に言われた時間と場所をきっちりと守り、極映スタジオの会議室に一人で待機していた。

だらーっと椅子に座りながら、魁人は端末を眺めている。

画面には昨晩のドクターとのやり取りが表示されていた。




Dr:そうかそうか。つまりたった一週間で職を見つけることに成功したわけだな?テレビ俳優というエージェントが絶対就いちゃダメな職業にたった一週間でありついたわけだ。すばらしい生活力じゃないか、ええ?


カイト:そう……っスかね。


Dr:もちろんだとも。そんな素晴らしい生活力を持つキミのことだ。月百万円の生活費などもう当然必要ないな?


カイト:……ッス。


Dr:ということはだ。本来福利厚生の一部として考えていたが、家賃と水道光熱費も自分で支払えるな?


カイト:あいやちょっと、今は手持ちが少なくてですね。その、給料の先払いの件もまだ確定はしてなくて


Dr:ああ?


カイト:……ッス。




――魁人はそこでメッセージ履歴を閉じた。

その後も延々とドクターの嫌味と説教が続いていたが、もう一度読む気は起きない。何度読み返してみようが、当てにしていた収入が消えて、代わりに出費が増えたことに変わりはない。


しかしその件に関して魁人は納得していた。


なにせ、ドクターは最終的に俳優業を認めてくれたのである。

無論条件付きだった。撮影がオールアップしたら即座に顔と名前を変えること。絶対に超人的な身体能力を露見させないこと。アンチレギオンのエージェントであることがバレるのはもってのほか。もし緊急任務が発生した場合は当然撮影よりも優先すること。その他細々としたことを約束させられた上で、魁人はスカルフェイスになることを承認された。


だからその件について魁人は後悔していない。スカルフェイスをやれる。その為にはどんな条件だろうと甘んじて受け入れる。


故に後悔しているのは別のことだ。


端末をポケットに突っ込むと、魁人は力尽きたかのように机に突っ伏した。


「買うんじゃなかったぜ、あんなもんをっ……!」


そして慟哭する。

眼の下にクマを作った魁人は今、心の底から昨日の無駄遣いを悔いていた。覆面はともかくTシャツは不要だったはずで、Tシャツは結構いい値段がしたのだ。

五千九百八十円あれば何食賄えたかと考えると血涙が出そうなので、魁人はバディに泣きついた。

「うぉーん先払いの件がなくなったらガチで財布はすっからかんだぞバディ。どーしよ飢え死にしちゃう」


『最悪サラダ油を飲用すれば格安で十分なカロリーを補給できる』


バディはクソみたいな解決策を提示した。


「ホントに最悪じゃねえか。そんなもん人間の食事じゃねえぞ」

『だが仮にもサラダの名を冠する油だ』

「だからといって」

バディとぶつぶつ言い合ってた魁人だが、部屋の外から足音が聞こえてきたので口を噤む。

時間的に黒田監督だろうと当たりを付けた魁人は、「先払いの件を真っ先に聞こう」と心に決めて姿勢を正す。

しかし、扉を開けたのは意外な人物であった。

「おはようございます」

会議室に入った真弓は、静かに朝の挨拶をする。

「えっ、あ、おはようございます?」

突然の丁寧な挨拶に、魁人は反射的に同じ挨拶を返した。それを見て、真弓は満足げに頷く。

「それでいいわ。大事よ、挨拶。この業界では昼だろうと夜だろうと『おはようございます』でいけるから、覚えておいて」

「へー、勉強になる……ってアレ?真弓さんも朝イチで呼び出されたのか?」

「いいえ。黒田監督から伝言があるわ。『すまん一時間ほど遅れる。ちょっと待っててくれ』だって」

「あ、そなの。……いや、そりゃいいんだけど、真弓さんをそんな言伝に使ったのか?大女優を?」

「たまたま早く撮影所に来たところを捕まったの。ついでに届け物も頼まれちゃった」

そう言って真弓は机の上に手提げ袋を置く。

「え、俺に?」

真弓が頷いたので、魁人は何だなんだと袋を開く。

小さな袋に収まっていたのは、スマホと充電器であった。

「おおっ、スマホ!」

魁人は目を輝かせた。

昨日黒田は当然のように魁人の連絡先を聞こうとしたが、魁人は答えられなかった。何しろ魁人の持つ端末には電話番号そのものが存在しないし、そもそもプライベートでの利用は機密保持のためドクターから制限されている。塒のマンションにも固定電話は存在しない。

「仕事用に貸し出すそうよ。監督は余程貴方の首に鈴を付けておきたいみたい。……それにしても今どきスマホ持ってないって絶滅危惧種よ、貴方」

「いや、似たようなのは持ってんだけどね。機能が色々制限されてるというか」

言い訳じみた台詞もそこそこに、魁人はスマホを手に取る。既に充電はされており、問題なく使用することができた。

「へへへ、借り物でもちょっと嬉しいな。欲しかったんだよコレ」

「あんまり私用で使うと怒られるわよ」

「へーい。ま、でも一時間あるみたいだからよ。暇つぶしがてら、ちょいと操作に慣れておこうかな、と」

「それはダメ。後にして」

真弓は魁人の手からスマホを取り上げると、小さな袋に戻してしまう。

「なんで?」と顔に疑問符を浮かべる魁人の隣の椅子に、真弓は自然に腰かけた。

「……?真弓さん、俺に何か用事あんの?」

「ええ、少し」

そう言った真弓は、視線を少し落として魁人のボトムスを眺める。

「――ところで、今日は新しいボトムスなのね」

真新しいが安そうなストレートパンツを見て、真弓はぽつりと呟く。

「ん?おう、お陰様で新しい服が買えたからな。家帰ってから気づいたんだけど、思いのほか汚れてたんだよアレ」

「そう。染み抜きのやり方なんかは小春ちゃんが詳しいから、後で聞いてもいいかも。クリーニングに出しちゃうのが手っ取り早いと思うけど」

「へー……ってそういえばその小春ちゃんどうしたんだ?別行動?」

「昨日色々あってね。今日はお休みあげたの」

あー、と適当に相槌を打ちかけた魁人だったが、そこでふと考えた。


――頭おかしい男に襲われて、下手すりゃ死んでたわけだからなぁ。トラウマ級のショック受けててもおかしくないか。……でも小春ちゃん戦ってる時めっちゃ元気に声援送ってくれてたような気ぃするな。なんか一緒に襲われてた真弓さんもしれっと職場に来てるし。イイ女ってタフなもんなのか?

――っとそれはともかく一応アレだな、事情聞いといたほうがこの場は自然だな。知ってるけど。


そんな具合に魁人は姑息なことを思いつき、精いっぱい何も知らない顔を作ってから口を開いた。

「色々って、何があったんだ?」

白々しい質問であった。

すっとぼける魁人をじっと見て、何故か真弓は口元を押さえた。

「……これは骨が折れそうね」

「は?」

「何でもないわ、大したことじゃないから。……それより、今大事なのはコレ」

真弓はカバンから何かを取り出すと、机の上に広げた。

台本である。

「貴方への用事はコレよ。さぁ、読み合わせを始めましょうか」

「え?読み合わせって何?」

「……そうね。素人なんだから、そこからよね」

真弓は丁寧に本読みや読み合わせといった業界用語について解説を始めた。分かりやすい説明で、どうやらこれから台本を読み上げての練習に付き合ってくれることを魁人は理解する。

「大女優自ら演技の手ほどきしてくれんのかよ。そりゃありがたいけど、いいの?」

「黒田監督に頼まれちゃったから。……それに貴方には、恩があるでしょう?」

「恩?」

はて、と魁人は首を傾げる。昨日助けたことがバレてるわけはないので、それ以前に何かあったかと記憶を辿り――

「あ、コーヒーの件か。あんなの恩のうちに入らねえぜ」

「……そう。でも、義理堅い女なの。わたしって」

「ふぅん。そりゃ、なんというか――無料のコーヒー一杯、高くついたな」

魁人はにっと真弓に笑いかけて、からかうように言った。


「そうね」


真弓はそっけなく返事を返すと――少しだけ、微笑んだ。


「なかなかいい仕事をしたわ、あのコーヒー」



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