【5:遠来の客】
商会の者を呼び出し、取りまとめたあれこれを確認してもらうまでに数日。ひとまず発注を終えても、レフノールは一息つく、というわけにいかなかった。調達する必要があるのは、今回発注したモノだけではない。任地までの移動のことを考えておく必要があり、任地で兵たちまでが揃ったならば、日々食べてゆく食糧のことを考えておく必要がある。
ブラウエル少尉には、任地までの移動に関する計画と手配を任せた。
何日の旅程になるのかを確かめ、日ごとの宿をどこで取るのかを決める。人数はさほど多くなく、それも兵ではなく下士官と将校なので、宿泊は概ね各地の領主に話をつける、ということになる。つまり、領主たちに対して書状を出して、おおよそこれこれの日に館に泊めてほしい、という依頼をする形になるのだった。
旅程表を出させ、依頼状の案に目を通し、レフノールは依頼状の方をいくらか手直しさせた。
「もちろん、君の書状が悪い、というわけじゃあないんだが」
どう言うのがいいのだろう、と考えながら、レフノールは広げた書状の案の文字を指でなぞる。
「もう少し、腰を低くしてもいい――というか、その方がいいと思う。まあ、一応の金は払うことになるんだが、俺たちは招かれて行くお客様というわけじゃないからな」
ブラウエル少尉にはそれで伝わったようだった。なるほど、と頷き、このあたりが少々上からになっていたかもしれません、といくつかの文を手で示す。
「そうだな。こちらも公用だから、あまりへりくだり過ぎる必要もないんだが……まあ、そのあたりの匙加減は、やりながら覚えていってくれ。基本的なところは問題ないから、あとは細かい部分を、というところだな」
「ではここと、このあたりを」
「うん。年季が入ればそういうのはなんとなく身についてくるものだ」
「……隊長も、言うほどのお歳ではないかとは思いますが」
小さく笑いながら、ブラウエル少尉が指摘する。
「俺はどちらかというと腰が低すぎだと言われる方だった。家が商売をやっていてね。取引先にせよ客にせよ、高圧的にやるという選択肢がないからな」
「自分は王都の役人の息子です。いろいろと、あるものなのですね」
頷きながら、レフノールは兄のことを思い出している。次兄のイグネルトは、高圧的に出られそうなときほど物腰が丁寧になる、という評判だった。売掛の金が支払われないとき、注文通りのものが納められないとき、そのようなときにも相手先へ出向いては丁寧だが断固とした態度で交渉をまとめてしまう。
「物腰の柔らかい奴のほうが、俺は怖いと思うんだよな」
ああ、とブラウエル少尉が頷く。何か思い当たるところがある様子だった。
「まあ、怖がらせる必要はないんだが、ちょっと丁寧すぎるかもしれない、とこちらが思うくらいでちょうどいいと思うよ」
※ ※ ※ ※ ※
そのようなことがあって、更に数日後。
レフノールはブラウエル少尉とともに、下町のとある酒場を訪れている。親睦を深めるために、というわけではない。仕事の話だった。
「酒が飲みたくなる味だな」
混み合う酒場でどうにかテーブルをひとつ確保し、塩と香草の味の効いたソーセージを口に運んで、レフノールが言う。少尉は曖昧に頷いた。どう返答したものか決めかねている様子だった。
「あの、隊長」
「ん?」
運ばれてきたピクルスの器をテーブルに置き直して、レフノールが応じる。
「これは一体……?」
「人と会う約束を……まあ、君も顔は合わせておいたほうがいいと思ってな。仕事が終わるまでは我慢してくれ。終わったら、このあたりで呑んでいって構わない。いくらか出すよ」
「いえ、そうではなく」
誰と、どういう用事で会うのか、という説明が抜けている。
「まあ、そのあたりは実際に会えば――」
「いた!」
場にそぐわないような、高い声。レフノールにとっては聞き覚えのある声だった。
「大尉さん!」
笑顔で手を振る冒険者のヴェロニカに、おう、と手を挙げてレフノールが応じる。4人の冒険者が、混み合う店内のテーブルの間を縫うように通り抜けて、レフノールたちが座るテーブルへとやってくる。
「相変わらず目がいいな。ヴェロニカ、君なら見つけてくれると思ってた。座って適当になにか注文してくれ。払いは俺が持つ」
4人の冒険者たちが椅子に着くのを待ちながら、レフノールはブラウエル少尉に声をかけた。
「何度か話したろ、第2軍団のときに世話になった冒険者だ。君にも紹介しておこうと思ってな」
すみません今回はちょっと短めです。
仕事だけど超勤手当は出ない(管理職扱い)(そもそも時間外の概念がない)




