【4:仕様策定】
翌日。
レフノールはブラウエル少尉を交えて、調達の段取りを確認している。
「これはあれだな、納品先も別々に書いておく必要があるな」
「そうですね……」
ブラウエル少尉の表情が浮かない。
レフノールの言葉のとおり、調達する品々はものによって納品すべき場所が異なる。大半の物資は、任地である西方の小都市、パトノスに収めさせる。だが、仮兵舎にいる人員の分は無論、仮兵舎で受け取らなければいけない。更に前線に近いふたつの村、アトルスとエディルの近傍にある砦の備品であれば、受け取るべき場所は現地だ。
納品先はどうなっていたかな、と呟いたレフノールの言葉から、ふたりは書類をすべて洗い直す羽目になっていた。そして、納品先に関する記述はどこにもない。通例であればそれは、発注した場所で受け取る、ということになる。
下案を用意したのはブラウエル少尉で、素案の段階でそれをよしとしたのはレフノールだった。どちらも、新たな部隊の立ち上げに参画したことはない。だから、納品すべき場所が複数あり、ものによって受け取る場所を変えなければならない、という視点が抜け落ちていたのだった。
「すまん、俺がそのあたりをもう少し気にしておけばよかった。書いたやつはそのままでいいから、別紙に注記として付けておこう。大きな荷物をあまり長々と運びたくはないしな」
「はい」
「品目ごとに使う場所はわかるよな? ちょっと不格好だが、発注書の最後に『品番ごとの納品先は別紙のとおり』とでも追記して、あとは別に品番と納品先の一覧表を作ろう。最低限それで伝わるだろう。明後日には調達先の連中を呼んであるから、今日明日で仕上げる」
「はい!」
「貴官からは何かあるか?」
「ふたつあります。ひとつは、受け取る場所ごとに納期を変える必要があるということ」
「……たしかにそうだな」
少尉の言葉に、レフノールが頷く。王都の仮兵舎とパトノスの拠点では、発注した諸々が必要になる時期が異なる。納品がその時期よりも遅くなるのは論外として、早すぎるのも問題だった。
「仮兵舎で受け取るモノはいつでも差支えないとして」
「はい」
「パトノスとアトルス、エディルにいつ納品させるか、というところか」
「はい、せめて管理できる要員がいるタイミングでないと」
備品や什器も腐るものではないとは言え、何をどこへどう置くか、というあたりを考えずに運び込むだけでは役に立たない。しばらく前に砦をひとつ建設した折には、レフノール自身は現地に張り付いてそのあたりの指揮を執っていたから、意識する必要がなかった。物量の面から言っても、比較的手近に大都市アンバレスと軍団の司令部があったから、そこで一通り揃ってしまった、ということもある。
「その管理要員をいつ現地に送れるかがなあ……」
レフノールの言葉に、ブラウエル少尉がため息をついて首を振った。
計画はある。だが、現状、人の手配もモノの手配も、計画通りに進んでいるとは言い難い。大きな遅れが出ているわけではないが、どうにかついていっている、というのが実情で、何かのはずみで予定から遅れていく、というのは十分にありそうなことに思える。
「どのみち、任地で使うモノはあれだろう、エリムスで誂えることになるわけだよな」
「おそらくは、そうなるかと」
「だったら、納品の期日に幅を持たせておいて、その期間内で調整、ということにしておこう。商会の面々は不満かもしれんが、そこは大目に見てもらうしかない」
レフノールが言い、まあそうするしかありませんね、とブラウエル少尉が応じた。
「難色を示す商会が多いようなら考え直そう。ひとつはそれでいいとして、少尉、もうひとつは?」
「収めさせるモノの質をどう担保するべきか、というのが……」
「あー……」
ブラウエル少尉の言葉に、レフノールがばさばさと頭を掻く。レフノールとしても頭の痛いところだった。この類の大きな調達で、発注先になる大規模な商会は元請けに過ぎない。実際にモノを集め、あるいは作って収めるのは、その商会と取引のある中規模小規模の商会や工房だ。
真面目に仕事をする商会や工房であれば、納品されたモノに問題が生じるとしても、それはさほど大きな割合にはならない。そういった場合は代わりのものを納めさせればよいし、そもそも不良品がごく少数ならば、予備として調達する数の中で収まってしまう。
問題は、大規模な調達を行おうとすると、普段はお声がかからないような商会や工房にも発注をせざるを得ない、というところにある。つまり、軍で要求する質を満たせないような相手からも、モノを仕入れざるを得なくなってくるのだ。無論、まったく要求する水準に達しないモノを収めようとしたならば、軍の側でも受け取りを拒否することはある。だが、とにかく期限に間に合わせなければいけない、というとき、水準を厳密に守ることは難しい。納入する側とされる側で見解が食い違うこともままあり、結果としてそれらは、間に立つ軍の担当者の――つまり兵站将校の、胃と頭を痛める種になるのだった。
「大規模な調達をかけるときは、よくある話だとは聞くがなあ」
ある意味でどうにもしがたい部分ではあるが、簡単に諦めるというわけにもいかず、辛く頭の痛い話にならざるを得ない。
「ひとつ、考えていることがあるのですが」
迷った末に、という口調と態度で、ブラウエル少尉が言う。
「言ってみてくれ、この際なにか手がかりだけでもあれば嬉しい」
「は、見本を出させればよいのでは、と」
「……詳しく聞こうか」
身を乗り出したレフノールに、ブラウエル少尉は、いや大したことでは、と答える。
「本当に大したことではないのですが……調達するモノの一品につきひとつを見本として事前にこちらへ出させては、と」
「ほう?」
「少なくとも見本があれば、まずいものが出てきたときに『これと違うだろう』ということは言えるかと」
レフノールはにやりと笑った。それそのものは問題を解決してくれない。だが、もし何かがあったときに、更なる面倒を軽くしてくれる可能性は高い。見本を出させること自体が、手を抜こうとするような商会や工房への圧になるかもしれない。
「いいじゃないか、少尉、やってみよう」
「よろしいのですか?」
あっさりと頷いたレフノールに、ブラウエル少尉は驚いた顔を見せた。
「もちろんだ。ひと工夫で多少なりと状況をよくできる見込みがあれば、やらない手はないさ。……ああ、見本は見本で持ってこさせる時期を決めなければな。発注から半月以内、というところでどうだろう?」
「はい、隊長、よろしいかと」
少尉がにこやかに頷く。
「見本品はあれだな、俺たちだけじゃなくて前線に出る連中に見てもらった方がいいかもしれんな」
言いながらレフノールは、少々上機嫌になっている。新たな部下であるブラウエル少尉が、リディアとはまた異なる意味での優秀さを持ち合わせている、と理解していた。課題を事前に捉える視野の広さと、そしてそれを解決できる発想の柔軟さを、この若い将校は持っているのだった。
現代日本だと「ちゃんと仕様に沿ったモノかどうか確認するからカタログ出して」になりますね。
まあそれでもトラブルが絶無というわけにはいかなかったりするんですが(遠い目




