【1:部隊編制】
第41独立混成大隊輜重小隊長兼本部付兵站担当将校。
それがレフノールの新たな肩書だ。新たに編制された大隊の兵站、つまり実戦以外のほぼすべてを取り仕切る役回り。
編制の段階から、レフノールの仕事は多い。
少佐から昇進した部隊長、グライスナー中佐をはじめ、各級の指揮官だけで将校は20人を超える。彼らと顔を合わせて、これまでの経験や元の所属部隊での考課を参考に、どの将校をどこへ配属し、どの下士官をどの将校の下に付けるか、というところを決めなければならなかった。無論、決定権はレフノールにはない。だが、実戦を経験した将校――それも苛烈な実戦を経験し、兵站でありながら勲章まで受け取った将校の意見には、相応の重みがある。
とはいえ、レフノールが何か特別なことを意見したわけではない。自分の意見を積極的に述べること自体が多くなかった。というよりも、その必要がなかった。本部付の将校たちの方針は大まかに言えば「古株の下士官は若く経験の浅い将校の下に付ける」というものだ。それは定跡から外れたものではなかったし、レフノール自身も定跡以上の何かを持ち合わせているわけでもない。
「仰るとおりかと」
「問題ないと思います」
「よいのではないでしょうか」
同席を要請された会議でレフノールが求められ、そして述べた意見はほぼそのようなものでしかない。自分から積極的に意見を述べた数少ない例外が、リディアとベイラムに関するものだ。
「メイオール中尉には、デュナン特務曹長を付けてやってください」
ベイラムはレフノールがグライスナー中佐に進言し、昇進させた上で元の部隊から引き抜いた。下士官が軍団をまたぐ異動をするのはあまり例がなかったが、それでも無理を押すだけの価値はあった、とレフノールは考えている。
そのベイラムを、リディアの下に付けるべき、というのがレフノールの意見だった。
第2軍団に配属されていた折に部下だったカミルとリディアは、どちらもレフノールの部下ではなくなっている。
カミルは第2軍団に残り、輜重小隊をひとつ任された。下士官はほぼ全員が留任し、兵にも見知った顔が多いという環境で、兵站将校としての一歩を踏み出すことになっている。レフノールは離任までの間に伝えられるだけのことを伝え、幾人かの将校と引き合わせた。直接関わりのない部隊の将校であっても、顔見知りとして話のできる相手がいればいざというときに選択肢が広がる。ベイラムが仕込んだ下士官が残るとはいえ、ベイラム自身を引き抜いてしまうレフノールなりの、それが詫びと気遣いだった。
リディアは昇進し、混成大隊の歩兵小隊長になっている。将来のことも考えて、軍の主戦力を担う歩兵部隊の指揮を執らせる、というのがグライスナー中佐の方針で、レフノールはそれに異を唱えていない。リディアには、いずれ表舞台に立てるだけの力量がある、というのがグライスナー中佐とレフノールの一致した評価だった。そうであれば、若いうちから経験を積ませるに越したことはないのだ。
無論、レフノールにも不安はある。実戦における若い将校の死傷率は無視できるものでは到底ないし、リディアが死傷者の列に加わってしまう可能性もある。だが、いずれ歩兵なり騎兵なりの指揮を執ることはほぼ避けられないと見なければならず、そのときに今よりもよい条件で実戦を迎えられる保証などありはしない。
だから、今のうちに――グライスナー中佐とレフノールの目の届く場所にいるうちに、経験を積ませた方がまし、とレフノールは考えている。だが、部下から外れたリディアに対して、レフノールができることは余りにも少ない。その中で効果が大きそうなのが、下士官の人選なのだ。
「ふむ。理由は?」
尋ねるグライスナー中佐の言葉は少ないが、反対している風ではない。むしろ、全員に理解のできる理由を出せればそれでよい、というメッセージにさえ思える。
「まだ若い女性将校となれば、兵を従えることはなかなか難しい場面もあるでしょう。デュナン特務曹長はそこを補えるものと考えています」
無難な一般論から入ったレフノールに、グライスナー中佐は頷いて先を促した。
「また、提示いただいている方針とも合致します――メイオール中尉は部隊で最も若い小隊長で、デュナン特務曹長は部隊の中でも最古参のひとり。幸いにして出身部隊が同じでもある。見知った相手であれば、齟齬が生じる危険性もありません」
実際には私情のたっぷりと入った意見だが、レフノールもそれを素直に口に出すほど愚かではない。あくまでも建前を建前として主張し、理由を提示してみせる。
微かに口許を緩ませたグライスナー中佐が、もう一度頷いた。
「よろしい。異論のある者は?」
誰からも異論は出ない。相応の実力を銀剣勲章によって証明した将校が筋論で持ち出した意見に、敢えて反対しようとする者はいなかった。
「ならば決まりだ。アルバロフ大尉、貴官の意見具申に感謝する」
内心で胸を撫でおろしながら、レフノールは中佐に一礼した。
※ ※ ※ ※ ※
人事が終わっても、レフノールの仕事が終わるわけでは当然ない。
部下たちと顔を合わせ、兵站の計画を立てなければならない。任地で調達できない、あるいは調達が難しい物資は、王都から運んでいくか、あるいは任地の近くの大都市で用立てる必要がある。備蓄すべき量を定め、補給すべき物資の量とその頻度を確認し、その上で輸送手段と運用を考えなければならない。
消耗品の調達の他に、部隊で使う備品も調達しなければならなかった。無論、どの部隊でも共通して必要な武器や防具などの個人用装具は、編制が済んだ時点で受領できることになっている。だが、部隊ごとに個別で調達するものは、一定の予算を与えられて部隊長の裁量に任される。実際にはグライスナー中佐が全てを差配することなど不可能だから、レフノールが取りまとめて調達することになるのだった。
将校や下士官たちから意見を募って取りまとめ、予算と期間の許す範囲で可能かつ必要なものを調達する。それは兵站将校にとって通常業務ではあったが、いかんせん量が多すぎた。軍の日々の行動で消耗し、あるいは破損するものの調達は常に行ってはいたが、今回は装備の多くを一から調達しなければならない。量も種類も相当なもので、それらをひとつの業者から仕入れることなど不可能だから、ある程度の規模の店であれば整えられる程度に分割する必要もある。結果として生じたのは果てしない調整と事務の山だ。
レフノールはその仕事を、大隊本部の仮住まい――王都の内城壁の近く、近衛歩兵軍団の旧兵営でこなしている。王都が大きく発展するにつれ、当時の城壁の外側にも市街地が広がり始め、結果として市街地のただ中に位置することになった兵営では、ろくな教練ができなくなった。近衛軍団の駐屯地は郊外へ移転し、一部のみが王城内に残されることになったが、兵営そのものはそのまま残されている。
年に数回行われる演習や動員軍団の招集訓練の際、近衛軍団の兵営だけでは兵舎が足りなくなることはままある。そうであっても、街中で露営などさせるわけにはいかない。そのような場合の宿営地として、旧兵営は残されている。新たな大隊が複数立ちあげられるに当たり、本部の仮住まいとして選ばれたのがその旧兵営だった。
ごく個人的な事情から、旧とはいえ近衛軍団の関わる場所に立ち入りたくない、という気分が、レフノールにはある。リディアも同様だったし、その事情を知るグライスナー中佐もよい顔はしなかった。無論、それらは感情的な理由以外の何かではないし、旧兵営に代わる場所も見つけることができない以上、仮住まいだからと自分たちを納得させるほかはなかった。
ともあれ、そのような事情で、レフノールは兵舎の一画、将校用の執務室のひとつを占拠して、積まれた書類をひとつずつ片付けている。
ふと喉の渇きを覚えて顔を上げると、灯心を浸した油の量が随分と減っていた。
ひとつ息をついて立ち上がり、水差しから水をマグに注いで呷り、さて油はどこの棚に入れたか、といくつかある作り付けの棚を見回す。
と、ノックの音が響いた。誰か将校が、頼んでいた書類を持ってきたのだろう。
「開いてるよ」
短く声をかけると扉が開く。
立っていたのは、書類の束を手にしたリディアだった。
お待たせしました。連載を再開いたします。
新しい組織の立ち上げのときって、とんでもなく事務仕事が多いんですよね……(遠い目