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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【41:挟撃】

 号令と同時に、クロスボウの弦の音が弾けた。

 森から――つまり遮蔽から出てきたところを狙い射たれた妖魔どもはたまらない。悲鳴も上げずに崩れ落ちる者、大声を上げながらのたうち回る者、必死で樹木の蔭へ戻ろうとする者。それら全てが前へ出ようとする後続と入り乱れ、全体が更に大きな混乱に陥る。


「次射構えぇ!」


 ベイラムは無論、そのような隙を見逃すような甘い下士官ではない。クロスボウの装填を担当する兵たちは、最初の射撃の前に次射の準備を終えている。号令に従って、弦を引き絞ったクロスボウといまったばかりのクロスボウが交換され、新たなクロスボウが射手たちによって構えられた。


「狙えぇ!」


 損害に構わず圧し潰すのか、それとも一旦退くのか。混乱した妖魔たちの指揮官が明確な指示を出せなかったのは、実際にはわずかな時間でしかなかった。だが、既に弦を引かれたクロスボウの第2射は、その間に準備を終えている。


ぇ!」


 ふたたび、ベイラムの号令とクロスボウの弦音。ばたばたと倒れる同族を目にして、妖魔どもは命じられるまでもなく逃げ出した。それも、秩序を保った退却というよりは潰走に近い。


「まだ生きているのがいれば片付けておけ」


「はっ!」


 レフノールが短く命じ、ベイラムが凶悪な面相を更に凶悪な笑顔で彩って応じた。


「森へは入るな。済んだら馬車の向きを変える」


「承りました!」


 レフノールの命令を受けて、ベイラムが兵たちに指示を飛ばす。


「退却の準備、ですか?」


 リディアが念を押すように尋ねた。


「そうだ。まだ早いかもしれんが、こういうのはタイミングが遅れると命取りになる。最悪の予想が外れても、俺が臆病だったと笑われるだけで済むからな」


 前方での戦闘はまだ終わった気配がない。むしろ、その音は大きさを増しているようにも思える。無論、返り討ちにしてしまえるならばそれでよい。だが、そうなる保証はどこにもないのだ。隊列が崩れ始めてからえっちらおっちらと馬車を方向転換させる余裕があるとは、レフノールには思えなかった。



※ ※ ※ ※ ※



「ローレンツ中尉、戻りました!」


 重傷を負って動けなくなっていた妖魔どもの始末が一段落する頃合いで、カミルが戻ってきた。どうだった、と目線だけで先を促す。


「こちらからの情報は伝えました。前方でも、どうやら複数個所で戦闘が起きているようです。詳しい状況は不明ですが――」


「複数個所、か。大隊本部から命令は?」


「ありません。伝令も来ておりませんでしたし、前方の部隊の部隊長もまだ命令はない、と」


「わかった、ご苦労だった。こっちはご覧のとおりだ。左から来た連中は一旦下がった。右は冒険者に任せたが……」


「大尉」


 無造作な足取りで、アーデライドが顔を出した。服のあちこちに血が付いている。


「怪我は?」


「ないよ」


 手練れがいたか、あるいは囲まれたか、と心配したレフノールに、事もなげに応じる。


「全部返り血。連中、20もいなかった。頭を含めて10以上は狩った。ばらばらの方向に逃げたから追うのは諦めたけど、あれなら戻っては来ないと思う」


 アーデライドの背後に視線をやると、他の3人が集まって何やら話しているのが見えた。


「うん、ご苦労だった。こっちは斉射2回で一旦退いた。まあ、いずれはもう一度来るだろうが」


「それでね、大尉、うちらが片付けたあっち側、あれ多分陽動だよ」


「――陽動? 奇襲じゃなくて?」


「奇襲は奇襲だけど、あっち側――右側から先にちょっかいを出すじゃない。こっちは左側からも来てるのに気づいてたし、大尉も右をうちらに任せてくれたから左を迎え討てたわけだけど」


 そうでなかったならば。右からの襲撃に対応すべく、街道の右側に向けて隊列を組み直していたら。おそらくは主力であるだろう左側の群れに、背後から襲われることになっていたはずだ。


「……よくできてる」


 呻くような口調で吐き出した言葉は、レフノールの偽らざる本音だった。


「――隊長」


 傍らで話を聞いていたリディアが、緊張した面持ちでレフノールの名を呼ぶ。おおよそ同じことを考えている、とその表情でわかった。

 うん、と頷くレフノールにも、現況の危険さが理解できている。不十分な視界。陽動を使った前後からの挟撃。そして、前方の複数個所で戦闘。


 行軍隊形から戦闘隊形への変換は、単にそれだけで混乱のもとになる。ようよう変換を終えたところで前後から挟撃されたならば。戦闘が終息しないのはそのためだとしたら。しかもそれが複数個所で生じている事態であるのなら。


「中尉! ローレンツ中尉!」


「は!」


「ノールブルムへ伝令。『我、露営地から半刻地点で奇襲を受く。退却の援護を要請する』。貴官自身がノールブルム駐留部隊の指揮官に、必ず伝えろ。騎兵で迎えに出られるところまで出てもらわねば」


「――退却、ですか?」


 カミルが尋ねる。輜重隊の周囲は今のところ平穏。敵襲は撃退していて、次の襲撃にも備えることができている。ここだけを見るならば、退却をしなければならなくなるような状況ではない。だが。


「行軍隊形の隊列を食い破る手を、複数個所で打たれている。俺の勘違いならそれでいいが、行軍隊形のままあちこちで分断されたら」


 命令は届かない。前後で何が起きているのかもよくわからない。どうすべきか迷っているうちに、事態は更に悪化してしまうことだろう。

 それを理解したカミルの表情が、緊迫感に満ちたものに変わった。


「――解ったら行け。貴官、騎乗しながらの索敵は得意だろうが、速歩や駈歩でもいけるか?」


「はい、隊長殿!」


「言うまでもないが、途中の戦闘は回避一択。何としてもこの情報をノールブルムまで持ち帰れ。あちらの指揮官に、俺がよろしく言っていたと」


「は!」


 よし行け、とレフノールが頷く。馬首を返したカミルが駆け去った。


「コンラート!」


 少し離れた場所で仲間と話し込んでいたコンラートが、自分ですか、というように己を指さした。


「そうだ君だ。馬車から可能な限り荷を下ろしたい」


「荷を? ここで?」


「ああ。勝てるかどうかはともかく、あの様子で負傷者が出てない筈がない。数もかなり」


「――確かに」


「歩けない連中もいるだろう。退却するかしないかはともかくとして、負傷者の後送は必要だ。今のままじゃ大人数は載せられない。だから荷を下ろす」


「了解です。ゴーレムを?」


「うん、頼む。荷台の端までは兵が運ぶから、受け取って道の左側に置いてくれ」


 コンラートの操るゴーレムが、滑らかな動作で近寄ってくる。


「アーデライド、射撃を突破してくる奴の迎撃を頼む」


「了解」


「ヴェロニカ、少尉、君たちは自由射撃。敵の頭を潰してくれ」


「はーい」


「了解しました、隊長!」


 レフノールの指示に、冒険者とリディアがめいめいのやり方で応じた。


「曹長、奴らが立て直して出てきたら、その出端を挫く」


「はっ!」


 命令されるまでもなく、ベイラムは森の端のあたりに視線を据えている。


「射撃の準備を整えたら、3人ばかり荷馬車の中へ。ひとりは荷を把握している下士官、ふたりは荷台の端まで荷を運ぶ」


「少々勿体ない気はいたしますが」


 にやりと笑ったベイラムが、そう返答した。反対する、という表情ではない。軽口に近いもののように思われた。


「――命あっての物種、と言うだろう?」


「仰るとおりですな。それでいくらかでも命を救えるならば安いものです」


 違いない、とレフノールが笑う。内心にさほどの余裕があるわけではなかったが、将校が余裕のないところを晒しては士気にかかわる。


 ――結局のところ、これも御立派な将校のふり、というわけだ。


 ちょっとした自己嫌悪に陥ったレフノールの視界の中で、がさり、と灌木が動いた。クロスボウの弦音がして、悲鳴が上がる。ヴェロニカの放った太矢だった。


「わりと知恵あるよあいつら。姿勢を低くして抜けてこようとしてた」


 ヴェロニカが解説する間にも、もう1体が身を屈めながら姿を現わそうとして、胴にリディアの放った太矢を受けた。また大きな悲鳴が上がる。


 出端を狙い射たれた妖魔どもは、斉射を待つまでもなくふたたび崩れた。実のところレフノールとしては、こそこそと1体2体ずつが出てくるよりも、ひたすら多数でもって押し潰そうと圧力を掛けてくる方が嫌だった。

 せめて防御の足しになるように、荷馬車から下ろした荷を並べておくくらいしか、できることはない。足りないものは多々ありつつも、ここがレフノールの戦場なのだった。


はいだんだんヤバくしていきましょうねー。

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― 新着の感想 ―
ローレンツ中尉と砦の駐在武官がきっちり仕事してくれたのかな? だとすると完全にみっともなく逃げた近衛とその尻拭いをした第二軍団という構図になってしまうのだけれど大丈夫だろうか 戦闘後の政治的あれこれが…
馬は士官用しかないんでしたっけ 伝令が単騎なのはちょっと心配ですね
並の指揮は出来るって評価だったけど、お膳立てされて万全の状態でやったときの話なのかなあ。王族の私の守りを優先しろ!とか前の方で叫んでないかな(;・∀・)
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