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【40:接敵】

 行軍の際は半刻ごとに小休止を取るのが軍の通例だ。

 行軍開始から半刻歩いたところで、隊列が止まる。名のとおりの短い休息だから、食事をしたり、あるいは湯を沸かして温かい茶を飲んだり、というようなこともできない。せいぜいが立ち止まって一旦背負っている荷を下ろし、呼吸を整えて水を飲む、という程度のものだ。


 下士官たちは兵の様子を見て、将校はその報告を受け、必要な処置をする。例えば、疲労しすぎている者がいれば荷の一部を馬車に積んでおく、というように。もっとも、午前の間にそのような事態が生じることはそうそうない。行軍中に足を挫くような者でもいれば話は別だが、そのような事故も起きてはいなかった。


 視界は良くない。隊列の先は見通せない。行軍を止めた方がよいのではないか、とレフノールは考えている。しかしそうしてしまえば、妖魔どもの勢力圏により長い時間滞在しなければならなくもなる。どちらがより悪いことなのか、正直なところよくわからない。


「注意を怠るなよ」


 ふたりの将校と、先任下士官、そして冒険者たちを集めて、レフノールは言った。もとより注意を怠るような連中ではない、ということは、その台詞を口にした当人にも理解できている。


 ――芸のないことだ。


 自嘲するような気分ではあったが、部下も冒険者たちも、律儀に了解の意を返して持ち場へと散った。


 そのようにして短い休息を終え、行軍が再開されてから小半刻もしないうちに、隊列がふたたび止まった。

 なんだ、と馬上で首を傾げ、隊列の前を確かめようと視線を向けたレフノールのもとへ、カミルとヴェロニカが寄ってきた。


「隊長」


「大尉さん」


 ふたりが同時に言い、一度お互いに譲り合ってからカミルが改めて口を開く。


「前方で何か騒ぎが」


「あたしにも聞こえた。――たぶん戦闘」


 癖のように索敵を行うカミルと、冒険者仲間の中で斥候役を任されているヴェロニカ。ふたりが同じことを言っているのならば、レフノールに疑う余地はない。

 頷いて、ベイラムを手招きする。


「全周警戒。クロスボウを持っている者は全員、装填して待機」


「全周警戒、射手は装填して待機」


 抑えた声で、ベイラムが命令を復唱する。何事もなければよいし、偶発的な遭遇ならばそれもそれでよい。だが、そうでなかったならば、とレフノールは考えている。


「ヴェロニカ、君はコンラートに言って、ゴーレムを隊列の両脇へ移動させてくれ」


「了解。ゴーレムを隊列の両脇へ」


「君の分のクロスボウは馬車に積んである。太矢は好きなだけ持っていけ」


「ありがと、大尉さん」


 ヴェロニカがにこりと笑って走り去る。程なく、ゴーレムが隊列の両脇に位置を取った。

 その間にも命令と復唱が行き交い、がちゃがちゃと装具の鳴る音が響く。ふと見ると、リディアも馬上でクロスボウのレバーを起こし、弦を引き絞っていた。


 その頃にはレフノールの耳にも、隊列の前方から流れてくる物音が届いていた。低いどよめきのような音、誰かの叫び声と悲鳴、甲高い金属音。かすかな音ではあったが、それは紛れもない戦場音楽だ。

 レフノールたちの前に位置する部隊でも、ざわめきが拡がる。


「隊長!」


 隊列の右側を警戒していたカミルが、レフノールに馬を寄せた。


「隊列右側、何か近付いてくる。数は20内外」


 レフノールは頷いて、命令を下そうとした。


「射手は――」


「大尉さん!」


 ヴェロニカの声が割り込む。


「左から妖魔の群れ! 50以上、多分もっといる!」


 ――挟撃!


 ぞわり、と背筋が冷えた。待ち伏せと挟撃。隊列の前方では既に戦闘が起きている。つまり、レフノールたちが撃破されれば、隊列全体が挟撃される形になってしまう。

 レフノールに悩む時間は残されていなかった。


「アーデライド!」


 レフノールが呼ぶ声に、赤髪の女戦士が、軽く手を挙げて応じた。


「隊列の右側、概数は20。君らで何とかなるか?」


「妖魔なら余裕」


「なら任せた」


「了解。――行くよ。殲滅する」


 抜剣したアーデライドが、隊列の右側を手で示して仲間たちに声をかけた。


「待って待って、クロスボウ戻すから」


 緊張感があるのかないのか判然としない調子でヴェロニカが答える。

 コンラートが杖を動かしてゴーレムを移動させ、リオンが黙って後衛の位置に付け、ヴェロニカが小剣を抜いた低い姿勢でアーデライドに続く。


「曹長、小隊総員、左側を警戒。なるべく距離を取れる位置で」


「はっ! 小隊総員、隊列の左側を警戒! 前へ出すぎるな!」


 レフノールの短い指示に、ベイラムが大声で応じた。

 兵たちがばらばらと動き、隊列の左側に向けて隊形を整える。


「中尉、前の部隊の指揮官のところへ行って、現状を伝えてきてくれ。そちらも警戒するように、と」


「『隊列後尾の両側に妖魔、少なくとも合計70。挟撃を企図するものと思われる。警戒されたし』。伝えます!」


 レフノールのいささかいい加減な指示を、カミルはそのように補った。よし行け、とレフノールが頷く。


「射撃用意」


「射撃用意! 構え!」


 隊形が整ったところで、レフノールが次の命令を下した。ベイラムが兵たちに向かって吼え、クロスボウの先が持ち上がる。


「森から出てこようとしたら()て。タイミングは任せる」


「はっ!」


「少尉」


「はい!」


 馬上で同じようにクロスボウを構えたリディアが、視線を隊列左側の森に向けたまま応じた。


「君には自由射撃を許可する。周囲を指揮している奴が解ればそいつを狙え」


 急ごしらえの拠点で妖魔の群れを迎え討ったときのことを、レフノールは思い出している。渡河しようとする狼騎兵と、療兵を相手に大立ち回りを演じた狼騎兵。前者は頭を射抜き、後者は乱戦の中にいるところへ命中させた。

 何をやらせても水準以上という能力は、射撃も例外ではない。


「はい! ――隊長、ありがとうございます!」


 短いやり取りの間に、背後――隊列の右側では、戦闘が始まったようだった。

 襲撃すべく近付いてきた妖魔どもが、冒険者に逆に襲われている。


「コンラート、ゴーレムの位置取りもうちょい広げて!」


「ヴェロニカごめん、1体そっちに抜けた!」


 濃い靄と下生えで視界が悪い中、冒険者の声が飛び交い、時折妖魔のものらしい悲鳴が上がる。

 アーデライドの言葉のとおり、妖魔が相手であればさほど心配する必要もなさそうだった。


 そうこうするうちに、隊列の左側の森の中で、何かが動くのが見えるようになってくる。樹木とも下草とも違うシルエットがいくつも重なり、徐々にその形をはっきりとさせてゆく。


「狙え!」


 ベイラムの号令に従って、クロスボウの先端が妖魔どもの来る方向に向けられる。

 1体2体と顔を出した妖魔どもが、己に向けられたクロスボウの群れを視認し――。


()ぇ!」


 ベイラムの号令が響いた。


はっじまっるよー☆

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― 新着の感想 ―
餌の匂いに敏感なのか、それとも妖魔にも知恵者がいるからなのか、それとも…? 後方部隊なのにホント休めないなあレフノール君。武功のチャンスが訪れるのは良いことなのやら悪いやら
普通の小説だったら「これで消えろ中佐」ってなるのだけど、「兵站将校」の場合は適度に怪我をして、どんなトラブルを巻き起こしてくれるかに期待してしまいます。
前方から連絡が来てないのは気になるなー
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